第二話 秘宝「ジェタクの果印」(2/11)
「ジェタクさんは死の直前に、お見舞いに駆け付けた妹さんに向かってこう言ったんです。
『私はこの山にこもり、この世のすべてを占った。未来、現在、過去。ありとあらゆることを占い、ありとあらゆる真実を知った。それは半永久的に残り続け、知恵ある者の助けとなるだろう』
って言い残したんです。だから、ジェタクの果印を見れば、この世界のありとあらゆることが分かるんです」
「はあ……。それは凄いな……」
この世界のありとあらゆることが分かる果印。いわゆるアカシックレコードというやつだろう。そして、それは知恵ある者の助けとなる。確かに、アカシックレコードなんかを手にすることができたら、世界征服だってできそうなものだ。
「じゃあさ、本みたいなのものなのかな?」
「本?」
「だって、ありとあらゆることが記されている本って、ロマンがあるだろ」
「ロマンですか……」
アカシックレコードから本のようなものを連想したが、ミーノの反応は思わしくない。
「本ではないのかな?」
「私は水晶みたいなものだと思ってましたけど……。だって、結果をまとめたものじゃなくて、果印ですから」
「確かに……」
ミーノの言う通り、ジェタクが残したのは、占いの結果を記したものではなく、占いの結果そのものなのだ。となれば、「本占い」でもない限り、ジェタクの果印は本ではない。やっぱり、覗けば真実が浮かび上がってくる水晶のようなものだろうか。
俺にはジェタクの果印がどのようなものか、想像もつかなかった。
「それで、ジェタクはこの山のどのあたりに住んでいたんだ?」
どのようなものであれ、ジェタクが住んでいた場所を突き止めて、そこから探すべきだと思った。
「どのあたりって言われても……。ミーノはこの山としか聞いてません」
「おいおい、山って、相当広いぞ……」
「た、たしかに……。どうやって探しましょう……」
ミーノが答えを求めて俺を見た。俺だってどう探したものか分からない。
「じゃあ、まずはジェタクが暮らした家を探してみるか」
「はい!!」
俺たちは登山を再開した。
家と言っても、五百年前の話だ。木造建築なら既に朽ちているだろう。仮に石でできていたとしても、植物に飲み込まれているかもしれない。洞窟のような場所で雨風をしのいでいたとすれば、まだ残っている可能性はある。だが、入口を植物が塞いでいるだろう。たとえ、洞窟があったとしても、相当近づかなければ、見つけることはできないはずだ。
「そうだ。ミーノはシリンキ山には詳しいのか?」
「はい! ふもとにミーノの村があるので、小さい頃はよく遊びに来ましたよ!」
「小さい頃って、今も小さいじゃないか」
俺はつい口を挟んでしまった。
「いえ! ミーノはもうお姉さんなんです。弟や妹のためにも、畑を耕さなくちゃいけないんです」
そのときのミーノは本当にお姉さんの顔になっていた。
「そうか。えらいんだな」
「えへへ、ちょっとだけエラいかもです」
ミーノは照れくさそうに笑う。
「それで、この山で、洞窟や石の家を見かけたことはなかったか?」
「洞窟なら、山頂近くにありますよ。行ってみましょうか」
「山頂……」
俺は顔をあげ、ずっと向こうまで続く山の稜線を見た。
「ミーノ、あっちはシリンキ山じゃなくて、別の山なんだよな?」
「いえ、あっちもシリンキ山ですよ。」
「ウソだろ? じゃあ、あのずっと向こうに見えているのは?」
「あれもシリンキ山です」
「じゃ、じゃあ……、あのずっとずっと向こうに見えてる三角形は……」
「ふふふ、流石にあれは別の山ですよ」
「よかった……」
俺はほっと胸をなでおろした。
とはいえ、シリンキ山はかなり起伏が激しいようだ。山頂まで行くとなれば、かなり歩かなければいけない。
俺は既にバテバテだった。
こんな山登りなんかやめて、手っ取り早く魔獣を倒す方法はないものか。
俺の気持ちを察したのか、ミーノがにっこりと笑って言った。
「ヤグラ君、これも修行ですよ。私たちは身体が弱いんですから、基礎体力をつけないといけません。シリンキ山も登れないようじゃ、魔獣も倒せませんよ?」
幼女に正論を言われてしまった。
ミーノは私たちと自分も含めていったが、ミーノはまだ息すらあがっていない。どこにそんな力があるのか、細い足で、どんどん山を登っていく。
「これも修行ね……」
俺は自分に言い聞かせるようにして、ミーノの後を追った。
「つ、ついた……」
山頂についた俺はその場に座り込んでしまった。
激しい運動に足は重く、いかれちまったようにブルブルと震えている。一度、バラバラになった足腰をセロハンテープで貼り付けているみたいなのだ。
「お疲れさまでした! はい、お茶」
ミーノは俺に水筒を手渡した。
「あ、ありがと……」
俺は水筒を受け取ると、ミーノの目を盗んで、ケツに差し込んだ。口がお尻についているんだから仕方ない。俺は水筒を傾けて、むさぼるようにお茶を飲む。
緑茶ではなかった。味としてはジャスミンティーに近いのだろうか。薬草の香りとわずかな苦みが口に広がる。疲れていてもゴクゴク飲める味だ。
「ぷはーっ。上手いなあ。なんていうお茶だ?」
「お茶に名前なんてありません。お茶はお茶です」
ミーノは不思議そうに首を傾けた。
「そうか。じゃあ、どうやって作るんだ?」
「庭に生えているアキモモの若葉を摘んで煮だすんですよ」
「へー、そのアキモモ。そいつは、このあたりじゃよく生えてるものなのか?」
「はい、私たちの村ではどこの家でも、庭にアキモモの樹を植えるんです。ちょうど田植えを始める一週間くらい前ですかね。アキモモの葉を摘んで、乾燥させておくんです。大体、夏が終わるころにはなくなっちゃうんですけど、それまでは美味しいお茶が飲めるんですよ?」
「じゃあ、もう少しで終わりなわけだ」
「はい」
ミーノによれば、この世界にも四季があるという。冬の寒さは厳しく、夏はそれほど暑くない。今はその涼しい夏にあたるという。それでも久しぶりの運動で、俺はかなりの汗をかいていた。
「アキモモはお茶も美味しいんですけど、この時期になると、とっても甘い実をつけるんですよ? わたし、それが大好きなんです」
「へえ、食べてみたいな」
俺がそのアキモモの味を聞こうとしたときだった。突然、地鳴りのような音がして、山の中腹で煙があがった。
「始まりましたね」
「戦闘か」
優秀な冒険者たちが、メインクエストである魔獣討伐を開始したようだ。今回の魔獣は相当手ごわく、ジェタクの果印を探している場合ではないようだ。
「なあ、俺たちが戦いに巻き込まれることはないのか?」
俺はミーノに聞いた。
「ランスさんのチームは結界を貼りながら、徐々に魔獣を追い詰めていくと言っていました。結界に入らない限りは、大丈夫なんじゃないでしょうか? ただ……」
「ただ?」
「戦闘が激しくなりますと、山全体に緊張が走ります。殺気だったクマやイノシシに襲われる可能性はありますね」
魔獣に勝てないのは言うまでもないが、俺にとっては、クマやイノシシだってじゅうぶん恐ろしい。
俺は腰に刺したサバイバルナイフを取り出し、刃先を眺めた。さきほど、ここに来る前に街で買ったものだ。
俺はヴァーギンとの飲み比べに勝ち、ヴァーギンの勝ちに賭けていた冒険者から八千リラを巻き上げた。そこから二千リラをギルドに返し、手元には六千リラが残ったのだが、そのうちの千リラを使って、軽い防具や、サバイバルナイフを買っていた。
太刀やハンマーは重すぎて振り回すこともできない。弓矢は振り絞る力もなければ、的に当てるだけの技術もない。結局、今扱えるのはサバイバルナイフしかなかった。といっても、戦闘に関してはド素人だ。それほど役に立つとは思えない。
あとはミーノがどこまでやれるかだが……。
俺はミーノに目をやった。
彼女は今日も薄汚れた無地のワンピースを着ている。麻袋を胸に抱いてちょこんと座る姿はあまり冒険者らしくない。
それでも、俺は心強かった。ミーノは俺よりも一週間早く冒険者になったのだ。
「なあ、ミーノ。職業は農民って言ったけど、農民って何ができるんだ?」
俺たちはパーティーの方針を決めることにした。様々な事態に備えて、どう動くかを想定しておく必要があった。
「畑を耕したり、田んぼに水を引いたりできます!!」
ミーノは得意げに言った。
「うんうん、それは凄いな!!」
俺は心の底からミーノを尊敬した。だが、今問題にしているのは戦闘に関してなのだ。
「それじゃあ、やっぱりクワでモンスターを倒すとか」
「はい!! 野犬を追い払うときはやっぱりクワですよね!!」
どうも会話がちぐはぐだ。
「いや、追い払うんじゃなくて、モンスターを倒すときの話で……その……だから、ミーノの得物は」
「えものって?」
「だから、冒険に行くとき持って行くものだよ」
「わかりました!! おにぎりですね」
ミーノの笑顔が眩し過ぎる……。
「えーっと、ちょっと違うかな……。そうだ。その袋には何が入ってるんだ?」
俺はミーノが大事そうに抱えた麻袋を指さした。彼女はそれ以外何も持っていないのだから、そこに彼女の武器が入っているはずだ。
第二話 秘宝「ジェタクの果印」(3/11)に続く




