第一話 地獄の酒場(6/7)
振り返るとヴァーギンが尻もちをついていた。
先ほどと同じように俺はカツアゲをされ、一文無しだと知られると技を見せるよう迫られた。技も見せられないと知ると、ヴァーギンは俺を酒場のテーブルにつかせ、飲み比べをしようと提案した。
「良いですよ!!」
俺は言った。
「おお、威勢がいいじゃねえか。じゃあ、さっそく……。おっさん、ブドウ酒を持ってきてくれ!!」
ヴァーギンが叫ぶ。
「ちょっとヴァーギンさん、ブドウ酒なんて女々しいっすよ。もっと強い酒でいきましょうよ」
俺はそう言った。
「はあ?」
ヴァーギンが不意打ち食ったような顔をした。
「え、この酒屋にはもっと強い酒はないんですか?」
俺はなるべく平静を装って言う。すでに心臓は爆発しそうだったが、ここで間違えてはおしまいだった。
「そりゃあ、蒸留酒があるけどよ……」
「じゃあ、ロックでいきましょうよ!!」
「んん、まあいいけどよ。おっさん!! 蒸留酒をロックで二つ!!」
ヴァーギンも流石、冒険者だ。鼻が利くというか、なんだか変だなあと首を傾げている。
席に蒸留酒が運ばれてくると、ヴァーギンが言った。
「俺は今から飲み比べをするが、誰か俺に賭けるやつはいねえか!!」
今だ!! 俺はこの瞬間を待っていたんだ!!
ヴァーギンが周りに向かって声を張り上げたとき、俺はヴァーギンの後について、思いっきり股を開いて叫んだ。
「今日の飲み比べは一味違うぞ!! 俺とヴァーギンはケツから酒を飲む!!」
「……は?」
ヴァーギンが唖然としている。
「なんだって」「おい、ほんとかよ」「尻から酒を飲む? そいつはおもしれえじゃねえか!!」
一座はさっきの二倍は盛り上がっている。
「ちょっと……、俺はそんなこと……」
「ヴァーギンさん!! 今さらやめるなんてなしっすよね? もうこれだけ観客が集まってきてるんですよ!!」
俺はさらに叫んだ。
「そうだそうだ!! さっさとケツから飲みやがれ!!」
取り巻きの一人がヤジを飛ばし、大勢がそれに賛同する。
よし、観客を味方につけた。
「チッ、しゃあねえな……。やってやろうじゃねえか」
ヴァーギンがついに勝負を飲んだ。やったぞ!!
アオイの言っていたことは正しかった。
与えられたもので、なんとでもやりようがあるものだ。逆転の発想。そう叛逆者ならではの叛逆者たる、コペルニクス的転回だ。
通常のルールで酒が飲めないなら、ルールを変えてしまえばいい。今回の飲み比べでは、酒をケツから飲むのだ。
もちろん、俺のケツには口が付いている。だから、俺は通常のルートで酒が体内を回る。一方、ヴァーギンは直腸から直接アルコールを吸収するわけだ。いかに酒豪のヴァーギンと言えど、参ってしまうだろう。
これなら勝ち目はある。
「それなら、俺に賭けるやつはいねえか!!!」
ヴァーギンが叫んだ。
一座のほとんどが手をあげる。
「三分の二くらいか……。じゃあ、こんどはこのヤグラ君に賭けるやつはいねえか?」
三分の一くらいの人間が、俺に手をあげる。
なんでケツから酒を飲むとなると、オッズが正常に戻るんだ……。俺は首をかしげたくなる。
「それじゃあ一人、二十リラを――」
ヴァーギンの言葉を俺は遮った。
「いや、百倍にしよう!! 一人二千リラだ!!」
俺は言った。
「なんだって? 一人二千リラ?」
一座がざわつき始めた。二千リラの相場がどの程度なのかは分からない。だが、彼らの顔色を見る限り、かなりの高額になるのだろう。それならそれでいい。
「それで俺は自分で自分に賭ける!!」
俺は叫んだ。
出るときは、とことん強く出る。勝ち目があると分かれば、どこまでもその目に張るしかない。こんなところで、二十リラ勝っただ、負けただのと言っても仕方がない。
「自分で自分に賭けるってお前金持ってねえんじゃないのかよ!!」
ヴァーギンが俺を睨みつけた。
「借金をするぜ!!」
俺は冒険者ギルドの受付で二千リラ借りると、ボンっとテーブルの上に叩き置いた。
「二千リラだってよ……」
「構うことねえよ!! どうせヴァーギンが勝つんだ!!」
「じゃあ、俺もヴァーギンに変えよう」「やっぱりヴァーギンに変えるぜ!!」
こいつら、意外と冷静だな……。掛け金が二千リラになったところで、オッズが急激にヴァーギンに傾く。二十人中、十六人がヴァーギンに、残りの四人が俺につく。
俺はゆっくりと息を吸い、四つん這いになった。テーブルの上には、取り巻きが賭けた金が山をなしている。
隣でヴァーギンも四つん這いになり、ズボンを下ろす。
「うおおおおおおおおおおおお!! こんな飲み比べ見たことねえぜ!!」
場は物凄い盛り上がりを見せた。掛け金があがったことによって、男たちの顔に悲壮感が漂っている。万が一にでも賭けに負ければ、二千リラを即座に失うことになる。
「おい!! フースコ」
ヴァーギンは後ろの方でぼんやりと見物していた気の弱そうな青年に声をかけた。
「な、なんですか……?」
「お前が俺のケツに酒を流し込むんだ!!」
「え? 僕ですか……」
フースコは露骨に顔をしかめている。
「さっさと準備しやがれ!!」
フースコは慌てて厨房に走り、蒸留酒を口の尖った水筒のような入れ物に移し替えた。そして、それを持って、ヴァーギンの後ろに立つ。ヴァーギンは四つん這いになって生尻を突き出したまま、勝負が始まるのを待っている。
「おい、誰かヤグラ君のケツに酒を入れたいやつはいるか!!」
ヴァーギンがそう叫ぶ。
だが、一座の反応は思わしくなかった。
「え、流石にそれはやだな……」
「俺、別にこいつのこと知らないしな……」
「いや、ちょっとそれは……」
取り巻きが突然冷静になりはじめたのだ。
その辺の感性はまともかよ!!
俺は叫びそうになった。
考えてみれば当然のことだが、別にフースコだってやりたくてやってるわけじゃない。半分、強制的にやらされてるだけだ。
「やっぱり、こんな気持ち悪い事やめるか!!」
一人がそう言った。
「そうだな……、べつに良いか!! 普通のルールに戻そうぜ!!」
誰かがそう言ったのを気に流れが一気に変わった。
「おい!! いつまで四つん這いになってるんだよ!! さっさとズボンをあげろよ!!」
「誰もお前らのケツなんかみたくねえんだよ!!」
皆が口々にヤジを飛ばす。ヴァーギンはすでにズボンをあげようとしている。
ヤべえ……。ルールが元に戻ってしまう……。
口から酒を飲むルールでは俺が圧倒的に不利なのだ。というか、次もまた死ぬだろう。通常のルールなら到底戦えたものではない。
ここは隙を見て逃げ出すか。
いや……、俺は二千リラの借金までしてしまったのだ。もし、口から飲むことを拒否して逃げ去ったとしても、二千リラという莫大な借金が残る。
「あの……、ちなみになんですけど、二千リラがあれば何が買えるんですか?」
俺は隣に立っていた男に聞いた。
「そうだなあ。酒ならふた月は持つし、お姉ちゃんと遊びに行っても、良い店に入って、一週間は帰らねえで済むなあ」
酒ならふた月……。高級な嬢と寝ても、一週間は帰らないで済む……。俺はその額に震えた。やべえ……。ぜったいに返せない……。
一人でクエストも行けない冒険者に、二千リラの借金だ。
どうしよう……。まじで……。俺、また死ぬのか……。みっつの命を与えられた、二つ目までも、この下らない飲み比べで取られてしまうのか……。
ツーッと汗が垂れた。
死にたくない。死にたくない。どうしよう……。どうにかしなきゃ……。
でも、どうすればいい? ケツから酒を飲むなら勝てるかもしれない。消化管が上下逆だから。
だが、口からは飲めない。
もうどうあっても飲めない。あんな苦しい思いは嫌だ。
だが、二千リラの借金を背負って生きることもできない……。
だが、もう一座はこのゲームに完全に興味をなくしている。
「おい、さっさと立てよ!!」「誰もお前のケツに酒なんか入れたくねえんだよ!!」
取り巻きのヤジが一段と大きくなった。
「もうダメだ……」
俺があきらめてズボンを履こうとした、そのときだった。
「わ、わたしがやります!!」
野次馬のかなり後ろの方から突然、幼い少女の声が聞こえた。
第一話「地獄の酒場」(7/7)へと続く。




