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「…これ、は…?」
ふと目があったのは私の婚約者だった。私の努力は無駄に終わったのだ。この醜聞は瞬く間に広がって、二人とも婚約を破棄された上に一族皆指を刺されながら生きていくしかない。
「これは…私が無理矢理お兄様にやったことです。」
咄嗟の判断だった。私だけが頭がおかしいんだと分かれば兄は助かる。そう思ったのだ。
「あははは…」
兄がそれを踏み躙るように高笑いをした。
「この状態で無理矢理?」
そう、私はその場に這いつくばっている状態で、苦しい言い訳だと少し見ればわかるのだ。
「僕が妹に無理矢理したんだよ。」
それは普段の兄からは想像できない邪悪な笑顔だった。
「せっかくいい所だったんだ。邪魔しないでおくれ。」
私の婚約者は口をパクパクとさせて、無言で立ち尽くしている。今はまさに兄の独壇場だ。
「…私の手を取ってくれ!サラ!」
婚約者は私に手を差し出した。穢されたと知りながらもそこまで手を差し伸べてくれる人なんて他にはいないだろう。
「いいぞ、サラ。もしもあちらに行ったら分かっているだろうな。」
兄はしゃがみこんで見せびらかすように唇を私の耳に寄せて言った。そして、私の前に手のひらを差し出す。
すがるような婚約者の視線が痛い。
私は静かに自分の前にある手を取って、立ち上がった。彼の姿は見れなかった。耳元で喚く高笑いがうるさい。 胸が痛む程には少しは彼のことを好きだった。けれど私は全てを捨てていい程に兄のことが好きだったのだ。
今、もうここで地獄に焼かれてもいいと思うほどに。