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喰い逃げ屋 左文字 ― 1
楠木 陽仁
ガヤガヤと人の波でごった返す商店街。休日の昼下がり、観光地ならば何処にでもある光景だろう。
親子連れが店の軒先でみたらし団子を頬張り、女子数人のグループが「可愛い」だの「バエる」だのキャアキャア黄色い声で店頭に並べられた商品を冷やかしている。
そう、それはどこにでもある光景だ、だがコレの間を縫って一目散に駆けてくるものがある。
『㊧(まるにひだり)』と藍で染め抜かれた印袢纏をはためかせるその若者は、立ち並ぶ人々を森の木々に見立て、その間を疾風のように駆けてゆく。
しかしその走り、全力疾走にも関わらず、髪の毛先も衣服の裾も全く周りの人間に触れることすらない。
駆け抜けてゆく本人自身も、焦るでもなく、溌剌として、走ること自体を楽しんでいるように見える。
何故その人物がこんな人並みをかき分けて、こんな速さで駆けてゆくのか。そもそも何でこんな所で駆けているのか。
その理由はすぐ後ろから追って来た。
十人、いや二十人ばかりの男たちが地響きを立てながら駆けてくる。皆が皆、黒揃えのツナギを身に纏い、誰も彼もが頭を丸めており、全員が血走った眼差しで先を駆ける一人を睨みつけている。
先を駆ける一人を疾風と例えるならば、ツナギのハゲどもはまさに怒涛。易々と人を躱して行く風とは対照的に、人にぶつかり、倒し、跳ね飛ばす。実に傍迷惑な一団が昼の穏やかな一時を文字通り踏み潰していく。
この構図、誰がどう見ても追う者と追われる者の構図。事件かそれとも諍いか。どちらにしろ平穏無事な状況のはずがない。
さらにコレに追い討ちを掛けるように、追いかけるツナギのハゲどもは口々にこう叫んでいた。
「食い逃げだ!」「食い逃げだ!!」「食い逃げだぁ!!!」
そう、食い逃げである。先を走る一人が食い逃げを行ったのである。つまりは加害者になる。それを追うツナギのハゲどもは被害者の店員であり、揃いのツナギにはそれを示すように屋号が印字されている。
逃げる食い逃げ犯と追う店員。のっぴきならないこの光景。傍から警察が止めに入っても構わない様相を呈している。
「イッタイ何の騒ぎだい?」
「知らないのかい? 今流行りの『喰い逃げ屋』だよ」
しかしそうなることは全くない。見物客の呑気な会話にあるように、むしろ周りはヤンヤヤンヤと囃し立て、彼らの様子をまるでショーでも見るかのようにスマホで録画する者もいる。
「『喰い逃げ屋』? 何だいそりゃ」
「お前、それは物を知らなすぎるよ。さっきも言ったようにこれはスポーツだ。喰い逃げ屋が店で大食いを行い、全部食べ切ってから捕まることなく走って逃げ切る。そういうルールのもとに執り行われるスポーツだ」
「はぁ? 粋狂だねぇ」
この様子に喰い逃げ屋はニヤリと笑い、走る足をさらに速める。その速さは風を追い越してさながら稲妻のようであった。
踏み込む足音は雷鳴、見据える眼差しは雷光。一直線に疾走する、その目的地は商店街の出口に設けられた駅である。
そこがゴール。そこまで辿り着けば喰い逃げ屋の勝ち。それを止める観衆は誰もいない。息を切らせながら追いすがるツナギのハゲどもを除けば。
何故、疾走者は駆けているのか。何故、疾走者は食い逃げを行なったのか。そして何故、その光景に人々は歓声を送っているのか。
話は数日前に遡る。




