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私が8歳、兄が11歳の時、兄は寄宿舎に行ってしまった。
それまでかなりの時間を同じく過ごしていた私は半身を失うような絶望感で、泣きじゃくったのを今も覚えている。
時折帰省してくる兄は会うたびに大人っぽくなっていった。なので私の人見知りが発症し、どう接すればいいのか分からなくなる時があった。ひとつ言うならば、その優しさは変わらなかったことは唯一の救いだ。
でも、どうしても戸惑ってしまう。隣に立ってた繋いだ手は知らない男の人の手だから。
「もう少しこのままでいい?」
それならば、馴染むまで手を繋げばいい。そっと左斜め上にある兄の顔を覗き込み、甘える。
「サラはまだまだ甘えん坊だね。」
そこには私の名前を呼ぶ優しい兄の笑顔があるけれど、昔の兄とは違う顔だからまた戸惑ってしまう。私の中では今も兄は幼いのに、戸惑う頭の中を黒く潰して兄の顔を必死に目に焼き付けた。
私はそわそわしていた。兄が15歳の誕生日を迎えて初めて会う日、私は誕生日プレゼントを用意していた。花嫁修行で作った刺繍のハンカチ。誰よりも最初に兄に渡したかったから。私は窓の外を見つめ、兄の帰りを待つ。今日は明るいブルーのドレス。私の同じ色でお気に入りのドレスを着て兄を迎えよう。
お兄様は褒めてくれるかしら。
刺繍のハンカチにブルーのドレス。幼い頃から変わらないハーフアップの髪型。戸惑っていても兄のことは大好きなのは変わらない。子どもの頃は見えなかった子どもでいられる期限も私には見えてきていたから、どうか今だけは。
私は帰ってきた兄に飛びついた。
「おかえりなさい、お兄様。」
今のはワザとらしかったかしら。戸惑いながらも、これ以上距離が出ることが嫌だった私は無邪気なフリをする。
「ただいま、サラ。」
兄は自然に私を抱きしめて、頭を撫でた。私は知っている。その兄の腕は子どもの頃とは違って女性をエスコートするかのような抱きしめ方をするのだ。それが私と兄の子どもでいられる時間の短さを物語っている。いつか、私は違う人からこんな風に抱きしめられ、兄も違う人をこんな風に抱きしめるのだ。
「お兄様、お誕生日おめでとうございます。まだ拙いかもしれませんが、刺繍のハンカチを作りましたの。よかったら使っていただけませんか?」
このハンカチも私は他の人に渡し、兄は他の人から渡される。だから、初めての物は兄に。
…私は頭がおかしいのかもしれないが、兄と離れたくない。できれば父と母のように寄り添って生きて行きたいけれど、それは出来ないから。そう思うだけで胸が苦しくなる。