第一話 地獄の酒場(2/7)
第一話 地獄の酒場(2/7)
おばあさんの言っていたことは正しかった。
城の前には広場があって、汗っかき小僧が走り回っている。それをぐるりと取り囲むように、比較的豪奢な建物が並んでいる。
俺はその中から酒場を見つけて、中へと入っていった。
酒場に入った俺は、その喧噪に驚いた。うるさい。酒が回って声がでかくなるからだろう。その声につられて周りの声も大きくなる。そして、周囲がうるさくなると、さらに大きな声を出さなければいけない。学生街の安酒屋でもこれほどうるさくはないだろう。
だいたい、居酒屋というものはシラフで行くにはうるさすぎるのだ。
俺はうんざりしながら冒険者ギルドの窓口に立った。
「すみません、ギルドに入りたいんですけど……」
「新規登録の方ですね。それでは、こちらの用紙にお名前と、職業をお書きください」
紙とペンを渡される。前をサラサラと書いた後で、俺は困ってしまった。
職業……。
前世での職業のことを言ってるわけではないはずだ。そうなると、ここでの職業ということになる。別に何かの資格を持っているわけでも、何かに秀でているわけでもない。人より秀でているものは、強靭な食道と蠕動運動だけだ。
「すみません、この職業の欄って」
俺は受付のお姉さんに声をかけた。
「別に決まりがあるわけではないので、自由に書いてくださって結構です。ただ皆さんが見られるところなので、なるべく分かりやすい方がいいかと」
ほかの冒険者が見て分かりやすい職業名。剣士なら剣術に秀でていると分かるし、魔法使いなら魔法が使えると思う。パーティを組むときの参考になるわけだ。 だけど、俺は足も速くなければ、魔導書が読めるわけでもない。喧嘩すら小五以来したことがないのだ。
「ちなみに今までに見た変わった職業ってどんなのがありますか?」
「変わった職業ですか?」
「蠕動運動マンとか、食道ツヨオとかっていましたか?」
受付のお姉さんが明らかに引いている。こっちだって自分で言っていて泣きたいくらいなのだ。
「そうですねえ……。最近だと農民とか」
「農民!?」
「あとは……、病人とか」
「病人ですか……」
農民に病人……。そりゃあわかりやすくて結構だけど、あまり強そうではない。第一、冒険者って冒険するんだぞ。何日も畑をほったらかしにしてて良いんだろうか……。俺は農民のことが心配になってくる。いわんや病人をや、だ。
「ほかに、もっとこうマイナーで聞いたことのないような職業ってありますかね」
「そうですねえ……。皆さん、遊びに来てるわけじゃありませんからね~」
お姉さんの正論が俺を傷つける。
俺は農民と書いたソイツすら羨ましく思った。少なくともソイツは農民というれっきとした職があるわけだ。俺には何にもない。
結局、どう書けばいいのか。
いや、物は言いようかもしれない。
ふとそう思った。
どんなことだって言い方によっては格好良く聞こえるし、人に認められるものだ。
たとえ、裸踊りをして金をもらっている人だって、パフォーマーと言えばカッコイイじゃないか。一日中、パチンコを打って、儲けてるのか、損してるのか分からない人だって、勝負師と言えば、なんかいい感じがする。
俺の場合……。俺は悩みに悩みぬいた後、職業欄にさらさらと書き込み、受付のお姉さんに提出した。
「あのぉ……叛逆者ってなんですかね……」
受付のお姉さんは首をかしげる。
「叛逆者も知らないんですか!? 叛逆者ですよ!!」
上と下が反転していて逆についている人のことだ。
「まあ、なんでもいいですけど……」
受付のお姉さんはそれ以上聞こうとはしなかった。こっちだって別に嘘を言っているわけではないから、気にすることはない。
「それでは、これが登録証になります。再発行するにはお金がかかりますので、無くさないようにしてくださいね」
俺は登録証を受け取った。表には叛逆者、ヤグラケイスケと書かれており、ブロンズランクと書いた隣に銅色のエンブレムが捺してある。裏はクエストの受注履歴を書いていくのだろうか。罫線が引いてあるが、今は白紙だった。
入会金は取らないのかと思ったが、忘れているならそれはそれでいいと思い黙っておいた。どうせ、クエストの報奨金を一部ギルドに持って行かれるのだろう。どっちにしても、俺にはギルドの経営を心配する余裕はない。
俺は受付を離れ、入り口近くに掛けられた掲示板を覗くことにした。
掲示板には未解決のクエストが貼りだされており、冒険者のランク別にまとめられている。
シルバーランクから上は、もう見るのも恐ろしい過酷なクエストばかりだ。
ブロンズランクだって、害獣の駆除やら、商人の護衛、希少な食材の調達依頼。どれにしても、何一つ取り柄のない俺には不可能なものばかりだ。
第一、何のチート機能もついていない俺が冒険者になるなんて不可能なのだ。頭もよくない、弁も立たない、金もない、魔法は言うまでもなく使えない。人より優れているところなど、蠕動運動以外何もない俺がどうやって冒険者としてやっていけるだろうか。
だが、魔王を倒さなければ、俺は一生このふざけた身体で生きていかなくてはいけない。どんな手を使ってでも魔王を倒さなくてはいけないのだ。
俺は早速、一緒に仕事をしてくれる仲間を探すことにした。
地獄の酒場(3/7)へと続く。




