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挨拶はつつがなく行われた。彼が積極的に話してくれたおかげで私は軽い自己紹介と相槌をするだけで済んだのだ。
彼が頑張ってくれているその横で、私は幼い頃を思い出していた。兄は人見知りの私に人を遠ざけて守ってくれた。でも、婚約者はその時の兄とは違って大人で私と他の人を上手に結びつけようとしてくれる。きっと婚約者の方が正しいのだけれど、私は兄と二人の世界で生きることが何よりも嬉しかった。
一通り挨拶を終えると、目の前には兄とその婚約者の方が待ち構えるように立っていた。
「御機嫌よう、サラさん。今日もキュートね。」
明るく人懐っこい兄の婚約者がサラにいつものように話しかける。とてもよい人だけれど、苦手なタイプだ。理由はそれだけではないけれど。
「御機嫌よう、お姉さま。」
おずおずと自分の婚約者に半身を隠しながら挨拶をする。
「やだ、サラさんったら、お姉さまはまだ早いわ。」
兄の婚約者は冗談を言うけれど、とても嬉しそうだ。兄もその横で私に向けていた笑顔と同じ顔で微笑んでいて、私の胸をどす黒い何かが蠢くような感覚にさせた。
「お姉さま、こちら私の婚約者です。」
兄の婚約者と私は面識があったが、お互い婚約者を連れて会うのは初めてなので紹介する。これでもう、戻れないとわかった気がした。兄はあの人と、私はこの人と生きていく。お互いの婚約者を連れていることでそれぞれが別の道を歩んで行く岐路に立っていることを感じたのだ。
きっと今なら泣ける。
そう思った。
「済まない、妹は少し体調が悪いようだ。」
笑顔だった兄がそう言って私の手を取った。
「それなら私が…」
私の婚約者がそう申し出たが兄は遮るように答えた。
「いや、せっかくだからお二人はこの会を楽しんで来ては?でなければ兄として申し訳ない。ここはひとつ、兄である私に任せてくれないか?」
二人には優しく微笑む兄は私には偽物の微笑みをむける。
「では、よろしくお願いします。しばらくしたら私も様子を見にきますから。」
私の婚約者は一礼し、兄の婚約者は手を振って私たち兄妹を見送った。