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『異世界にて、我、叛逆者なり』  作者: サキカワユウスケ
1/13

プロローグ(1/3)


「ヤグラ君、助けて……」


ミーノはすがるように言った。断崖絶壁の岩肌にこすれ、彼女の粗末なワンピースはボロボロに破けていた。

 幼い未発達の胸は痛々しくはだけ、ところどころに擦り傷が見える。

「つかまってろよ……」

そういったものの、俺のなまり切った身体では彼女を引き上げることは不可能だった。

 下を見ると断崖絶壁の先に、針山のような磯が見えた。そこに大きな波が怒ったようにぶつかって、激しいしぶきをあげている。

「ヤグラ君……ミーノのこと……見捨てないよね?」

ミーノは唇を震わせ、恐る恐る聞いた。

「ああ……見捨てねえよ……」

自分の言葉に自信が持てず、俺は情けなくなった。今年で十歳になる幼女ですら、俺は引き上げることが出来ないのだ。


「ヤグラ君……手が離れちゃうよ……」


「大丈夫……。なんとかするから……」

「でも……もう力が入らないよ……。ミーノ、このままだと落ちちゃうよ……」

「下を見るんじゃねえ!!」

俺はミーノに叫んだ。

「ちゃんと助けてやるから……。下なんか見なくていい」

言葉とは裏腹に、俺の握力は限界を迎えていた。俺の手の中を、小さな手がゆっくりと滑り落ちていく。


 最後に引っかかっていた、数本の指が俺の手から離れた……。


「チクショウ!! 目をつむって、左手をあげろ!!!」

俺が叫んだ途端、ミーノが観念したように目を閉じ、だらりと垂れていた左手が、空中を泳いだ。

 俺は崖から身を乗り出すと、その左手を咥えこみ、大腸を思いきりゼンドウさせた。まるで鯉の滝登りのように、俺の体内をミーノの左手が上がっていく。

 次の瞬間、物凄い反動に俺の身体がそりあがり、俺の身体は崖の上に打ち上げられていた。

「ミーノ!!」

「平気……。ヤグラ君、私を食べちゃったの?」

「バカ、食べるわけないだろ……。ほら、こんなにはっきり喋ってるじゃないか。これは俺の魔法だよ」

「ほんとうだ。お口の中にものが入ってたら、こんなにはっきり話せないもんね!!」

ミーノが明るい声をだした。

「そういうことだ……」

「でも、なんだかヌルヌルするよ?」

「そういう魔法だ」

「それにニュウって締め付けられるみたい」

「良いから、目を閉じてろよ……」

「うん」

俺は顔の真ん中で彼女の腕を咥えこんだまま、一目散に川を目差した。


 川に着くころには、ミーノは眠っていた。


 彼女は俺の腕の中で、悲しい夢でも見ているみたいに、ぎゅうっっと縮こまっていた。

「すまねえ……。すまねえ……。俺が不甲斐ないばっかりに……。こんな思いをさせちまって……」

俺は彼女を吐き出すと、彼女の身体を川の水で丁寧に洗った。ミーノはぐっすりとねむったまま、起きることはなかった。

 彼女の寝顔があまりにも無邪気だった。仕方がなかったとはいえ、自分が彼女にしたことを思うと、涙が出た。

 俺は彼女の身体を洗い終えると、ポケットから魔術を施した特殊なお尻拭きシートを取り出し、彼女の腕を綺麗に拭いた。


「ヤグラ君……、どうして泣いてるの?」


いつの間にかミーノが目を覚ましていた。

「自分が情けなくてだよ……」

「ううん、ヤグラ君は世界一の冒険者だよ。だってミーノのこと、助けてくれたもん」

「俺が世界一なわけないだろ……」

「でもでも、ミーノのこと助けてくれたし!」

「ああ、そうだな……」

「ヤグラ君、落ち込んでるの?」

「この世界に来てから、ずっと落ち込んでるよ」

「よしよし……。いいこ、いいこ」

ミーノは小さな手で俺の頭を優しく撫でた。

「ありがと」

「ううん、お礼を言わなきゃいけないのは、ミーノの方だよ。助けてくれて、ありがとう」

「お礼なんていいよ……。仲間だから、当たり前だろう」

「ヤグラ君って、エンリョしいだよね。へへ、でも、そういうところもすごくカッコイイと思うよ」

 何も知らないミーノは穏やかな顔で笑っていた。

 俺が世界一の冒険者なわけない。俺は新米冒険者で、職業は「叛逆者」だ。反対の反に、逆転の逆をとって、叛逆者。


 いや、あるいは俺が世界一の冒険者かもしれない。その場合、世界一のあとに「不幸」だとか、「不運」と言った二字がつく。世界一不幸な冒険者なのだ。


           プロローグ(2/3)へと続く。

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