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『異世界にて、我、叛逆者なり』  作者: サキカワユウスケ
3/13

プロローグ(3/3)

 しかも、そいつはなかなかに寡黙なやつで、実直な職人のように何も言うことなく、ただモヤモヤ、モヤモヤと異臭を発してる。




「なんだよ、これ!!」




俺は叫んだ。


「だから言ってるでしょ!! 消化管が上下逆なのよ。口にアナルがついて、大腸、小腸、十二指腸、胃、食道、口って、下に続いていくのよ!!」


アオイは逆ギレしたみたいに言った。


「じゃあ、ここからウンコでんのか!!」


俺は顔の真ん中を指さした。


「言わずもがなよ!!」


「なにが言わずもがなだよ!! ふざけんなよ!! こんなの異世界生活どころか、日常生活だってままならんだろ!!」


ということは、さっきからくぐもっている俺の声は、ケツの割れ目にできた口から出ているのだ。消化管が上下逆についているのだから、本来アナルのある位置に、口があり、口のある位置に肛門があることになる。




 通りで、声が後ろから聞こえるわけだ。




「ほんと、これどうするんだよ!!」


「ギャアギャアわめかないでよ!! そんなのわたしに言われたって知らないわよ!!」


俺はなんだか恥ずかしくなってきた。


アオイはさっきから俺の顔を直視していない。


俺はずっと、申し訳なさそうにしていると思っていた。アオイは俺に負い目を感じてるのだと。だが、それは違ったのだ。顔のど真ん中に本来、とってもしおらしい肛門ちゃんがついてて、まともに見ちゃいられないのだ。


「第一、重力ってものがあんだろうよ!! 上から入れるから、下に落ちて出るんだよ。下から入れたって、あがってくるかい!!」


そう。肛門は別に面白半分で下についているわけではない。下についているのには、それなりの理由があるのだ。


「だから、あなたの消化管には、卓越した蠕動運動ぜんどううんどうの能力を付与したわ」


アオイはなぜか得意げに言った。


「卓越した蠕動運動ぜんどううんどうの能力?」


俺はアオイの言葉をオウム返しにすることしかできなかった。


「食物を押し出す消化管の働きよ。とにかく、あなたの蠕動運動ぜんどううんどうは凄いわ。重力をもろともせず、下から入れたものが上から出てくるの。ニュートンもびっくりね」


「ニュートンどころか全人類がビックリだよ!!」


俺のツッコミはケツの割れ目にこもって、切れ味をなくしていった。どれだけ叫んでも、ケツの割れ目が邪魔して、声が上手く通らないのだ。


 俺はこんな状況に置かれて、ツッコミの切れ味すら失ってしまったのだ。




「それにさ、さっきからなんだか喉が苦しいんだよ……。喉って言っても、腰の下が苦しいんだけどさ……」




俺はすっかり弱気になってしまった。


「あ、それは恐らく逆流性胃腸炎ね」


「あー、逆流性胃腸炎か……」


類まれな蠕動運動ぜんどううんどうで食べ物が身体の中を上がっていくとしても、胃液は重力の影響を受ける。重力によって落ちてきた胃酸で、喉が焼けているのだろう。


「っていうか、逆流性でもないのかもね。上から下に落ちるのは自然の摂理だから、それはもう、順流性胃腸炎ね。はは……」


アオイの笑い声は虚しいほど乾いていた。


「ひどいよ……、こんなのひどすぎるよ……」


俺はとうとう泣き出してしまった。尾てい骨のあたりにじんと重い物が込み上げてくる。




「もう、しょうがないわね!! どうにかしてあげるわよ!!」




「……どうにかって?」


俺は顔をあげた。


「本当は肉体を授けたあとの能力付与はご法度なんだけど……こんなの前例にもないからね」


「もとに、戻してくれるんですか?」


俺はアオイに希望の光を見た。


「いや、口、喉、食道を胃酸に耐えきれるほど強くするだけよ」


「そこまでするなら消化管を上下逆にして付け替えてくださいよ!!」


「無理よ。それはもう物質化された後なんだから……。とにかく、ちょっとじっとしてなさい」


アオイはそういうと、俺の股間に手をかざした。俺は口……、いや、顔の真ん中についたアナルを手でおおいながら、ことのなりゆきを見守っていた。




「どう、かしら」


アオイは股間から手を離して言った。


「あれ……、ぜんぜんくるしくないです……」


「そうでしょう? あなたの口から胃にかけては、もうどんな胃酸ももろともしないわ。どう? これで文句はないわね?」


「オオアリですよ!! 鼻の下にケツの穴がついてるんですよ? こんな姿で人前に出られないですよ!!」


「ウルサイ!! ウルサイ!! ウルサイ!!! そんなの布でも巻いてかくしてなさいよ!! ほら、匂いを吸収する布をあげるわよ!!」


アオイはどこからか、黄色いバンダナのようなものを取り出してきて、俺の肛門を覆い、後ろで結んでくれた。


 ちょうど、荒野の窃盗団か、砂漠の墓荒らしのような格好になる。


アオイはバンダナの結び目をポンと叩いていった。


「良いじゃない、黄色だと汚れも目立たないし」




「言うことが一々汚ねえな……」




「じゃあ、嬉しいこと言ってあげるわよ。あなた、顔の真ん中についた情けないケツアナを隠せば、結構男前よ?」


「嬉しくないんですけど」


「黄色いバンダナも様になってるわよ。言うなればそう一人黄巾軍ね」


「ひとり黄巾軍……」


俺は悲しくなってきた。


「もう、そんなにめそめそされたんじゃ、こっちの寝覚めも悪いってものよ? 過ぎちゃったことは仕方ないんだし、前向きに生きなさいよ!」


「そんなこと言われても……」


「あ、そうだ。あなた今から異世界に転生するんでしょう? あなたの向かう先には魔王が居て、その魔王を倒せば、現世に生き返ることができるのよ。そのときは身体も元に戻るからさ、頑張りなさい!」


「さっき、身の丈にあった生活でせいぜい二度目の人生を満喫しろって……」


「そんなこと言っても仕方ないじゃない。こういう場合なんだから、さっさと魔王を倒しなさいよ」


「そんな無茶っすよ……。魔法も使えない、武術の才能もない、身体だって大きくない。人より秀でているのは蠕動運動ぜんどううんどうだけって男が、どうやって最悪にして最強の魔王を倒すんですか」


「出来ても出来なくても、やるしかないわよ」


「無理っすよ……」


俺の声はケツの脂肪に吸収され、空気を震わすことなく消えていった。


「もう、しょうがないわねえ!! それなら出血大サービスよ。あなたに三つの命を与えるわ」




「三つの命?」




「そうよ。あなたの魂は一度死んでも、すぐに消えたりなんかしない。三回までは、ここに戻ってこられるようにしてあげる。だから、頑張りなさい」


「残機数より、超能力とかをくれよ……。こんなほっといても、やがて死ぬような身体じゃ……命なんていくつあっても……」


「うるさい!! いつまでもうじうじしてるなんてみっともないわよ!! みんな与えられたもので頑張ってるんだから、あんたもさっさと行ってきなさい」


アオイは何やら転移の呪文を唱え始めた。俺の身体は光に包まれ、ゆっくりと上昇していく。


「おい!! 話は終わってねえぞ!!」


「むにゃむにゃ…………むにゃむにゃ…………」


アオイはもう俺を無視して、一心不乱に魔法を唱え続けた。


「おい!! バカ女神!! こんな消化管が逆になった状態で、どうやって異世界生活を送るんだよ!!」


俺は泣きながら、アオイを怒鳴りつけた。


 だが、いつの間にかアオイは居なくなっており、俺は街の外れにある大樹の前に立っていた。


 どうやら本当に異世界生活が始まるようだ。顔の真ん中に、いつも人知れず頑張ってきたのケツの穴をぶら下げて……。




              


『異世界にて、我、叛逆者なり』 プロローグ(終)




 第一話『地獄の酒場』に続く。

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