第一話 地獄の酒場(7/7)
「えっ?」
男たちが一斉に振り返る。
「わ、わたしがヤグラ君のお尻にお酒をいれます!!」
取り巻きがモーセの海のように割れ、一人の幼女の姿が見えた。
幼女は貧しい服を着て、麻袋を担いでいる。酒場に食材を運びに来た女の子だろうか。その子は澄んだ、綺麗な瞳をしていた。
「おいおい、マジかよ……」
誰かの声が裏返っている。
「それならいいんですよね? フースコさんがヴァーギンさんのお尻にお酒を入れる。私がヤグラ君のお尻にお酒を入れる。これならゲームになるんですよね……」
「そりゃあ、なるけどよ……」
ヴァーギンが引いていた。
「うひひひっ!! なんか俺興奮してきたんだけど!!」
誰かが下種な声を出した。
「うおおおおおおおおおおおおお!! 面白いじゃねえか!!」
観客がまた一斉に盛り上がる。
「やれ!! やれ!! やれ!! やれ!!」
地鳴りのような大喝采のなか、俺とヴァーギンは目を見合わせた。
俺の尻に酒を入れてくれるという幼女が俺の前に来て、しゃがみこんだ。
「初めまして。私ミーノと言います。よろしくお願いしますね……」
恥ずかしそうに顔を赤らめている。こっちの方が何倍も恥ずかしいのだが……。
「うん……。いいのかな。そのミーノちゃんにこんなことやらせて……」
「良いんですよ。わたし、ヤグラ君のこと応援してますからね!!」
「ありがと……、じゃ、よろしく……」
恥ずかしいことこのうえないが、ミーノは救世主だった。まさに天の助け。こんな幼女が俺のケツに酒を突っ込んでくれるなんて、奇跡としか言いようがない。そ
うでなければ今頃俺は肛門から酒を飲まされ、腸を灼いているところだった。
ミーノは俺のケツの前に立つと、先の尖った酒器を俺の割れ目にあてがった。
一応、そこには唇がついている。決して汚くはないのだが、無性に申し訳ない気分になる。
「フースコ!! もっと奥に入れろ!!」
「あ……はい……」
ヴァーギンの方も準備ができたようだ。
「よし、じゃあ初めろ!!」
誰かの合図とともに、俺とヴァーギンはいっせいに酒を飲みだした。
「コイツら、マジで尻から飲んでやがるぜ!!」
野次馬がどっと沸き立った。
その中で、フースコとミーノは、男のケツに酒器を突っ込んでいる。二人とも顔を青くしており、常人には到底理解し合えない、複雑な葛藤と戦っている。
ミーノは重たく切り揃えられたおかっぱ頭を何度も横に振っている。すまねえ……、本当にすまねえ……。
「おいおい、どうなってんだよ……」
一座はさらに盛り上がりを見せていた。
「あのヤグラって男すげえぞ!! 酒がどんどん減っていく!!」
「なんだよ、アイツ、怪物か!?」
取り巻きが青ざめていくのが分かった。
「ひい、ふぅ、み……。十六人の二千リラを四人で山分けだから……ひとり八千リラだぜ!! やべえ……こいつはやべえぜ!!」
誰かが狂ったような声をあげた。
「おい!! 勝負はまだ分かんねえがよ!!」
「フースコ!! もっと器の角度をあげろ!!」
取り巻きに迫られ、フースコは泣きそうになりながら、器を傾ける。酒器が奥の方まで見えなくなっている。
「くうっ……うは……」
そのたびにヴァーギンは苦悶の表情を浮かべる。相当キテいるようで、四つん這いになった手がガクガクと震えている。
その中で俺は叫んだ!!
「プハッ……。おかわりだ!!」
ミーノは少し戸惑いながらも厨房に空になった容器をもっていく。そこに並々蒸留酒のロックを注ぎ、俺の尻に突っ込んだ。
「うふっ……、これはクるぜ……」
俺は苦笑した。ヴァーギンを追い詰めるために蒸留酒のロックにしたが、これは口から飲んでもかなりきついのだ。
「あいつ……ケツから蒸留酒を二杯も飲んでやがる……」
「どうなってんだあ、こいつの身体は!!」
男たちがほとんど悲鳴に近い声を出す。
俺……。ケツから酒を飲むことにおいては無敵なんじゃないだろうか……。これが……俺の能力!? 叛逆者としての武器……。いや、冒険には役に立たないが……。
「おいヴァーギン!! 俺はお前に賭けてんだよ!! もっと気合を入れて飲みやがれ」
誰かがフースコの手から酒器を奪い取り、ヴァーギンのケツにぶっ刺した。
「ぐっ……」
ヴァーギンはただ青い顔で悶えている。すでに平衡感覚を失い、猫が伸びをするような体勢になっている。
「ほら、ほら!! ヤグラはもう飲んだんだぞ!! お前も二杯は飲めよなあ!!」
「おい!! ヴァーギンはもう飲めねえだろ!! こいつ死にそうだぜ……」
「死んでも、飲んでもらわなくちゃ困るんだよ!! 二千リラ……。二千リラだぜ!?」
「おい!! 生クリームを絞り出す袋があんだろ、あれに入れてこい!!」
誰かが厨房へと走り、生クリームの絞り袋に並々酒を入れてきた。取り巻きは既にこの状況を受け入れている。俺は彼らの適応能力に舌を巻いた。
ならず者どもはもうヴァーギンの意思も聞かず、彼の尻に蒸留酒を絞り込んだ。ヴァーギンは土砂降りの雨のようなうめき声をあげ、干からびたミミズみたいな恰好になっている。
「どうだ!! これで二杯同士。引き分けじゃあねえのか?」
ならず者どもが怖気づいた顔で俺の様子をうかがった。
だが、俺はとことんやってやると決めていた。俺をいたぶったコイツらから、ハゲ散らかすほどむしり取ってやる。
俺は彼らの視線を一身に浴びながら叫んだ。
「おかわりだ!!」
二十分後。
回復魔法をかけた魔導士によると、ヴァーギンの命は本当に危ないところまで来ていたらしい。一流の魔導士が、魔力をすべて消費してヴァーギンの治療にあたった。アルコールで焼け切った粘膜と、おかしくなった脳味噌を直すのは至難の業だったそうだ。
「ケツから酒を飲むようなやつを救うために、俺は魔導士になったわけではない……」
魔導士は他人が噛み潰した苦虫を口移しされたような、この上なく不快な表情をしていた。
魔導士は酒も肛門も大嫌いになったと言っていた。
「ヤグラ!! よくやったなあ」
俺に二千リラを賭けた三人のならず者から痛いほど肩を叩かれた。みんな、変なクスリでもキメたみたいに、イカれた笑みを浮かべていた。そりゃあ、そうだろう。二千リラを失うリスクを負い、八千リラを得たのだ。
賭けに負けたものは、サキュバスに生気を吸いつくされたみたいに、表情のない目をしていた。ヴァーギンは向こう半年間、ベッドから出ることができなかったという。
「あの……、ありがとうございました」
受付で二千リラを返した俺のもとにミーノが駆け寄ってきた。少し落ち着いたようだが、まだ涙目のままだった。とんだトラウマを負わせてしまった……。俺は彼女の目を上手く見ることができなかった。
「いや……、お礼を言うのは俺の方だよ……。みっともないことさせちゃったな……」
「いえ、ちょっと……刺激的でしたけど……これも経験です」
ミーノちゃんは何度も言葉を選び、最後には諦めたようにそういった。ほんとうに良い子だ……。
「ところで、どうしてやってくれたんだ? あんな汚れ役」
あれこそが本当の汚れ役だ。汚いからこれ以上は言わないが。
「仇を取ってほしかったんです……。わたしは、負けちゃいましたから」
ミーノは口をへの字に曲げて言った。
「え? ミーノちゃんもやられたの!?」
「はい……。あれが新人冒険者への洗礼なんですよ……。わたしもブドウ酒を一杯飲まされたんです。もう、目が回ってげーげー吐いちゃって……。もう立てなくなるし、ぶるぶる震えて大変だったんですよ……」
十歳にもならないような幼女を酔い潰すなんて……なんて奴らだ……。
「だから、ヤグラ君があれだけの男の人を前に戦っているのをみて、どうしても応援したくなったんです。ヤグラ君、かっこよかったですよ!!」
「そ、そうかなあ」
尻から酒を飲んでかっこいいなら、へそで茶を沸かしても、目から鱗が落ちてもかっこいいはずだ。俺はなんだか騙されたような気分になる。
「ところでヤグラ君、良かったら一緒にパーティーを組みませんか?」
ミーノの瞳には不安げな影が差していた。
「え、良いの!?」
「は、はい。私もまだ新人冒険者で、全然使えないんですけど、良かったら……いっしょに冒険しませんか?」
ミーノの重たい前髪が小さく揺れる。
この子に何ができるのかは分からないけれど、冒険者としては俺よりも先輩なのだ。いくら幼女とはいえ、一人よりも二人の方が安心できる。それに、お尻に酒を突っ込まれた俺には、分かる。この子はとってもいい子だ。
「よし! じゃあ、よろしく!!」
俺はミーノに手を差し出した。
「ほんと……? ほんとですか? わーい!! ミーノの初めての仲間です!!!」
ミーノは子どもらしいはしゃいだ声をあげた。
「ちなみに、俺の職業は叛逆者なんだ。まだ自分に何ができるのかは分からないけれど、意外なところで役に立つかもしれない」
本当にどうしようもないほど、意外なところで、だが。
「ところで君の職業は何かな?」
俺はミーノに問いかけた。
「わたしですか? わたしの職業は、農民です!!」
ミーノが得意げにそう言う。
「いや、君が農民かいっ!!」
俺のツッコミはお尻の脂肪に吸収され、やはり切れ味をなくしていくのだった。
第一話 「地獄の酒場」 了
第二話 「占い師ジェタクの果印」に続く。




