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歪な世界

 数々の戦や争いが繰り広げられ、疲弊した世界ユトリアナでは恒久的な平和をすべての種族が誓い、戦や争いを消し去った。その誓いは、平和を願う神もまた同意し,《世界の法》として行使。《秩序と平和》を齎した。



 平和の時代は《永遠に約束》されたと思われた。



「私は終焉の巫女。世界を終わらせなくてはならない。……終焉。でも、私はそれを望んでいない? ココロに欠陥がある。私は終焉へ導く巫女。けれど何故?」



 世界のルールを書き換えた神々は、この世界の平和を確信しユトリアナより消えていった。彼女に施した《終焉の法》の解除を忘れたままに。そして、彼女は目覚めた。《平和の法》と《終焉の法》をその身に刻まれた。《歪な巫女》として。



「私は終わらせなくてはならない--けれど平和に従わなくてはならない--私は終焉の巫女。この相反するココロは何? 私は--」



 一羽の鳥が彼女の肩に止まる。彼女に触れると同時に鳥は消え去る(いやだよ)。彼女のココロが悲鳴をあげる。けれど、その表情は笑っていた(泣いていた)



「私は終わらせなくてはならない。でも《平和の法》が私の邪魔をする。私の存在はイレギュラー。けれど私は《終焉の巫女》」



 彼女は《終焉の塔》より世界を眺める。眼下に広がる美しい世界。空は青く美しい。風は優しく吹いて雲はゆっくり流れていく。



 そよ風に乗せて太陽の匂いが彼女の鼻腔を擽り、彼女は顔を顰める(笑った)



 塔の辺りには草原が広がり、楽しげに動物たちが走り回っている。彼女はその全てが憎たらしかった(愛おしかった)



「私は終焉の巫女。どう世界を終わらせようか(平和を守ろうか)?」



 世界は彼女を優しく包む(傷つける)。けれど、彼女は思う。



--塔から出て(ここにいて)世界を壊さなくちゃ(何もしなければいい)



 彼女は《終焉の塔》に住む。そして世界の終わりを導かなければならない意志と、世界の平和に揺れ動く。いつか自分を壊してくれる(助けてくれる)誰かが現れるのを夢見て。











 クルシュナの街は活気で賑わっていた。誰も彼もが笑顔で生き生きとしている。貧困な者は居らず、皆が美味しい食べ物にありつけるこの世界に感謝していた。



「へぇ、この世界は本当に平和なんだな。地球とは違うらしい。誰も争わないし、誰も悲しまないらしいな。でも、つまらないな。何だってこんな平和な世界に転移されてきたんだろう?」



 神はもう一つの《法》を消すのを忘れていた。《正義の法》である。



 《終焉の法》と戦わせて、平和の価値を教える為に施した《正義の法》は、異界から呼び寄せた者に《終焉の法》に抗わせる為の法であった。



「だけど、頭の中に入り込んだこの世界の《法》には終焉の法の事も含まれていたな。なんなんだこりゃ? あべこべだろ。説明らしい説明は、頭に無理やりにぶち込まれてきたけどさ。終焉の、しの字もねぇじゃんか。平和の法があるんだから、誰もそれには逆らえない筈だろ?」



 垣野 迅。彼もまた《異分子》となってしまっていた。神の不手際は、二人の被害者を生み出していた。しかし、彼は《法》の理の外にいる存在でもあったようである。《世界の外》から訪れた彼は特異点だ。



「ま、そんなの関係なく地球とおさらば出来たのは嬉しいよねぇ! あの世界は俺の居場所じゃなかったのだァ! なぁんつって!」



 神の存在が居なくなったユトリアナでは、もう《法》を変えることはかなわない。



 そもそも、法だけで世界に平和が訪れるならばすべての世界は法で縛りつけてしまえば恒久的な平和は約束されたようなものだろう。そうなり得ないからこそ神は必要なのだ。



 この世界を去った神は、神としての職務に飽いて、出ていっただけというのが《真実》。どれだけ完璧だと思っても放棄してはならないのに……。だけど、もう遅い。賽は投げられたのだ。



「うめぇー! おいちゃん、これなんていう料理?!」



「あぁ? こいつを知らねぇのか。ヤドルクの実の燻製焼きだよ」



「はぁ?! 肉がなんで実なんだよ。木になる肉? 意味わかんない世界だな、おい」



 言葉では驚いているが、迅は今の状況を受け入れていた。柔軟な思考を持つ迅は、純粋にこの世界を楽しむことにしたのだろう。



「ん? なんだあのでっかい塔は? ねぇねぇ、おいちゃん! あれ何よ?」



「ぁあ?! あぁ、あれは終焉の塔って塔でな。古の時代に神が建てたもので世界に終わりを齎すっていう存在が眠ってるっていう話だな。まぁ平和の法があるから、そいつも廃れてしまった伝説でな。そんな奴が、もし居たとしても、もういなくなってるんじゃあないか?」



「ふーん。終焉の塔ねぇ。後で行ってみるか。面白そうだ」



 世界は求めている。変化を。神など居なくとも世界は回るように、神が決めた法もいつしか世界に塗り替えられる。



 ここはユトリアナ。揺り篭のような優しい世界。けれど、歪みが始まる。この世界は変わっていく。



「それにしてもクリーチャーというか、敵らしい敵もいないし。転移してきた理由も無くなってるみたいだし。よくわからない世界だよなぁ」



 ソレ(・・)はそこに突然現れた。白くてふわふわな毛皮、くりくりとした潤んだ赤い瞳。長くて垂れた耳に、額から生えた立派な角。かわいらしいその生き物は「キュイ?」と首をかしげて迅を見つめた。



「うおっ?! いきなりポップしたぞ。ゲームみたいだな。流れ込まれた知識によれば、クリーチャーみたいだけど。なんだこりゃ? 世界が歪んでやがる」



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跳ね角うさぎ LEVEL.1

状態 無害化

ERRORを感知 世界の法則に従い書き換え済み

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「なになに? 終焉の法によるクリーチャーの出現が始まる。世界を終焉の坩堝に陥らせる破滅の始まり? 頭ん中の知識と一致しないことが多すぎるぞ、おい?」



 跳ね角うさぎは、情報を書き換えられて既に平和の法に上書きされていた。つまり、無害なのである。かわいらしいだけの動物であった。



「ぬおっ?! そいつぁ新種のうさぎか? テイマーギルドに連れていけばお金がでるぞ? ボウズ、運がいいな」



「へ? テイマーギルドってのがあるんだな。おいちゃん教えてくれてありがとうね」



「おう。で? ヤドルクの実の代金は5ルピルだ。お金がないんだったよな? そいつを早いとこテイマーギルドに持って行って換金してこいよ」



「あぁ、わるいわるい。急いで行ってくるよ。ありがとうな、親切なおいちゃん」



「おう、また《グマドの屋台》をよろしくなぁ!」



 迅はグマドに礼を言うと、テイマーギルドに向かうことにした。



「へぇ、色んなギルドがあるんだなこの区間には」



 迅は目当ての場所を見つけて眺めてみることにした。テイマーギルドの外観はまるで西部劇に出てきそうな扉をしていて、屋根には不思議な動物の看板が掲げられている。



「ふーん。よし、入ってみるか」



 ふわふわな肌触りは心地よく、迅は満足気な笑顔でテイマーギルドに足を踏み入れた。動物の独特な臭いが鼻をつくが、そこは田舎暮しだった迅にしてみれば慣れたもので気にもとめずに歩いていく。



 受付にいたギルド員は、頭の上にふさふさの耳が生えていた。どう見ても人間ではないのに、迅は気にしない。そういうものだろうというのが違和感なく、頭に入れられた知識が判断しているからだ。



「こんにちは。お嬢さん、この子って新種なのかな?」



 迅は挨拶もそこそこに、ギルド員に跳ね角うさぎを掲げて見せた。ギルド員の彼女も慣れたもので笑顔で迅を受け入れると、挨拶もそこそこに分厚い装丁の本を持ってくる。



 そして「うさぎの欄は……」なんて呟きながら図鑑らしきものを流し読みしていく。



「該当するうさぎはいませんね。凄いです、本当に新種みたいですね! では、こちらの子は当ギルドにお売りいただけるということで宜しいですか?」



「……ちょっと待って。情報だけ換金って出来るのかな? 愛着がわいてきちゃってさ。こいつ、かわいいし。もふもふだしさ」



 迅には野望が芽生えていた。この世界が平和の法で構築されているならば、敵なんてものは出てこないに違いない。なら、冒険をしながら、かわいくてもふもふした子を探して歩くのもいいかもしれない、という野望だった。



「それは出来ますが……残念です。引き取らせていただけると思っていたのですが」



 しゅんとした耳が迅の目に入り、少しだけ、いたたまれない気持ちになったが、気づかないふりをしてやり過ごした。



「では、この子の身体的特徴を書かせていただきますので少々お待ちくださいね」



 受付の子が、そのまま絵に描いていくようだ。その様子を迅は興味深げに眺める。



「へぇ、上手いもんだな」



「そうでしょうか? テイマーギルドでは普通レベルですよ。それにイラストギルドの方に頼めばもっと微細に再現されますからね。でも、お褒めいただき、ありがとうございます」



 受付の子は、それきり黙るともくもくと跳ね角うさぎを描いていく。かわいくデフォルメされたその絵は、本物より少しかわいい。受付の子の趣味が出ていた。



「はい、出来ました。それでは情報料の10,000ルピルです。またの情報提供お待ちいたしております」



 ルピルというお金は、小さな金の粒のようで「こりゃ数える人は大変そうだ」と迅は頬をひきつらせた。



「そうだ、この子に名前をつけなくちゃな。んー、トビウサ……トビツノ……トビ……よし。トビーにしよう。よろしくな! トビー!」



「キュイ!」



 トビーの体が淡く光ると、迅との間にパスが繋がったように迅の体も淡い光が包み込む。

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