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小さな夜会

「……帰る」

「えっ、お嬢様本気ですか!?」


 予想外の強敵にこっぴどくやり込められたエフェットは、赤くなった目元をこすりながらそう言った。


 自分としては、お嬢様があの山猿の事を諦めてくれたら万事願ったりかなったりなのはその通りだが、我儘お嬢様へのお灸にしてもアレは少し厳しすぎるんじゃないだろうか。


 ジェシーはそう思い、どうやって慰めたものかとアタフタしている時だった。


「帰るわ!今すぐ用意しなさい!」


 エフェットは見えない誰かを睨みつけつつ、そう言って立ち上がった。


「ひょい!」

「なーに奇妙な声出してるのよ貴方」

「いっ、いえ、お嬢様もう立ち直られたのですか?」

「はっ!?だーれが落ち込んでたって言うのよ。

 いい、あの女は私に彼の隣に立つ実力が無いって、言ってのけたのよ?

 まぁ確かにそこは認めるは、だって私はまだ子供、あれゆる意味で経験が足りていないわ

 けど、足りないなら補えばいい、覚悟ならばあの女にだって負けていないんだから!」


 つらつらと、溢れる情熱が言葉となって迸る。エフェットは胸を張って堂々とそう言ってのけた。


「おっお嬢様は、あの山猿の事を諦めたのでは……」

「なんであの程度の事言われて位で諦めなくちゃいけないのよ!あと山猿って誰の事よ!」

「ひっ済みません」


 困った、とても困った事に、わが主は多少やり込められた程度じゃビクともしないようだ。

 自分としては、あの男の事は忘れてもらい、平々凡々敷かれたレールの上を進んで行って頂きたいのだが。

 ジェシーはそう思いつつも、心のどこかでほっとしている自分が居るのに気が付いた。





 帰ると言っても、ハイ直ぐにと言う訳にはいかない。エフェットは、父親が王都の会議へと出席するついでに来ているのだ。


「はい、はい、と言う訳でお嬢様が直ぐにでもお帰りなさりたいと」


 ジェシーは、雇い主であるエフェットの父親に連絡を取り、馬車の手配をし、参加予定だった夜会のキャンセルをしと、慌ただしく走り回った。


「おっ、お嬢様~、準備、出来ました~」


 ヘロヘロになったジェシーが主の部屋に訪れたのは、たっぷりと夜も更けた時刻、常ならばもうすでに主は寝入っている時間だ。


 ジェシーは、控えめにドアをノックしつつも、帰りは明日の朝一かなと思いつつそっと開ける。

 しかし、寝息が聞こえてくるかと思っていた室内からは、きゃっきゃと賑やかな声が聞こえて来たのだ。


「ん?」


 不思議に思ったジェシーが恐る恐るドアの隙間から顔を覗かせると。

 主1人残されている筈の部屋に、数人の影があった。


「あら、お帰りなさいジェシー」

「ああどうもですお嬢様……って彼女たちがなんでここに!?」


 ジェシーの目に留まったのは、度重なるアクシデントのおかげで誘いそこなったあの時の二人の少女と見知らぬメイド、そしてにっくアデム(山猿)の姿だった。


「どうも、初めましてジェシー様」

「私は夕方振りですね、カルーアさん」

「夜分遅く失礼いたします」

「どうもすみません」

 アプリコットはぺこりと頭を下げ、チェルシーはニヤニヤと笑いながら、見知らぬメイドは素知らぬ顔でそう言った。

 そしてアデムは何故か中央で正座している。


「貴方たち、どうして此処に!」

「ちょっとシャルメルから此処に行って欲しいって頼まれまして」

「何でも、言いすぎてしまったお詫びだそうです」


 アプリコットはそう言って菓子箱を指さした。

 流石はミクシロン家のご令嬢、抜かりの無い仕事ぶりだ。と言うか、私の仕事筒抜け過ぎない?

 ジェシーは走り回って流した汗とは別の汗を流しつつ、ゆっくりと視線を主の方へと向ける。

 そこにはニコニコと余所行きの微笑みを浮かべつつも、額に青筋を立てたわが主の姿があった。


「うふふふ。ありがとうございましたチェルシー様、アプリコット様。おかげでアデムの面白いお話が聞けましたわ」

「いやいや、此方こそウチのアデムがご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありません」

「いえ、ご迷惑なんてとんでもない、アデムは私の命の恩人、いくら感謝してもしたりませんわ」

「アデムは考え無しの、行き当たりばったり。人助けは趣味を通り越して生態みたいなもんだから気にせずとも言いですわ」


 和気藹々と話していると思いきや、少し空気が焦げ臭い。もしやミクシロンの娘は謝罪の為では無く、焚き付けの為にこの二人を送り込んだのではなかろうか。

 そして当のアデムと言えば、肩を丸めて嵐が過ぎ去るのをじっと待っている。


「あっ、あのエフェット様?」

「ああそうね、そろそろいい時間だわ。ジェシーこの二人の部屋を用意してくれるかしら」

「えっ?いやいや直ぐそこなんで帰りますよ」

「そうです、エフェット様。私は女子寮なので勝手な外泊は禁止されています」

「いえ、安全な王都とは言えこんな夜更けに女性を返すわけには行きませんわ」

「あっ、それじゃ俺は、この辺で」


 ようやく解放されると思った生贄の羊(アデム)だが、そうは問屋が卸さない。


「何言ってんのよ、貴方は此処で一緒に泊まるのよ」

「ちょーーーとエフェットちゃん。それはどうかと思うわよ?」

「そっ、そうです。そんな事不謹慎です!」

「あら、貴方たちは何度かアデムと枕を共にしたんでしょ、私だけしてないのは不公平じゃなくて」

「それは冒険の時の話だわ。今ここでする意味が無いでしょ!」

「そっ、そうです!」


 どうやら今までのはウオーミングアップだったようだ。本格的な祭りはこれからのようだった。





「その後のアデメッツはどんな感じなんですか?」

「はっ?何で私があなたにそんな事話さなきゃいけないのよ」


 姦しかった少女三人は結局同じベットで寝入ってしまった。残されたのはアデムとカトレア、そしてジェシーの三人だ。


 ジェシーは主が寝てしまえばメイドの仕事はもう終わりとばかりに、ざっくばらんな対応に切り替わる。


 全ての元凶はこの男に在りと、アデムを睨みつけているジェシーの前に、コトリとお茶が置かれる。


「ありがとうカトレアさん」

 

 これが本物のメイドかと、感心しているジェシーに対しカトレアは黙礼で返した。


「あのー、ジェシーさん?」

「はぁ、まあいいわ。カトレアさんに免じて教えてあげる。とは言っても多少の混乱はあってもアデルバイムは平穏そのものよ。大旦那様の大盤振る舞いもあって景気はむしろ上向いている程だわ」

「流石はフィオーレ翁、やり手だな」


 訳知り顔でアデムが頷くのを、ジェシーは横目で眺めつつ呟いた。


「魔女ねぇ……」

「ジェシー様」

「ああ、分かっていますよカトレアさん。これは部外秘ですよね」


 三人娘の話を聞いていたら、自然と裏側とやらを把握できてしまった。あの日の戦いの背後、いや帝国との大戦からずっと、わが国の裏で暗躍していた存在の名前。

 そしてこの山猿がその魔女とやらを退治した張本人であると言う事。


 単なる召喚師風情がそれを成しえたと言えば信じられないが、それが聖戦士ロバートの愛弟子となれば話が違う。むしろ召喚術の方がおまけ程度の事なのだろう。


 聖戦士ロバートも確か平民出身の身、もし万が一この男があの高みまで達することが出来れば、エフェット様との結婚とやらも現実味が持てない訳ではない。


「アデメッツ家では魔女の名前は伏せられてるんですか」

「そうね、情報部のお偉いさんは抑えているだろうけど、私みたいな下っ端には知らされちゃいないわ」

「まぁそれが良いでしょうね。あの女に関わっていい事なんかなにも無い。

 俺なんて指名手配犯にされましたし」


 アデムはそう言って肩をすくめる。


「ねぇ、あんたが本当に魔女を倒したって言うの?」

「大勢の犠牲と助けがあっての話ですけどね」


 ギッと握りしめた拳から後悔と懺悔の音が聞こえてくる。ジェシーは視界の端でそれを捕えつつ、ニヤニヤ笑ってこう言った。


「そんで、あんたはその功績を盾に、お嬢様と婚姻を結ぶつもりなの」

「こっ、婚姻って!エフェットはまだ子供でしょうに!」

「しー声がデカい!折角お嬢様が眠っているのに大声なんて出すんじゃないわよ!」


 お茶を噴き出しつつ、咳き込むアデムをジェシーは睨みつける。


「そうね、お嬢様はまだ子供だものね、とすると本命はミクシロン家のご令嬢か」

「しゃっ、シャルメルとは別に」

「あら、身を弁えてるのね。それじゃーそこの二人のどちらかかしら?」

「いっイジメ反対!皆大事な仲間なんだから、そんな不純な気持ちは抱いてません!」


 小さく小さくしょぼん反論するアデムをニヤニヤと眺めつつ。ジェシーはお茶に口を付ける。

 恋に純も不純もあるものか。

 まだまだ若い山猿を肴に、ジェシーは背伸びをして朝日挿し込む王都を眺めたのだった。

 


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