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『異世界にて、我、叛逆者なり』  作者: サキカワユウスケ
10/13

第一話 地獄の酒場(7/7)


「えっ?」

男たちが一斉に振り返る。

「わ、わたしがヤグラ君のお尻にお酒をいれます!!」

取り巻きがモーセの海のように割れ、一人の幼女の姿が見えた。


 幼女は貧しい服を着て、麻袋を担いでいる。酒場に食材を運びに来た女の子だろうか。その子は澄んだ、綺麗な瞳をしていた。

「おいおい、マジかよ……」

誰かの声が裏返っている。

「それならいいんですよね? フースコさんがヴァーギンさんのお尻にお酒を入れる。私がヤグラ君のお尻にお酒を入れる。これならゲームになるんですよね……」

「そりゃあ、なるけどよ……」

ヴァーギンが引いていた。

「うひひひっ!! なんか俺興奮してきたんだけど!!」

誰かが下種な声を出した。

「うおおおおおおおおおおおおお!! 面白いじゃねえか!!」

観客がまた一斉に盛り上がる。

「やれ!! やれ!! やれ!! やれ!!」

地鳴りのような大喝采のなか、俺とヴァーギンは目を見合わせた。

 俺の尻に酒を入れてくれるという幼女が俺の前に来て、しゃがみこんだ。

「初めまして。私ミーノと言います。よろしくお願いしますね……」

恥ずかしそうに顔を赤らめている。こっちの方が何倍も恥ずかしいのだが……。

「うん……。いいのかな。そのミーノちゃんにこんなことやらせて……」

「良いんですよ。わたし、ヤグラ君のこと応援してますからね!!」

「ありがと……、じゃ、よろしく……」

 恥ずかしいことこのうえないが、ミーノは救世主だった。まさに天の助け。こんな幼女が俺のケツに酒を突っ込んでくれるなんて、奇跡としか言いようがない。そ

うでなければ今頃俺は肛門から酒を飲まされ、腸を灼いているところだった。


 ミーノは俺のケツの前に立つと、先の尖った酒器を俺の割れ目にあてがった。

 一応、そこには唇がついている。決して汚くはないのだが、無性に申し訳ない気分になる。

「フースコ!! もっと奥に入れろ!!」

「あ……はい……」

ヴァーギンの方も準備ができたようだ。

「よし、じゃあ初めろ!!」

誰かの合図とともに、俺とヴァーギンはいっせいに酒を飲みだした。


「コイツら、マジで尻から飲んでやがるぜ!!」


野次馬がどっと沸き立った。

 その中で、フースコとミーノは、男のケツに酒器を突っ込んでいる。二人とも顔を青くしており、常人には到底理解し合えない、複雑な葛藤と戦っている。

 ミーノは重たく切り揃えられたおかっぱ頭を何度も横に振っている。すまねえ……、本当にすまねえ……。 

「おいおい、どうなってんだよ……」

一座はさらに盛り上がりを見せていた。

「あのヤグラって男すげえぞ!! 酒がどんどん減っていく!!」

「なんだよ、アイツ、怪物か!?」

取り巻きが青ざめていくのが分かった。

「ひい、ふぅ、み……。十六人の二千リラを四人で山分けだから……ひとり八千リラだぜ!! やべえ……こいつはやべえぜ!!」

誰かが狂ったような声をあげた。

「おい!! 勝負はまだ分かんねえがよ!!」

「フースコ!! もっと器の角度をあげろ!!」

取り巻きに迫られ、フースコは泣きそうになりながら、器を傾ける。酒器が奥の方まで見えなくなっている。

「くうっ……うは……」

そのたびにヴァーギンは苦悶の表情を浮かべる。相当キテいるようで、四つん這いになった手がガクガクと震えている。

 その中で俺は叫んだ!!

「プハッ……。おかわりだ!!」

ミーノは少し戸惑いながらも厨房に空になった容器をもっていく。そこに並々蒸留酒のロックを注ぎ、俺の尻に突っ込んだ。

「うふっ……、これはクるぜ……」

俺は苦笑した。ヴァーギンを追い詰めるために蒸留酒のロックにしたが、これは口から飲んでもかなりきついのだ。


「あいつ……ケツから蒸留酒を二杯も飲んでやがる……」


「どうなってんだあ、こいつの身体は!!」

男たちがほとんど悲鳴に近い声を出す。

 俺……。ケツから酒を飲むことにおいては無敵なんじゃないだろうか……。これが……俺の能力!? 叛逆者としての武器……。いや、冒険には役に立たないが……。

「おいヴァーギン!! 俺はお前に賭けてんだよ!! もっと気合を入れて飲みやがれ」

誰かがフースコの手から酒器を奪い取り、ヴァーギンのケツにぶっ刺した。

「ぐっ……」

ヴァーギンはただ青い顔で悶えている。すでに平衡感覚を失い、猫が伸びをするような体勢になっている。

「ほら、ほら!! ヤグラはもう飲んだんだぞ!! お前も二杯は飲めよなあ!!」

「おい!! ヴァーギンはもう飲めねえだろ!! こいつ死にそうだぜ……」

「死んでも、飲んでもらわなくちゃ困るんだよ!! 二千リラ……。二千リラだぜ!?」

「おい!! 生クリームを絞り出す袋があんだろ、あれに入れてこい!!」

誰かが厨房へと走り、生クリームの絞り袋に並々酒を入れてきた。取り巻きは既にこの状況を受け入れている。俺は彼らの適応能力に舌を巻いた。

 ならず者どもはもうヴァーギンの意思も聞かず、彼の尻に蒸留酒を絞り込んだ。ヴァーギンは土砂降りの雨のようなうめき声をあげ、干からびたミミズみたいな恰好になっている。

「どうだ!! これで二杯同士。引き分けじゃあねえのか?」

ならず者どもが怖気づいた顔で俺の様子をうかがった。

 だが、俺はとことんやってやると決めていた。俺をいたぶったコイツらから、ハゲ散らかすほどむしり取ってやる。

 俺は彼らの視線を一身に浴びながら叫んだ。


「おかわりだ!!」




 二十分後。


 回復魔法をかけた魔導士によると、ヴァーギンの命は本当に危ないところまで来ていたらしい。一流の魔導士が、魔力をすべて消費してヴァーギンの治療にあたった。アルコールで焼け切った粘膜と、おかしくなった脳味噌を直すのは至難の業だったそうだ。

「ケツから酒を飲むようなやつを救うために、俺は魔導士になったわけではない……」

魔導士は他人が噛み潰した苦虫を口移しされたような、この上なく不快な表情をしていた。

 魔導士は酒も肛門も大嫌いになったと言っていた。

「ヤグラ!! よくやったなあ」

俺に二千リラを賭けた三人のならず者から痛いほど肩を叩かれた。みんな、変なクスリでもキメたみたいに、イカれた笑みを浮かべていた。そりゃあ、そうだろう。二千リラを失うリスクを負い、八千リラを得たのだ。

 賭けに負けたものは、サキュバスに生気を吸いつくされたみたいに、表情のない目をしていた。ヴァーギンは向こう半年間、ベッドから出ることができなかったという。


「あの……、ありがとうございました」


受付で二千リラを返した俺のもとにミーノが駆け寄ってきた。少し落ち着いたようだが、まだ涙目のままだった。とんだトラウマを負わせてしまった……。俺は彼女の目を上手く見ることができなかった。

「いや……、お礼を言うのは俺の方だよ……。みっともないことさせちゃったな……」

「いえ、ちょっと……刺激的でしたけど……これも経験です」

ミーノちゃんは何度も言葉を選び、最後には諦めたようにそういった。ほんとうに良い子だ……。

「ところで、どうしてやってくれたんだ? あんな汚れ役」

あれこそが本当の汚れ役だ。汚いからこれ以上は言わないが。

「仇を取ってほしかったんです……。わたしは、負けちゃいましたから」

ミーノは口をへの字に曲げて言った。

「え? ミーノちゃんもやられたの!?」

「はい……。あれが新人冒険者への洗礼なんですよ……。わたしもブドウ酒を一杯飲まされたんです。もう、目が回ってげーげー吐いちゃって……。もう立てなくなるし、ぶるぶる震えて大変だったんですよ……」

十歳にもならないような幼女を酔い潰すなんて……なんて奴らだ……。

「だから、ヤグラ君があれだけの男の人を前に戦っているのをみて、どうしても応援したくなったんです。ヤグラ君、かっこよかったですよ!!」

「そ、そうかなあ」

尻から酒を飲んでかっこいいなら、へそで茶を沸かしても、目から鱗が落ちてもかっこいいはずだ。俺はなんだか騙されたような気分になる。

「ところでヤグラ君、良かったら一緒にパーティーを組みませんか?」

ミーノの瞳には不安げな影が差していた。

「え、良いの!?」

「は、はい。私もまだ新人冒険者で、全然使えないんですけど、良かったら……いっしょに冒険しませんか?」

ミーノの重たい前髪が小さく揺れる。

 この子に何ができるのかは分からないけれど、冒険者としては俺よりも先輩なのだ。いくら幼女とはいえ、一人よりも二人の方が安心できる。それに、お尻に酒を突っ込まれた俺には、分かる。この子はとってもいい子だ。

「よし! じゃあ、よろしく!!」

俺はミーノに手を差し出した。

「ほんと……? ほんとですか? わーい!! ミーノの初めての仲間です!!!」

ミーノは子どもらしいはしゃいだ声をあげた。

「ちなみに、俺の職業は叛逆者なんだ。まだ自分に何ができるのかは分からないけれど、意外なところで役に立つかもしれない」

本当にどうしようもないほど、意外なところで、だが。

「ところで君の職業は何かな?」

俺はミーノに問いかけた。


「わたしですか? わたしの職業は、農民です!!」


ミーノが得意げにそう言う。

「いや、君が農民かいっ!!」

俺のツッコミはお尻の脂肪に吸収され、やはり切れ味をなくしていくのだった。



                第一話 「地獄の酒場」 了

                第二話 「占い師ジェタクの果印」に続く。  

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