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「はぁ・・・」

 閑静な住宅街をぐるぐると歩きまわりながら新山果南はため息をついた。


 歩きまわるとは言っても宝地遥香の家が見えない所に行くわけにはいかない。こうしてたまに歩くのは、一か所にじっとしていると怪しいからで—―今でも十分怪しいとは思うけど――必然的に行動範囲は限られる。幸い人気は乏しいのだが。

 見慣れた光景を少し歩いて元の位置に戻る。


 果南がこうして宝地遥香を尾行し始めて2日目になる。泉から依頼・・という名の命令を受けたからだ。遥香の自宅については、泉からマップが送られてきた。


 土曜日は特別講座があったためまずは半日。

 1年生で特別講座のない果南は、昼過ぎから遥香の自宅前で待機していた。遠出でもしたらどうしようかとドキドキしていたが、帰宅した遥香が家から出ることはなかった。


 遥香の帰宅後、しばらくして泉もやってきた。家の前で張っているいうのは苦痛だったが、1人ではなかったので大分マシだった。別のストレスは溜まっていったけど。

 しかし今日は1人だ。それも丸1日で昨日よりはるかに長い時間。


 花の乙女が休日の朝から何をやっているんだろうと悲しくなる。元よりさして予定もないのだが、そこは気分の問題というやつだ。

 自分をこんな目に合わせている悪の権化、泉晶人はというと、『魔法の御言葉』の公演に再び参加するため、埼玉までわざわざ行っているはずだ。


 そんな風に1人で不安になっている中、動きがあった。というかあってしまった。

 宝地遥香の家にIL633便の生還者である他の4人が次々と集まってきたのだ。思わず身を乗り出してしまったりもしたが、どうやら気付かれた様子はなかったので一安心する。

 服装も妹から借りたギャルっぽい恰好をしているし。


 これも泉から指示されたものだが、正直自分の私服を知っている人間はあまりいない。はっきり言って意味がないんじゃないかと思ってはいるのだけど・・・。

 そうこうしていると、宝地宅から人が出てきた。


「あっ・・・」

 と漏れかけた声を思わず手で抑える。

 果南の視線の先では、久坂翔太朗を先頭に、春成碧、倉橋柚奈、高ノ瀬想夜が玄関から順に出てくた。


 4人は開いたままの玄関の中に向かって、一言二言やりとりをするとそれぞれ歩きだした。依頼された宝地遥香その人が、玄関から出てくる様子はない。どうやら彼女は出掛けないらしい。


「ええっと・・・この場合どうしたら・・・」

 スマホを取り出して確認してみる。が先ほどから送っている連絡に対して泉からの返信はない。きっとまだ公演の真っ最中なのだ。

 画面から目を離し、玄関へと視線を戻すと――


「え、ええっ!」

 高ノ瀬想夜がこちらに向かって歩いてきている。

 他の3人は逆・・・つまり駅の方向へと歩いているというのに。慌てて顔を引っ込める。なんで?どうしよう?

 見つからないようにこの場を離れなくちゃと思いつつも、再度確認するようにそーっと顔をだした。


「ひゃっ!」

「こんにちは」

 果南の目の前には笑顔を張り付けたような表情の高ノ瀬想夜が立っていた。


※※※※※※※


「昼過ぎって言ったのに、戻ってくるのが早かったね。」

 遥香の言葉に、想夜は「まぁね」と答えて部屋の開いている場所に適当に腰かけた。


 テレビでは東京で震度3の地震があったとのニュースが流れていた。元々多いが、最近特に増えているような気もする。震度1程度のものに限っては回数が倍になっているという話も聞く。

 とはいえここは地震大国日本。その程度ではそうそう驚きはしない。とりあえず噂の大地震が起きないことを祈るばかりだ。

 想夜は視線を遥香へと向けた。


「まぁ・・・早く終わったから」

「どっかで何か食べてこなくていいの?」

「・・・カップラーメンとか」

「ああそう」

 遥香がため息まじりに立ちあがると部屋を出ていった。どうやら要望が通ったらしい。しばらくしてチリトマト味のカップ麺と共に戻ってきた。


「これしかないけど」

「ありがとうございます」

 差し出されたカップ麺を受け取り、想夜が頭を下げると「わざとらしいわねー」とジト目になる。


「それで何か話があるんでしょ?」

「さすが、鋭いね」

 軽口をかえすと遥香の視線がさらに鋭いものになっていったので、想夜はそろそろ本題に入ることにした。


「あ~、えっと新山については話が聞けたよ」

「ふうん。トゥ・クワルタ・ソル・・・幻覚とか催眠系の魔法だったっけ?それを使ったの?」

「ん・・・なんの話?」

 なぜそのことを遥香が?

 内心の動揺を抑えつつ、想夜はとぼけてみせた。

 

 その一方で、あの時気付かれていたのかもという考えが頭を過る。

 想夜には、この世界はおろか、異世界でも限定的にしか使用していなかった魔法がある。それは理由あってのことで、そのための魔具も皆の前には出していない。しかし、たった1度だけ、遥香の前でも使ったことがあった。もう随分と前・・・まだIL633便のコミュニティが崩壊してしまう前のことだったが。


「俺に考えがあるっていうから、てっきりそれのことだと思ったんだけど?」

「・・・いつから気付いていたんだ?」

 遥香は明らかに気付いている口振りだった。この状況で誤魔化しても仕方がない。ここは素直に認めることにした。


 新山果南についてどうするかという話になった際に、自分に考えがあるから任せてくれないかと提案したのは想夜自身だった。

 想はが泉対策の一環として新山果南に接触していた。それは倉橋以外は知っていたことだ。なのでその提案は簡単に通った。そして結果報告のため午後からもう一度集まることになっていた。

 ということなのだが、魔法のことを元々知っていたのならば話は色々違ってくる。


「いつからって・・・魔法のことを言っているならわりと最初から、かな。昔一度だけみたことあったから。でもあれってさ、人に魔法使用が気付かれたら意味のないものでしょ?だから分かる場所に身に着けていなくて当然だし、かといって普段から別の場所に置いておくのも考えにくい。ああいう魔法が使えるっていうだけで警戒される代物だから、慎重な高ノ瀬が私たちにみせてなくてもおかしくはないし、もしかしたらこっちにもって」

「俺が慎重だったらもっと・・・今もごまかすんじゃないか?」

「疑われたままよりそっちの方が得だと判断しただけでしょ?」

 そう言って遥香が笑う。

 昔から核心をつくことに妙に長けた奴だったなと、想夜は内心舌を巻いた。


「他の3人も気付いていると思うか?」

「どうかな?私は以前に直接見たからだけど、みせたことあるの?」

「いや、ないな」

 想夜はきっぱりと断言した。


 想夜自身は関与していないが、633便のコミュニティ崩壊に関わった魔法でもある。皆存在は知っているだろう。といっても何せ特殊な魔法で覚える機会はそうそうはない。おそらく想夜が使えるとは思ってはいないはずだ。


「それだったらないんじゃないの?特殊な魔法は数が色々あるけど、なかなか覚える機会ってないもんだし。内心で、みんな何かしら・・・とは思っている子はいるかもしれないけど。・・・でも正直今更だったからね。今までは」

「まぁな」

 想夜は頷く。


 そもそもどんな魔法であっても、今はほとんど使っていないのだ。使わない物がひっそりと部屋の片隅で忘れ去られていくように、日常的に使っていなければ、様々な事柄も記憶の隅へと追いやられていく。


「宝地も何かあるのか?」

 試しに聞いてみた。


「私?私はないよ。というか私達3人にはないと思う。ずっと一緒にいたからね。隠れて何かを覚えることは出来ないから。隠れて何かをしようとも思わなかったし」

「まぁ、そうか」

 女子3人の異世界での過ごし方を想像してみると、まぁ当然のことかと納得する。


「で、宝地は誰にも言ってはいない?」

「高ノ瀬のこと?ないよ。そんな話題が出たこともないし、私もついさっきまで忘れていたし」

「そうか」

 彼女の性格を考えればそうだろうな。


「久坂はどうかな?」

「彼は・・・まぁ聖騎士様だったからね。一番魔法には詳しかっただろうけど、あんたと一緒で、私は彼の・・・異世界での様子をほとんど知らないからなんとも言えない」

「まぁ、そうだな。でも聖騎士にまでなったわりには、魔法に未練がなさそうだよな」

「そうね。でも前に一度・・・向こうの世界で再会してすぐだったかな?人体構造と魔法がどうのって嬉々として語ってたことあったよね。覚えてる?」

「・・・ああ。あいつ、あの時は少し酔っていたな。なぜ転移組が魔力の扱いに優れているかを語っていたんだっけ?なんだか難しい話。でもその割に切り替え早いよな」

「うん。部活熱心だし、すぐに前と同じようにこっちの生活になじんでいたよね」

 何かを思い出すように遥香が言った。想夜も記憶を探る。


 周囲から向けられる好奇の視線。それを真っ先に自らぶち破っていったのが久坂翔太朗だった。そして想夜達もそれに多いに助けられた。


「きっと適応力があるんだね。あ、そうだ。それで新山さんはなんて?」

 思い出したように遥香が言った。


「ん、ああ・・・泉には黙っていてくれってことだったが。まぁ泉たちがあの公演をこっそり撮影していて、そこに俺たちが映りこんでいたらしい。・・・うかつだった」

「ホントに?変装したのに・・・」

 遥香が驚き、落胆したような表情になる。

 想夜にはそうなる心当たりもあったが、それでも確かに意外なことだった。


「最初は全然気づかなかったらしいけど、泉が何度も何度も繰り返しみているのに付き合っていて、途中にあれ?となったらしい。なんでもあれにトリックがあるんじゃないかと疑っているらしいけど」

「・・・普通はそうよね」

「そうだよな」

 2人して頷き合った。魔法などといわれれば大抵はそう疑うだろう。じゃあなぜオカルト部なんだという疑問だけは浮かぶが。


「そういえば泉さんはいなかったの?」

「ああ、なんかまた公演を見に行っているらしい。埼玉だってさ」

「・・・そうなんだ」

 遥香が若干ひいたような様子をみせたが、すぐに元の表情に戻った。


「・・・それで、私達については何か言っているの?」

「怪しいから動向をみておいてと言われているだけらしい。だから新山にも今の所、真意は分からないらしいね」

「ふうん・・・じゃあそちらも当面は静観ってことね」

 遥香はそう言って思案顔になる。会話が途切れ場がシンとなった。

 遥香に向かって想夜は改めて座り直した。例の魔法のことが知られているなら話をしても構わないだろう。


「・・・もう一つ分かったことがある。」

「もう一つ?」

「ああ。方法は良く分からないが、例の『魔法の御言葉』には体験入信とやらがあるらしい。で、その申し込みのプラットホームを泉が手に入れているらしい」

「体験入信?」

 と遥香が不審そうに言った。


「ああ、なんでも1日だか半日だか、教えだとかを経験できるらしいぞ。それでまぁ、新山さんはそれに行けと言われているらしい」

「それって・・・1人で?」

「みたいだな。向こうが指定してきている日には、泉は別の用事があるんだと」

「まずいでしょ!」

「まずいよなぁ・・・」

 少し声を荒げる遥香に、想夜はゆっくりと頷いた。


 詳細は分からないが、魔法が関与している胡散臭い謎の組織。そこに女子が1人で参加というのは流石に心配になる話だ。まぁ魔法のことを知らない人間からすれば、マジックの練習くらいに思っている人もいるかもしれないが。

 泉の場合は全く分からないが。


「・・・あんた心配にならないの?」

「勿論。だから一緒に行こうかと思って」

「一緒にって・・・出来るの?」

「ああ。例のプラットフォームのデータを新山さんからもらうことになっているからな」

 勿論、魔法を利用した結果だ。そして果南がそのことを思い出す可能性は、限りなく低いだろう。

 遥香は想夜が何をしたのか大体わかったのだろう。「本当なら止めた方がいいのかしら」などと飽きられた声で呟いている。


「ま、そんなわけだから、少し探ってこようと思う。・・・それで宝地にはお願いがある」

「お願い?」

「ああ。俺が体験入信に参加している間、こっちの様子を気にしていて欲しい」

「こっち?泉さんとか?」

「いや、あの3人だよ」

「んー・・・。やっぱり私達の誰かが怪しい?」

 遥香が少し悪戯っぽく笑った。


「怪しい・・・どうかな。単に慎重になっているだけで、本気で疑っているわけじゃない。ただ・・・武田さんの件があるからな」

「・・・そうね」

 遥香が静かに同意した。


 武田花梨の事件については、既に報道ではほとんど扱われなくなっていた。学校でも話題に出ることはない。しかし、調べる限りでは事件は何も進展していないようだった。

 だからといって魔法や『魔法の御言葉』と関係していることにはならない。原因不明の不審死などいくらでもあるだろう。


 ましてやあの3人が関わっているかもなどと・・・考えるのも馬鹿らしい話だ。考えてみても動機らしいものも思いつかない。しかしほんのわずかなトゲが心に刺さっている。そんな感覚が抜けない。

 それさえなければ、先ほどの話のように『魔法の御言葉』については基本放置。魔法が本物でも、俺達が関与しないのであればそれもありだと自分も納得したのだが。


「ま、とりあえず行ってみて考える」

「今回はバレちゃったみたいだけど、その辺は大丈夫なの?」

「ん、そこはね、まぁ・・・。そっちも頼んだ」

「りょーかいしました。でも実際3人も見るのは難しいなぁ・・・なんか考えとく」

 と遥香は苦笑しながら頷いた。


 結局その日は、再集合した3人に、改めて新山果南から聞いた話を一部説明して解散となった。勿論想夜の魔法のことも体験入信についても秘密にしておいた。

 果南にストレートに聞いたら、しどろもどろになりながら答えたということにしてある。


 実際そんな風に聞いても、そうなりそうな子ではあったので、そこに何か突っ込まれることはなかった。結局その日の結論は、泉たちに関しても当面静観。当然それは『魔法の御言葉』に対しても同じ。

 そのほかには、念のため5人で会うことは、特に学校では控えるようにしようということになった。


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