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夏詩の旅人

Surfer Girl(夏詩の旅人シリーズ第1弾)

作者: Tanaka-KOZO

 2004年初夏。


小さなボストンバックと、ショートスケールのアコギ1本を持ち、僕は車で伊豆へ一人旅に出ていた。


 会社を辞めてから3日後に出発。

とりあえず一ヶ月くらい、伊豆方面のあちこちを旅しながら、自分の今後についてゆっくりと考えたかったからだ。


 今後というのは、音楽業界で生きていく事を選んだ自分の人生の事である。

そう、僕は歌を作って歌う、シンガーソングライターなのだ。


 僕が宿を取ったのは、海の側にあるI町の古い民宿であった。

まだシーズンオフだったせいか、急な予約でもOKだった。


 そこは民宿といっても、1階に宿を経営している家族が住み、2階の3部屋だけが宿泊客用の部屋になっている、ほんとうに小さくて細々とやっている民宿であった。


 ギターを旅に持ってきたのは、一人で退屈な旅にならないか?という不安と、今まで日々仕事に追われて書けなかった曲が、なにか旅先では作れるような気がしたからだ。





 僕が宿に着いたのは午後16時頃だった。

まだ日差しが強くて眩しかった。


僕は宿の方と挨拶を交わして、2階にある自分の泊まる部屋へと案内された。


 僕の部屋の広さは8畳くらいだった。

窓を開けると目の前に海が広がっていて、心地よい海風が部屋の中へ吹き抜けた。


水平線に小さな漁船が、太陽の光を反射しながら走っていた。


しばらくすると宿のおかみさんが、麦茶と冷えたゼリーを持ってきてくれた。


「どうもスミマセン…。」

僕が言った。


「この部屋は風抜けが良いから涼しいでしょう?」

「だからクーラーなんて必要ないのよ」

おかみさんはやさしく微笑みながら僕に言った。


「食事は6時半ですから、それまでにお風呂へ入っても構いませんから…」

宿の説明を一通りして、おかみさんは部屋を後にした。


ポロン…。


僕は窓際にもたれながら、アコギを1音鳴らした。


夕暮れというには、まだ早い午后であった。






 翌朝。

早朝5時、浜辺を耕すトラクターの音で目が覚めた。


 どうやら砂浜に捨てられたゴミをかきだす為に、毎朝行っている作業のようだった。

僕はサンダルを履いて、海岸へ散歩に出てみる事にした。


沖の方を眺めると、朝早くからサーファーたちが波乗りをしていた。


(そういえば、ここはサーフスポットだったっけな…)

 僕はそんなことを考えながら、朝焼けの海岸を歩く。

そして僕は、足元にあったアイスキャンディーの袋と、少し潰れたコークの缶を拾った。


(きっと観光客が残していったゴミなんだろうな…)


拾ったゴミを捨てようと、僕は何かくずカゴでもないかな?と、辺りをキョロキョロした。

すると遠くから「すいませ~ん」と、サーファーらしいウェットを着た女性が駆け寄って来た。


 年の頃20代前半くらいだろうか…?

ストレートのロングヘアーを後ろ髪に縛り、おでこを出したその女性。


 彼女は明るく微笑みながら「ゴミはこちらに捨ててください」と、手にした白い40Lサイズのビニール袋を僕に差し出した。


 僕がゴミをそこへ捨てると、「ありがとうございます。…地元の方じゃないですよね…?」と、確認するように彼女は明るく尋ねてきた。


「ええ…。昨日、東京からここに…」僕がそう応えると、「あっそ~なんですか!私も東京から住み込みで来てるんですよ~」と、初対面の僕に対しては、彼女は妙に明るかった。


「サーフィンやってるんだ…?」


僕が彼女に聞くと、「ええ…。それで朝のトレーニングが終わると、こうやって仲間たちと、昨日の海岸のゴミを拾ってるんです」と彼女は言った。


「トレーニング?」

僕は彼女が言ったその言葉が気になって反応したら、「これでも一応、プロ目指してるんですよ」と、カラッとした口調で笑顔の彼女は言った。


「じゃあ…」

それからしばらくして、僕らは挨拶をして別れた。


彼女は小走りに砂浜を回り、まだゴミを一生懸命拾っていた。


 (サーファーが海を愛しているって本当なんだなぁ…)

そんなことを思いつつ、僕は朝の海岸を後にした。


 昼になった。


昼食は宿から出ないので外食となる。

僕は近くの海岸通り沿いにある、南国雰囲気が漂うレストランへ入ってみることにした。


そこは、レストランとサーフショップが一緒に経営されている店だった。




 店内は、アンティークでウッド調な造りの内装であった。

僕は大きなパキラの鉢が置いてある、窓際の席に着いた。


 メニューを見ながら「おススメ!キーマカレー」と、ポップ調に手書きされた文字を見て、それを頼むことにした。


「すいません」


僕が手を挙げてウェイトレスを呼ぶ。


「あ!」


振り返ったウェイトレスが僕に言った。

今朝のサーファーの女の子だった。


「ここで住み込みして頑張ってるんだ?」


僕が聞くと、「そ~なんですよ♪」と、相変わらずノリ良く受け答えしてくれた。

どうやら、この声の伸ばしたしゃべり方は彼女の癖らしい。


シーズンオフなので、店内は僕しか客は居なかった。

店員もホールの彼女と、厨房の男性の2人だけでやっているようだった。


僕らはそれから、なぜこの街へ来たのか、お互いの身の上話を始めた。


 彼女の名前は晴夏(ハルカ)と言った。

高校を出てすぐにプロサーファーを目指し、バイトをしながらトレーニングに励んでいるそうだ。


 年齢は26歳だった。

僕はてっきり、彼女は22歳くらいかと思っていた。


ハルカがここで住み込みバイトを始めたのは、今から3年前。


初めは地元の東京でアルバイトをしていたのだが、やはり海へのアクセスを重視して、サーフスポットがある、この街へ住むことにしたそうだ。


店が暇だったので、彼女は僕のテーブルの向かいに座り、自分の経緯を話してくれた。


「次はおにいさんが話す番ね」

一通り話が済んだハルカがそう言うので、今度は僕の話を彼女に聞かす事になった。


僕が話し出してしばらくすると、ちょうど他のお客が入って来た。


「いらっしゃいませ~」

ハルカは入口に向かってそう言うと、僕に向かって「あとで聞くから…」と、ちょっと悔しそうにはにかんで言うと、お客の方へと駆けて行った。


 こうしてこの日から、僕はランチになると、この店で食事をするようになった。


 それから僕は、ハルカはもちろんの事、厨房担当の青年とも仲良くなり、海の話やサーフィンの話をたくさん聞かせてもらった。


彼女がアマの大会で3位に入賞したとか、それでスポンサーが付いてくれる様になったとか、ハワイで波乗りしてたら、サメが近くで泳いでてヤバかったとか…。


ハルカの話は楽しかったが、充実している彼女の人生と、僕の靄がかかった様な、先行き不安な人生とを比べると、僕はちょっぴりへこんだ気持ちになったりもした。





ある日の午後。

僕が砂浜で一人、ボーっとしていると、休憩時間中のハルカが現れたときがあった。


あのレストランは夜も営業するので、ランチが終わると、次は17時までクローズとなる。

彼女はその合間を縫って、サーフィンの練習をしていたのだった。


「何聴いてるの?」

ウォークマンを聴いていた僕に、ハルカが言う。


「ああ…、これ?」

「自分の曲」

「イメージと合ってるかどうか、たまにこうやって景色と照らし合わせたりするんだ」

僕はイヤホンを外しながらハルカに言った。


「えっ!聴かせて!聴かせて!」

僕からイヤホンの片方を奪うと、ウエット姿の彼女は隣に座って、僕の曲を一緒に聴き始めた。


「え~!?、なにこれ!?」

「いいじゃん!いいじゃん♪」

とハルカ。

この頃には既にタメ口になっていた(笑)


「そ…、そお…?」

曲を聴かれて、ちょっと照れ臭さかった僕は、引きつり笑いをした。


「もっとガンガンやってけば良いのに!」

「もったいないよ~!、もっといろんな人に聴かせた方がいいよ~!」

僕の背中を押すように、笑顔で言うハルカ。


「じゃあね!」

それからしばらくして、彼女は僕にそう言うとボードを抱え海へと走って行った。




 ハルカの店へ通うようになって、2週間程経った日のことだった。

暦は7月となり、本格的な夏のシーズンが始まろうとしていた。


「今夜、ここの店でパーティーやるから来て」

彼女が言った。


まぁ一人旅で特に予定がある訳でもないので、僕はOKした。


 その夜、店にはたくさんのサーファー仲間が集まって、パーティーが行われた。


(一体何のパーティーなんだろう…?)

僕がそう思っていたらあとで理由が分かった。


どうやらハルカが、今日でこの店を辞めるお別れ会だったのだ。


 彼女は、僕にはあまり知り合いがいないから、気を使ってちょくちょく僕の座るテーブルへと来てくれた。


 僕はそのとき、店を辞める理由をハルカに聞いた。

そして彼女が僕に理由を話してくれた。


 ハルカの実家の母親が倒れて入院してしまい、もうそんなに長くはないのだということだった。

だから彼女は、サーフィンを続けることが出来なくなってしまったのである。


 その話を聞いた僕は、ハルカへ何と言葉をかけて良いのか分からず、ただ「そうか…残念だね…」としか、言葉をかけることが出来なかった。


 ところが彼女は、ちっとも後ろ向きではなかった。


 まっすぐと僕の方を見て、「大丈夫!、しばらくしたらまた帰ってくるから…」と、はっきりした口調で僕に言ったのだ。


 そして、「あのね、人生遅すぎたってもんは無いのよ。やろうと思えば、またいつからでも始められるんだから…」と力強く僕に言った。


 僕はハルカからその言葉を聞いた時、「ああ…、自分は目の前のものから逃げていたんだなぁ…」と気が付き、自分が恥ずかしくなった。


彼女がいつも僕に見せていた、前向きな姿や言葉…。


もしかしたらそれは、人生に不安を感じている僕を、一生懸命励ましてくれていたのかも知れないと、僕はそのとき初めて気が付かされた。


パーティーが終わった。

僕は別れ際、「僕も君みたいに、人に力を与えられる様な歌を作るよ」と、ハルカに約束した。


彼女は、ちょっと潤っとした瞳で僕を見つめると、手を差し出して僕と握手した。


ここ数週間、ちょっとヘコんでた僕だったが、翌朝にはすっかり元通りの性格になれた。

良きも悪きも、ちょっとナマイキな本来の僕へ…。


 翌朝、僕はハルカへ最後の別れの挨拶をしようと海岸へ向かった。

しかし海岸に彼女の姿は見当たらなかった。


僕はお店に行ってみる事にした。

お店の入口には、開店準備をしている厨房の青年がいた。


青年に尋ねると、ハルカは朝早く、荷物をまとめて東京へ帰って行ったそうだ。




 その後、彼女がどうなったかは僕は知らない…。


 ただ「やろうと思えばいつからでも始められる…、人生に遅すぎたは無い」という彼女の言葉は、今でも僕の心に残っている。


そして、僕の夏詩(かし)の旅が始まった…。



fin


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― 新着の感想 ―
[良い点] そうですね
2017/12/26 03:37 退会済み
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