第一話 それはよくわからない森で
第一章 成長編
第一話 それはよくわからない森で
ほのかな暖かさに誘われて僕は目が覚める。
いや、さっきまで寝ていた訳では無いから目が覚めたというのは語弊があるかもしれない。
先程まで僕は妹と買い物をしようとスーパーに向かっていたからだ。
では、なぜ僕が目を開ける必要があったのか。
それはわからない。
ましてや、今の気候は夏だ。
暑いはずなのにほのかな暖かさを感じるというのは何とも不思議に感覚だ。
そして、今目の前にいるのは妹ではなく逆光で顔が見えない女の人だった。
いや、逆光というよりも視力が悪くなったかのようにぼやけて見える。
しかも僕はその人に膝枕でもされているのか、顔がすぐ近くにある。
「あっ、目が覚めましたか。おはようございます!!」
顔の見えない女性はそう言って僕に語りかける。
彼女がいったいどういう風な顔をしているはわからない。
でも、声を聴く限り怒っている風には聞こえない。
「多分、今この状況に困惑しているのでしょうね。はい、そうですよね。言いたいことはわかります。しかし、あなたの聞きたいことにはなに一つ答えてあげられないのです。ええ、そうなんです。そして、これからのことも私は喋ることができないのです。ええ。辛いと思います。厳しいとも思います。
でも、これだけは忘れないでくださいね。私はあなたの味方ですから。ええ。本当ですよ」
女性はどんどん喋っていく。
僕は、朦朧とする意識の中で一つだけ質問した。
「あなたは…だれ…ですか?」
「うふふ。私は~~~だよ」
女性は微笑んで言った。
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僕の名前は田渡浩希。
なう受験生!!
受験生にとって一つの山場である夏を無事終えることが出来た、性欲たまりまくりんぐな男子校生徒だぞ!
そして夏を無事に終えたからと言って、僕らの受験が終わることを意味する訳では無い。
むしろ、これからが本番という時期。
さぁー!やるぞ!!っと意気込んで机に向かう受験生の鏡になるはずだった。
そう、今も机にかじりつき、「うはは!勉強たのじぃー!勉強でぬけるわー」っと言っているはずだったのだ。
しかし現実は残酷だった。
そう!あまりにも残酷すぎた。
誰がそんなことを予想でき、そして理解できるだろうか。
こんなことが予想できるんだったら、勉強やめてるわ!!
「どうしてこうなった…」
川面に映った顔には期待4割、不安5割と性欲1割が複雑に入り混じった美少女の顔が映し出されていた。
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遡ることざっと2時間ぐらい。
僕は気が付くと立っていた。
もちろん変な意味ではなく、物理的に立っていた。
いやはや、先ほどまでは寝ていたというのに、とても忙しいな。
先ほど、僕は綺麗な女性と話をしていた。
顔は覚えていないけれどとても綺麗だったと思う。
これはあれか?
後ろ姿はものすごいかわいいあるあるみたいな感じか?
いや、今回の女性はまじできれいだったと思う。
まあ、そんなことは置いておいて。
ここはどこなんだ。
あたりには森が鬱蒼としている。
そして、地面には這いつくばるようにして生える無数のコケや草。
先ほどまでの穂ほのかな暖かさとは一風変わり、今度は身体全身を確かな湿度を持って舐め回す空気がそこにはあった。
しかして寒さは感じず、少しばかりの肌寒さを感じるだけだった。
ここはどこなんだ。
この自問自答をするのは2回目だ。
でも、答えは浮かばない。
僕は立ち上がりお尻についた土を払おうとする。
服は汚れていなかった。
どこまでも続きそう白色の服が見えるだけだった。
僕は当てもなく歩き出す。
そうでもしないと疑問の渦に押しつぶされてしまいそうになる。
今僕はどこにいるのか。
一体なにが起きているのか。
カナはどこに行ったのか。
あの女性は誰なのか。
自分の考えは沸騰している水の気泡ようにあふれ出てくる。
そして、不安と焦りからか、肌寒さを感じるのに汗が出る。
僕はただわけもわからず、意味も分からないところを歩き続ける。
歩いても歩いてもそこは一面の木と緑しかなかった。
そこは、写真でしか見たことはないけれど、屋久島のように木々がうっそうと生い茂っている。
そんなところを僕は白い服を着て歩く。
ん?
白い服?
僕はもう一度服を見る。
そこには一面の白。
周りが緑だから余計に目立つ白色だ。
なんだっけこの服。
一枚の布で作られたような服。
そうそう、シャツとスカートが合体したみたいなやつですよ。
確かワンピースとかって言うやつだな。
ん?
ワンピース?
確かワンピースって女の子が着る服だよね。
僕の記憶に間違いはない。
ならなんでワンピースを着てるんだ。
んん??
ここで初めて僕は自分の身体の異変に気づいた。
おいおい!!
よくよく考えてみればなんで小さいけどおっぱいがあるんだ。
この服の膨らみ具合はおかしいだろ!!
胸筋ってレベルじゃねーぞ!!
いくら僕が貧乳好きだからってそこまでの妄想をしたことはないぞ。
ってしかも、息子がないやんか。
僕はワンピースの襟元から自分の体を覗き込む。
「ええ!!??ちょっ、ええ!!??」
驚きのあまり自然と声が出る。
それは胸筋では繰り出せない膨らみと艶。
そう、僕の胸は小さいながらも確かな膨らみをもって胸部に鎮座している。
そして、今にも吸い込まれそうなほどの生々しい白い肌。
まだ誰にも見せたことのないような白い肌。
僕は走り出した。
僕は確かめられずにはいられなかった。
人は自分の顔を見ることはできない。
なら、どうやって確かめるか。
古代の人は、光が反射するぐらい金属を磨き上げ自分の顔を見た。
僕は川を探した。
少なからず、澄んだ川だと鏡のように反射する。
そう、反射的に僕は自分の顔がどうなっているのかを確かめたいと思った。
そして、僕は走り始めた。
しかし、走り始めてすぐにもかかわらず、息が上がる。
速さも遅い。
足が重たくなってくる。
脳は走ると思っても、体が追い付かない。
息が熱くなる。
自然と熱い熱い息が口からこぼれる。
少しばかり走ると、少し開けたところに出る。
そして、そこには一筋の川。
ありがたいことに、その川はとても澄んでいた。
息も絶え絶えに僕は恐る恐る川を覗き込む。
やはりだ。
僕の予想したとおりだ。
いや、予想以上だ。
そこには僕から見ると美少女の顔があった。
顔は整っていて、どこか優しさが垣間見えるような顔立ち。
髪はたぶん薄い金色がかった色をしている。
しかしだ。
「ドウシテコウナッタ」
それはよくよく考えなくてもおかしなことが起こっている。
自分でもわかるぐらいに。
一旦整理しよう。
僕は男だ。
いや、本当に男なのだろうか。
事実、川に映っているのは誰がどう見てもかわいいかわいい美少女の顔だ。
いくら、僕の目が節穴であったとしても、川に映っているのはかわいいかわいい美少女の顔である。
子の可愛さはもしかすると、ずっと僕は女の子だったのかもしれない。
いやいや、そしたらなんで男子校に通えてたんだ。
やっぱり僕は男だ。
正確に言うと、だっただな。
そう考えるとだ。
前提が覆りそうだ。
いや、訂正しよう。
覆った。
これは、まさしくコペルニクス的転回とでも言うべきことなんだろうか。
だいたい、私の息子はどちらへ旅立ってしまったのだ。
天国か?
はたまた地獄か?
もしかして、六道回ってるのか?
んじゃ、いずれ輪廻して戻ってくるのか?
一体なんなんだよ。
僕は男で女なのか?
考えたところで答えは出るはずもなく、自分の顔を見た僕は川岸に佇むことしかできなかった。