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「…お兄様、私なら大丈夫なので、婚約者様についていてくださいませ。」
覚悟を決めた手前、そう兄に伝える。でも、心が嬉しがって大きく脈が跳ねる。
「他人行儀だね。いつからそういう態度になったの?」
兄の低い声が頭の上から降り注ぐ。兄が怒っている。震えるのは怖いから?嬉しいから?心の中では乱暴にされてもいいとさえ思っている。痛みも恐怖も愛しいと思えるほどに。
「お兄様、お鎮めください。帰ったら罰でもなんでも受けますから。ここでだけはおやめください。」
兄が乱暴を働くことが知れれば兄の評判に関わる。それだけは避けたかった。
「あいつがいるからか?」
「いえ…」
「お前はあいつが好きなか?」
「それよりも…」
婚約者を好きだと、人として好ましいとさえも、兄の前では言いたくなかった私は言葉を濁す。それが兄は気に入らなかったようだ。今日の為にと綺麗にまとめた髪を兄は鷲掴みにした。
「くっ…」
以前みたいに声を出さないように歯をくいしばる。途端に兄は手の力を緩めた。
許された、そう思った。
その次の瞬間、兄は私にキスをした。婚約者と交わしたキスとは違う、貪るようなキス。息ができなくなって、すぐに私は音を上げた。
「お…に…さ…やめ…」
その言葉を聞いてもなお、兄はキスをやめない。歯が当たろうとも、唇が切れてしまおうとも。ようやく離れた時には私はへたり込んでしまった。