3
「二人とも婚約が決まった。」
父が嬉しそうにそう言った。私は口に運んだチキンが一瞬で味をなくしていくのが分かって、一瞬、顔をしかめてしまった。
「お相手は?」
兄の声がする。何度も不快な言葉たちが私の耳を掠めて飛び交う。私はそれ以上聞きたくなかったが、「ええ」や「はい」など適当に相槌を打ち、無理やり笑顔を作ってやり過ごした。
なんとか悪夢の晩餐を終え、私は鏡台の前に座ると湯浴みをする為に髪飾りを一つずつ取っていく。普段は侍女に手助けしてもらうが、今は一人でいたかった。髪をまとめていたバレッタを取るとふわふわした茶色の髪いが広がる。不意に兄が髪の毛を結んでくれた遠い日のことを思い出した。泣きたいけれど、泣けない。いつかくる日を覚悟していた私には呆気ない終わりのような気がして、泣き叫ぶほどの悲しみを持てなかった。ため息をついて、それでも騒つく自分の気持ちを落ち着かせる。
そして兄はノックもせずに乗り込んできた。いつもの
紳士な顔はなく、私を痛ぶる。痛みに目を閉じて、その後に許しを乞いて兄の顔を覗き込む。残酷な顔が私を見下ろしていた。ボロボロになった私は無残に床に打ち落とされる。私の子ども時代はこうして終わりを迎えたのだ。
私は自分の中にある悲しみがわからなかった。兄と離れる悲しみなのか、酷いことをされた悲しみなのか。
それでもやっぱり私は兄が好き。
どんなに酷いことをされようとも、兄との思い出を捨てることなんて出来なかった。