第一話
「私はトラウト王国異世界召喚管理課人事採用担当のメリカと申します。本日はお忙しい中召喚に応じて頂きありがとうございます。どうぞそちらのお席にお座りください。」
「はい。」
第一印象は最悪だった。まずもってこちらから事前に召喚予約時間を再三確認したにもかかわらず、なぜ明らかに寝間着姿なのだろうか。
こちらは上司の指示で、面接以外には年に数回も使わない礼服を二十万円で買わされたというのに。
そしてえらい不機嫌そうな顔である。今朝方本日が面接日であることの確認の念話を送ったのだが、まさか忘れていたとは考えたくない。
「では自己紹介からお願いできますか」
「日本人の田中誠です。」
ここで田中さんはあくびを一つしたきり黙りこんだ。
私たちの間に重苦しい沈黙が訪れる。
田中さんが床の幾何学的な魔方陣に視線を落とし始めたタイミングで、いよいよ耐えきれなくなった私は口を開いた。
「えーと。以上でしょうか?」
「そっすね。」
「あの居住地は日本でよろしいのですね?」
「あ、はい。」
「日本でのご職業をお聞きしてもよろしいですか?」
「うーん、プライベートなことはちょっと」
その後も同じ調子で年齢などに関する質問への返答も断られた。事前に履歴書の送付も断られているので、日本人であることと名前以外何もわからない。頭が痛くなってきた。
「ありがとうございます。では次に希望する業種とその志望理由をお答えください。」
「あの資料読むのがめんどくさかったのでよく分んないんですけど」
私は両手を机の下に隠し、拳を握りしめた。
「では改めましてご説明させていただきます。まずは『勇者』です。こちらの実際の業務といたしましてはお祭りなどのイベントに参加いただいて異世界召喚課の宣伝活動を行ったり、被災地に赴いていただき民衆を鼓舞して頂いたりといった広報活動が主となります。業務上魔法を用いたパフォーマンスや王国の騎士団と演習を行っていただく場合もありますが、こちらに関しては週五時間程度の研修が受けられるのでご心配なさらないでください。勿論研修期間中も報酬は支払われます。」
「あ、じゃあ勇者でいいです。楽そうなんで」
「他にも『冒険者』や『魔王』といった役職もございますが」
「いえ、大丈夫です。思ったより説明長かったんで勇者でいいです。あとそろそろ帰っていいですか?眠いんですけど。」
私は笑顔が維持できているかかなり不安になったが、その後何とか田中さんを送り返した。
異世界召喚課は文官の間でも屈指の不人気部署だ。異世界召喚者は民衆にこそ人気だが、その実態は先ほどの田中さんのようなろくでもない人間が大半を占める。
異世界での業務時間が長くて構わないと言う人間こそその傾向は強い。
考えてみれば当たり前の話だが、自分の世界での生活をないがしろにしてまで異世界に来たい人間なんて、自ずと向こうでの暮らしぶりが知れるというものだ。現在の異世界召喚者に対するイメージは異世界召喚管理課の職員が作り上げたものといっても過言ではない。『勇者』や『冒険者』名義で行われた慈善活動のうち9割方は職員の仕事である。
しかし、勿論そんなことを知られるわけにはいかないので、基本的に異世界召喚管理課職員は仕事をしていないのに給料をもらっている税金泥棒として民衆には嫌われている。事実として庶民院では毎年部署の規模縮小が議題として上がるほどだ。この前なんて危うく職員の退職金を払わなくていいというとんでもない条例が可決されかけたほどだ。
民からの風当たりも強く、その上他の文官からは無能集団だと馬鹿にされ、担当する異世界召喚者からはクレームばかりが告げられる。こんな環境に好き好んで身を置きたいと言う人間はいないだろう。
私も三年連続で異動願いを出しているが退けられ続けている。
優秀な人間なら貴賤を問わないとは建前だけで、実際のところ生粋の平民は不人気部署で飼い殺しにされ続けるだけなのだ。
正直民間のギルドで働いた方が待遇は良いだろうが、それでもルジントン学府で身に付けた技能を無駄にはしたくなかった。それに私がいなくなったら異世界召喚課はどうなるんだという思いもあってやめるにやめられない。早く後任を育てて王都の研究院にでも再就職したいのだがそのための足掛かりも見えない状況だった。
私は魔力を霧散させ送還用の魔方陣を消すと、軽く部屋の掃除をし召喚室を後にした。
これからこの仕事をするうえで一番憂鬱な時間が待っている。
そう女神さまとの接見だ。
就活が楽し過ぎてわけのわからないものが生まれてしまった。