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『異世界にて、我、叛逆者なり』  作者: サキカワユウスケ
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第一話 地獄の酒場(5/7)

 普通、ギャンブルは勝つ可能性が高い方の配当率が下がる。逆に勝つ可能性が低いほど、勝った時のリターンが大きい。


 だから、ギャンブルになるのだ。勝ちやすいのに儲けが多いとか、勝ちにくいのに利益が薄いことは起こりえない。


 俺たちの場合、誰だって、ヴァーギンに分があると思う。体の大きさからしても、俺はヴァーギンより一回り以上小さいのだ。


 だが、ヴァーギンが勝てば、彼一人が四百リラを得ることになっている。逆に俺が勝っても、観客は一人一リラしか儲からない。




 これはどういうことだろう。俺は必死に考えをめぐらせた。




 だが、答えの見つからないまま、飲み比べが始まった。


「じゃあ、さっそく始めようじゃねえか」


「さあ、まずは一杯めだ。カンパーイ」


俺はヴァーギンと杯を交わしたところで、ふと手を止めた。


 これ……どうやって飲むのが正解なんだ……。


 もう言うまでもないことだが、俺の口は現在、尻の割れ目についており、鼻の下には役目を終えた花びらみたいに、恥ずかしがり屋の肛門がすぼんでいる。


 これ……、さすがに取り巻きを前にケツから酒を飲むわけにはいかないよな……。


だけど、トイレに行って、流し込むこともできない。飲み比べである以上、飲んだという確かな証拠が必要なのだ。


「おい、なんだよ。まだ一杯めだぞ? さっさと飲めよ」


ヴァーギンが俺を睨んだ。


「飲むよ……。ちょっとまってくれよ」


「おい、まさか一杯めが飲めねえ、なんてことはないよなあ? 大の大人が二十人も、お前が勝つ方に賭けてるんだぜ」


ヴァーギンが俺をジリジリと追い詰めていく。


「分かった。飲むよ」


俺は黄色い布をつまみあげ、その下からブドウ酒を入れた。




 そのとき、俺はある逆転の発想に至った。




そうまさに叛逆者の叛逆者たる逆転の発想だ。俺は現在、女神アオイから授けられた究極の蠕動運動ぜんどううんどうを持っている。蠕動運動とは大腸や小腸が収縮、弛緩させることによって、便を押し出す働きのことだ。




 とすれば、蠕動運動を逆方向に起こすことによって、スポイトで液体を吸いあげるみたいにケツからブドウ酒を吸い上げることができるのではないか。


 普通の人間にはそんな働きはできないだろう。だが、今俺が持っているのは人類史上最強の蠕動運動なのだ。


 俺は喉のあたりに力を籠め、フルスロットルで大腸を収縮させた。


 ジュルジュルッ!! ジュルジュルジュッ!!


 やった!!


 俺の肛門が凄い勢いで酒を吸い上げていく!! 少なくとも、俺は席を立つことなく、杯を空けることができるのだ!!


「おお!! なかなかいい飲みっぷりじゃねえか。おっちゃん!! ブドウ酒をもう二つ!!」


ヴァーギンが叫ぶ。ブドウ酒が運ばれてくる。


「ささ、じゃあ二杯めだな。カンパーイ!!」


俺はまたしてもフルスロットルで大腸を収縮させた。


 ジュルジュッ……ジュジュジュジュッ!!




あれ……、なんか超目がまわるんだけど……。




「良い飲みっぷりじゃねえか!! おっさん、ブドウ酒をもう二つおかわり!!」


またすぐにブドウ酒が運ばれてくる。




 だが、俺はメリーゴーランドに乗ったみたいな激しい眩暈を覚えていた。もう自分がどっちに傾いているのかも分からなくなって、机に突っ伏す。


「おいおい!! 流石に二杯でお手上げってことはねえだろ!」


「起きろヤグラ!! お前に何人賭けてると思ってるんだ!!」


外野が口々にヤジを飛ばす。


 だが、俺は眩暈に加えて急激な発汗に襲われた。ブルブルと震えたまま汗が止まらなくなる。息が上がり、耳鳴りもする。周りの声がずっと遠くに聞こえる。そこに吐き気が加わり、体内が変形しているような激しい痛みを覚えた。


 誰か……、たすけて……。


「おい、俺たちの二十リラがかかってんだぞ!!」


「さっさと三杯目を飲みやがれ!!」


 取り巻き男の一人が、髪を掴み、顔を持ち上げた。そして、俺の肛門にジョッキの口を押し当てる。


「さっさと呑めよ!! お前にいくら賭かってるか分かってんのか!!」


 喉が焼けるように熱かった。男たちがよってたかって、俺にブドウ酒を流し込む。




 あ、こういうことだったのか……。




ふと納得がいった。


 どうして彼らが俺に賭けたのか、成立しないギャンブルに首を突っ込んだのか。そのあたりが俺にはよく分かっていなかったのだ。


 彼らは新人を痛めつけるのに、参加したかったのだ。


 そして、ヴァーギンに二十リラを払うことによって、その正当性を買った。こうして、自分の金がかかっているからと、無理に酒を飲ませ、酔い潰す。


 そういうことがしたかったのだ。


 にしても、ほんとに誰も助けねえな……。


 俺は呆れていた。なだたる冒険者がいるはずだが、誰も止めに来るやつはいない。もう……。駄目だ……。


 俺は眩暈に腹痛、悪寒、吐き気。身体を内側から揉みしだかれるような感覚に打ちひしがれながら……意識を失った。








「あれ……。ここは……」


俺はあたりを見渡した。またしても俺は、暗くもなく、明るくもない、寒くもなく暑くもない、ひっそりとして朦朧とした世界に呼び出されていた。


「あんた……もう死んだの!?」


目の前では憎き女神アオイが顔を引きつらせている。


「あー、俺死んだんですか」


「いくらなんでも早すぎるわよ!!」


「え、俺、どのくらいで死んだんですか」


「三時間半よ!! ここを出てから三時間半!! 」


「いや、消化管が逆なだけなんですから、むしろそんなもんじゃ……」


「そりゃあ、そんなもんかもしれないけどさ、あんただって別世界では一応、二十年間は生き抜いたわけでしょう? もうちょっとなんとか、ならなかったのかしら」


「いや、前世よりも明らかに難易度があがってるんですよ!! 能力はむしろマイナスだし、あそこはならず者ばかりですよ!!」


俺は地獄のような酒場を思い出していた。


「ったく……それでどうして死んだわけ?」


俺は自分が死に至ったいきさつをアオイに聞かせた。




「ハアァッ!!!! 肛門から酒を飲んだって、あんたバッカじゃないの!?」




 アオイは俺の話を遮って言った。


「だって……あの場合仕方なかったんですよ……」


「あんたねえ、それはいくらなんでもバカすぎるわよ? アルコールって言うのは、胃でゆっくりと吸収されて、吸収されたものから、すぐに肝臓に運ばれるのよ!? そこで分解されながら、ゆっくりと血液中をめぐっていく。だから、少しずつ飲めば、ほろりとするし、気持ちよくもなれるってものよ? それを直腸から直接吸収して、しかも自慢の蠕動運動を利用して一気に吸い上げたりなんかしたら、どんな酒豪だって死んじゃうわよ……」


「そう言われれば……」


 アオイの言う通り、そもそも大腸は便に残った水分を効率よく吸収するためにできている。そこにアルコールを流したりなんかしたら、もの凄い勢いで吸収され、そのまま血液に乗る。


 俺は己の愚かさを恥じた。あの状況で仕方がなかったとはいえ、ケツから酒を吸い上げたりなんかしたら、バカと言われても仕方がない。


「本当に命を粗末にしてくれたわね!!」


「でも、もとはと言えばアオイさんが消化管を上下逆につけるから……」


「なに!? なんか言った?」


「いえ……すみません」


「あんたねえ……、そうやってウジウジ文句ばっかり言ってたら、勝てる相手にも勝てないわよ? 私、あなたの身体ってあなたが思ってるほど悪くないと思うんだけど」


「いや、最悪ですよ!?」


「そりゃあ、女の子からは嫌われるでしょうけど、冒険者としては良いんじゃないかしら」


「良いですかね……」


どう考えたって良いわけがない。飲み比べでは、ケツから酒を吸い上げることしかできない身体。敵は武術の達人や、一流の魔法使い。どう考えたって相手にならない。


「まあでも、あなた、少しは才能があるわよ」


「才能ですか……」


「ええ、蠕動運動を逆方向に起こして、急激なバキュームを生み出したところなんかは、中々とんちがきいてるわね」


アオイは半笑いだった。


「とんちじゃ魔王には勝てませんよ」


「まあ、まあ。あとのことはあとで考えるとして、今はそのヴァーギンって男をどうするか考えなさい。どっちにしろその男を倒さなければ、認めてもらえないんだから!!」


「そう言われても……」


「ささ、じゃあ、異世界に送るわよ?」


「ちょっとまてっくださいよ!! もう少しここで!!」


アオイは呆れたようにため息をついた。


「何甘えたこと言ってるのよ。ここは休憩する場所じゃないの!! 休憩なら向こうでしなさい。むにゃむにゃむにゃむにゃ……」


「ちょっと!! せめてあと十分でも……」


俺の頼みは虚しく却下され、俺はまた街の外れにある大樹の前に立っていた。




 俺は道を歩きながら、ヴァーギンを倒す方法を必死で考えた。どうであれ、ここまで来たらやるしかない。


第一、俺にだって反骨精神ってものがある。カツアゲにリンチ。俺を散々コケにしたあいつらが今はもう俺のことなんか忘れて、能天気に笑っているのだ。




 絶対に許さない。




 俺は前回と同じように冒険者ギルドの前に立ち、もう一度、「叛逆者」と書いた登録者証を受け取った。


そのあいだにも常にヴァーギンを倒す方法を考えていた。


 もう、仲間を集めようと自己紹介をすることはなかった。ただ掲示板の前に立ち、自分にもできるクエストがあるか考える。一個くらい、なんとかこなせるものがあるかもしれない。




 ダンッ!!


 


 そのとき、またしても肩に強い衝撃が走った。

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