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 東京下北沢の『ピックフォード』という名前の小劇場。くすんだ白ビルの2階。

 入り口の隣には看板がかけられており、今後の公演スケジュールなども小さく張り出されている。だが今日のイベントに関する掲示は見付けることが出来ない。


 しばらくすると客らしき人間が入っていった。続いて想夜たちも中へと入る。

 入ってすぐの所に、簡素な長机と、ブラックスーツ姿の比較的若い2名の女性が立っていた。


「はい、ではこちらに、名前と年齢、ご住所と連絡先をご記入下さい」

 満面の笑みで応対する受付のお姉さんが、想夜達の前にそれぞれ紙を差し出した。


 あくまでも飲食しながらのマジックショーという催しのはずだが、それでこれだけの個人情報を求められる時点で怪しさを感じずにはいられない。

 勿論バカ正直に書くわけにはいかない。偽名に適当な住所、年齢は22歳で大学生と書いておく。隣を見ると、打ち合わせ通り遥香も適当なことを記入しているようだった。


 想夜達が来ているのは、『魔法の御言葉』主催のマジックショーだ。

 村岡栞から聞いたこと。そして想夜が調べたことについて遥香と相談した結果、日曜日にわざわざ下北沢まで来ることになったのだ。



 あの日、武田花梨の通夜から帰った後、想夜は下山から聞いた村岡栞のアドレスへメールを送った。返事はすぐには返ってこなかった。

「一応教えたって伝えておくけど、まぁブロックしているかもしれないからね。返事来なかったら俺にまた連絡してよ」と下山は言っていた。

 とりあえず想夜がしばらく待ってみると、翌日木曜日の夜遅くに返事がきた。


 想夜が、小学生時代に仲が良かったから変な噂を聞いて驚いている。何があったのか知っているなら教えてほしいと伝えると、栞からの提案で電話で話すことになった。


 栞の話では、武田花梨は半年ほど前にSNSで知り合った男子生徒と会うようになり、それから少し様子がおかしくなったということだった。

 栞たちとの予定よりもその男子との約束を優先するようになったし、どことなく色気というより退廃的な雰囲気をまとうようになった。でもそこまでは彼氏が出来た子にはよくある話かもしれないと、寂しいながらも友人たちと話をしていた。


 そんな中、花梨から栞を含めた数人が、他校の男子生徒との食事会に誘われたらしい。皆最初は断っていたが、その相手校がお金持ちの有名私立というのもあって、友人の1人が1回だけならと了承した。その流れで皆が参加することになったという。


 食事の席は、はじめはファミレスだったらしい。たが2時間ほどすると、男子の一人が貸し切りのカラオケルームがあると言い出して、そこに移動することになった。

 栞はその時点で少し気分が悪くなってきていたが、場の空気におされて一緒に移動した。カラオケルームに移動すると、皆が大胆になってはしゃぎはじめたが、栞自身はどんどん気分が悪くなってきて、途中で帰ることにしたらしい。


 当然引き留められたが、体調的にそれどころではなく、栞は振り切るように帰宅した。

 その後のことはわからない。しかしその日からほかの友人たちも少しおかしくなってしまったと栞は言っていた。

 皆そこで彼氏でも出来たのか、花梨と同じように付き合いが悪くなっていって、徐々に疎遠になってしまったと。


 ここまでは男女間ではありそうな話だと思った。

 想夜の偏見かもしれないが。


 だが問題はこの後。栞は電話の向こう側で息を飲み、意を決したように話し始めた内容だった。

 それは疎遠になってしばらくたち、学年も変わった後のこと。再び花梨に声をかけられたという。その内容はまた食事会をしないか?という話だった。あの時は途中で帰っちゃたからねと。


 栞はすぐに断った。すると花梨は残念といいながら「それなら久しぶりに私とご飯を食べない?」と言ってきたのだという。

 それならまぁと応じると、いい店があるのだと休日に渋谷まで行くことになった。連れていかれた店は、駅からはそんなに遠くはなかったが、栞が想像していたようなものとは違っていた。


 ピンク色をした外観の小さな雑居ビルの地下、名前は確か『テアトルスペース』

 店内は思っていたより広く、机と椅子が置かれた空間と、少し高い舞台のような空間に分かれていた。花梨はライブバーのようなものだと言っていたようだ。


 食事と聞いていたが、中ではマジックショーのようなものがはじまった。ショーの間、確かに食事も配られた。

 栞は途中までは、こんな店を知っていてすごいなぁと思っていたようだった。しかし次第にショーの合間合間の趣向が変わっているなと思うようになったらしい。司会をしていた人間が舞台にあがり魔法についてあつく語りだすのだという。


 はじめはそういう設定なのかと聞いていたがどうも様子が違う。

 とまどいながらも催しは終了した。店を出た後に花梨に質問してみると、「どう思う?」と反対に聞き返された。そして「本当に魔法があるなら使ってみたいと思う?」「興味があるならまた見に行こうか?」と言われたという。


 栞は答えに窮したまま帰宅の途に着いた。

 その時はびっくりしたが、考えてみればそんな変な質問ではないかもと思うようになった。だがその後、花梨と話す機会はないまま1か月以上が経過した。


 そして今回の事件が起きた。

 最初は悲しみと驚きの感情が入り混じってパニック状態になってしまって、詳細を伝えるニュースなんてとても見れなかった。噂話を聞くことも嫌だった。


 そんな時、想夜からのメールがきたという。そのメールをみて、ふとニュースを見てみようと、どんな事件なんだろうと思ったのだと栞は言った。

 そして原因が全く分からないままだというニュースをみて、花梨とのやり取りを思い出したのだと。なんということのない冗談だったとは思うし、そんなことを考えるのも馬鹿げている。だけど妙に頭についてしまってどうしていいか分からない。だから連絡をしましたと、栞はどこか空虚な声で話していた。

 最後に「変な話をごめんなさい、でも聞いてくれてありがとう」という栞に、想夜は「話を聞かせてくれてありがとう」と返して電話を終えた。

 


 電話が切れた後、想夜はすぐにPCを開いてワードの検索をした。作業をしながら栞との電話について考えてみた。村岡栞の感情は、つまるところ友達を救えなかった後悔と、身近な人間に起きた不幸と謎を繋げて考えてしまったゆえの、恐怖がまざったものなのかもしれない。

 良く知らない人間にだから話せたということなのだろうか。


 そんなことを考えていると目的の言葉・・・『テアトルスペース』がすぐに表示された。

 クリックしてみると出てきたのはライブバーや飲食店ではなく、渋谷の小劇場だった。写真をみてみるとピンク色の外観の建物の地下で、最大100席を用意出来るとあった。

 場所も渋谷。栞が連れていかれた店というはここで間違いないだろう。


 過去の使用履歴を見ることが出来るようなので順番にみていく。

 ほとんどは聞いたことのない劇団らしき名前や、お笑いのようなものがでてくる。だが遡っていくと、1か月ほど前に『魔法の御言葉』というものがあった。使用歴は1日のみ。

 日付も村岡栞に聞いていた日と一致する。

 だけどそれだけで何も情報はない。


 今度は『魔法の御言葉』で検索してみる。色々みているとRIVERアカウントで該当するものがあった。しかしロックがかかっていて中をみることは出来ない。

 どうしたものかと考えていると、想夜はふと思いついたことがあって再び『テアトルスペース』のHPを開いてみる。過去ではなく先の予約状況を確認した。


 1か月、2か月、3か月・・・しかし魔法という単語やそれに類するものはなかった。

 今度は渋谷の他の劇場・・・ない。他の地域はどうだ。予約状況のわからない場所もあった。それは仕方がない。

 そうして2時間ほど劇場を中心に調べていくと


「・・・あった」

 深夜もすぎかけて諦めかけていた時、下北沢のピックフォードという小劇場に予約があるのを見つけた。2日後の日曜日となっている。

 劇場側が詳細を載せているわけではないので、時間など具体的なことは分からない。

 だが常識的に早朝や深夜ということはないだろう。村岡栞が行った時も祝日のランチだったということだ。

 想夜は少し考えてから、明日朝に電話をかけるという予告文を遥香に送り付けた。


※※※※※※


「・・・入れそうね」

 受付を終えて、会場となる3階に繋がる階段に向かって歩いていると、遥香が小声で耳打ちしてきた。


 昨日早朝に電話をかけた時は、随分と不機嫌な声だったのだが、今はそんなトゲトゲしい様子はない。

電話は6時前だった。間違いなく寝ていたのだろう。それは分かっていてかけたのだけど。


 想夜に怒ると分かっている人間をわざわざ怒らせる趣味はない。だけどたまにはいいかなと思ったと供述した所、「性格が悪い」を10回は連呼されてしまった。


 実際には急いでことと、ある程度話す時間が欲しかったためだ。

 そんな状況の中、想夜から話を聞かされた遥香は、ゆうに1分以上は無言だった。

 そして出てきた言葉は「行ってみよう」だったというわけだ。

 想夜もそのつもりだったのですぐに同意したのだが、そこには幾つかの問題があった。1つは正確な時間がわからないこと。2つ目は急に行って中に入れるのかということ。3つ目は入れたとして本当に魔法がかかわっていたならどうするのかであった。


 1と2に関しては行ってみるしかないということになった。会員限定のような形でも劇場が開いている以上、急にくる人間はいる可能性はある。受付にいくこと自体は可能なはず。仮に入れなくても近くにいることで何かわかるかもしれない。

 この点については取り越し苦労にすんだ。時間こそ早い時間から周囲をウロウロすることにはなったが。


 3つ目に関して、一番困ったケースは本当に魔法がかかわっていて、それが想夜たち5人のうちの誰かだった場合だ。何せ知っている限りでは、魔法を使用できるのは自分を含めた5人だけ。


 武田花梨と関係があるかどうかは今の所わからない。ただ、それに関わらず魔法が本物で・・・自分を含めた5人とかかわりがあるのなら、想夜たちが来たことはすぐに分かるだろう。ならば素のままで行くことは少し考えなければならない。


 そのため2人は変装してきていた。想夜は目元が隠れがちな帽子と、少し体形が違って見えるような服装、付け髭などをつけている。髭は濃いものや長いものではかえって目立つので、口元・あごに薄くはりつけてある。

 指輪型の魔具は用心のためネックレスにつけてある。魔具は体に触れていないと効果がないため、ネックレスにつけておくと、動くことで離れてしまうことがあるのが難点ではある。勿論インナーなどで、そうならないように配慮しているが。激しく動かなければ大丈夫だろう。


 遥香は女性ということもあり、化粧・髪型を変えるだけでかなり印象が違った。服装も普段履かないようなロングスカートを着用し、全体的には清楚系だがどこにでもいそうな恰好でまとめてメガネをかけている。


 事前に確認した劇場のHPでは100席ほどあるとはいえ、どの程度席がうまるものなのか分からない。それに仮に埋まったとしても100人程度では意外なほど1人1人がはっきりわかるものだ。

 自分達5人の中の誰かがこれに関わっているなら、すぐに気付かれてしまうかもしれない。

 だからこその変装なのだが・・・・


 想夜は先に階段に足をかけ、上り始めた遥香をみてゲンナリとする。歩き方が普段と全く同じだ。

 人に見破られない変装とは、単に外見だけを変えればいいわけではない。人が人をどう識別しているのか。時にそれは顔や外見だけでなく、声や口調、表情の作り方、所作やしぐさ、癖など・・・違和感をもたれれば、より注目を集めボロがでやすくなる。

 そういったことを想夜は経験として学んでいた。


 階段を上って会場にでる。昼だというのに光が遮られていて薄暗く、わずかに淡い照明が灯っていた。席は7割ほど埋まっているようだった。ただし机も置かれているため100席ではなくその半分くらいの席数のようだが。

 両端にはブラックスーツ姿の中年程度の男と若い男が立っていた。前方の舞台らしき場所は照明が消えていてまだ誰もいない。


 そんな中、後ろの空いている席に座ると、2つほど前の席で男が自分の首元に何度も手をやっているのが目についた。

 そう、例えばああいうしぐさだと想夜は思った。

 連れらしい隣の女性とコソコソ話しているが、その女性の首をすくめたような仕草も無意識にやっているのだろう。

 変装で本来隠さなければならないものとはああいうものだ・・・と想夜は隣で周囲をキョロキョロと見渡している遥香をチラリとみる。一見落ちつた印象があるが、実は落ち着きがない。興味を持つとつい口元に人差し指がかかる姿など普段と全く変わらない。

 内心ため息を付きつつ、視線を男女カップルに戻す。

 男の猫背気味の姿勢であったり、女性のまとめあげた髪型からみえる細い首筋は首をすくめていても女が華奢であることを―――


「・・・ん?」

 想夜はその2人をどこかでみたことあるような気がして注意深く観察してみた。そしてほどなくして横顔がチラリとみえ、2人の正体に気付いた。

 隣でまだキョロキョロとしている遥香の膝をかるくこずく。


「何?」

「あの2人を見てみろ」

 想夜は小声でそう言って目線で促すと、遥香は訝し気な表情をしつつも素直に従い、じっと前方の2人を見つめる。


「・・・よくわからないんだけど」

「男の方は泉だな。覚えてないか?一時期やたらと俺達に付きまとっていた・・・」

「え?」

 遥香は驚いたように再び前方を注視する。しばらくして「うわっ」という声が漏れた。


「・・・本当だ。なんでここに?」

「俺に聞かれてもな」

 想夜は思わず苦笑しつつ、泉晶人という男について記憶をたどる。

 夏休みが終わって想夜達が学校に登校した後、しばらくは学校中の注目の的だったし、幾つかのマスコミも学校周辺に顔を見せていた。


 気を使ってあまりその話題に触れない人間もいれば、ストレートに興味や疑問をぶつけてくる者も大勢いた。だがそんな状態もせいぜい1月と経たないうちに落ち着いていった。

 裏ではどうだが分からないが、5人とも「覚えていない」としか言わないのだから、それ以上話が発展しないのだ。

 それなりの進学校でもある。他人にさほど構ってられないという事情もあったかもしれない。

 だがそんな表面上は落ち着いた頃から、盛んに話を聞きにきていたのが、泉晶人という男だった。1つ上の学年でオカルト研究会なるものの会長だと名乗った。柔和な笑顔で人当たりも良かったが、だからと言って答えは変わらない。「覚えていない」これだけだ。


「結構しつこかったから、私あんまり関わりたくないなー・・・」

 思い出したように隣の遥香が顔をしかめた。想夜も同意するように軽く頷く。


 そう、泉はしつこかった。

 想夜達の所に直接来ない代わりに、周囲の人間に色々と聞いて回っていたようだ。それだけでもいい気分ではないが、似たようなことは一部マスコミにもされていた。気にせず放っておいたのだが、そのうち尾行をされたりと、泉の行動はエスカレートしていった。


 それもかなり上手いのだ。今回が初めてではないと思わせるような・・・想夜たちが普通の高校生だったなら気付かなかっただろう。

 ただ幸いにも全て気付いたし、元々外ではその手の話題を話すことも魔法を使用することもなかったのだが、気持ちのいいものではない。

 どうしたものか頭を悩ませているうちに姿をみせなくなっていったのだが。


「まぁ・・・やっぱオカルトマニアとしてはこういうものに興味あるんだろうな」

「・・・そうかもね」

 遥香が不機嫌そうに言った。


 いずれにしても面倒を避けるためにも泉には注意を払っておかなければならない。隣にいるのは、今年オカルト研究会に入ったという1年生だろう。あの泉の部活に入ったということで、ちょっとした話題になった少女だ。

 想夜達が席に着いてから10分ほどが経過し、会場の席が9割ほど埋まった頃、会場の照明が消え舞台上が照明で照らされた。

 会場が少しざわついたが、壇上に30代半ばくらいのどこかビジネスマンを思わせる男が登ると、自然にそれも静まっていった。


「え~、皆さま。本日は当団体『魔法の御言葉』のセミナーにお越しいただきましてありがとうございます。まずは当団体の概要について――」

 男は手にしたマイクで話を始めた。


※※※※※※※


「当団体の概要についてですが、我々は全人類が生まれながらに持つ魔法の力というものを解放すべく活動をしております。魔法の御言葉というのは内なる魔法の力に耳を傾けるというもので――」

 壇上で司会をしている男の人は名古屋の時と同じだなぁ、と新山果南は思った。話す内容も同じようなものだし、問題は後半のアレかなと思い隣を見ると、先輩である泉晶人が、おそらく無意識に首元に手をやりながら前方を注視していたる。


 普段は常に柔和な笑みを浮かべているその表情も今は実に真剣なものだ。

 自分はというと、恐怖心も相まって周囲がどうしても気になってしまう。嫌だと言ったのに・・・と、どうしても恨みがましい気持ちになるが、言われたことだけはやらなくてはならない。


 自分の胸元のポケットの収まっているペン型カメラ。名古屋で見たものが本物かどうか検証するためにと、泉が果南に持たせたものだ。さらにもう一つ、泉も同じものを持っているはずだ。

 舞台上では男の話が熱を帯びてきていた

「つまり、我々は魔法という内なる力を解放した先進的人類として、地球の恒久的な発展のために何が出来るのかということを日々の修行の中で自問しているのです。といってもこれはマクロな視点ですが、人間はそんなことばかり考えて生きてはいけません。むしろ重要なのは、魔法の力というものが日々の生活の中でどう生きるのか?ということでしょう。例えばいじめ。学生であっても社会にでてもこれらは無くなりません。今の世にはこびる価値観や生き方を基準にしていては、これらは決してなくならないのです。ですが魔法という新しい価値観が誕生すればどうでしょうか。辛い思いをした、悲しい思いをした。そんな人達が新しい価値観を携えて古い価値観を作り変えていけば―――」


 果南は自分の身体にギュツと思わず力が入るのが分かった。

 こういう話題は苦手だ。自分がいじめを受けていたことを思い出してしまう。

 果南自身、こんな団体のことを信じているわけではない。だけどもし、今現在もいじめに苦しんでいれば、もしかするとすがりたいと思ったかもしれないなと思った。

 

 今考えれば、泉晶人は自分の気の弱さに付け込み、部員のいないこのオカルト研究会に引きずりこんだのだ。だけど結果的にはそれが果南をいじめから救った。

 それだけ泉晶人という男は色んな意味で強烈な人間だったのだ。だけど、これで良かったのかと言われると悩むのも事実だが。

 実際問題、嫌だと言ってもこの先輩がそうしたいと思えば、名古屋でも東京でも連れまわされるわけだし・・・。


 つい物思いにふけっていると、舞台上では男の話がひと段落したようで、薄暗い会場の中、スタッフらしき人間が何やらあれこれと動きまわっている。

 隣では泉先輩がいよいよかと僅かに身を乗り出した。


「では、これより魔法の力の実演を行いたいと思います。当団体の礎であり、現在最も魔法の力の解放に成功されている人物、魔導巫女イリアです」

 男の言葉と共に、スタッフらしき人間に誘導され舞台上に上がったのは、扇情的な黒のドレスに、顔をブルガのようなもので覆った女性だ。


 身長は平均的なものだが、ラインのはっきりとわかるドレス姿からは、スタイルの良さがみてとれた。思わず頭にお風呂の鏡でみた自分の姿が浮かびかけたが、鉄の意志で打ち消した。


「皆さま、本日はようこそ。魔導巫女のイリアと申します。今から魔法の力をご覧にいれましょう」

 女はそれだけ言って舞台の端へと下がり、周囲のスタッフ達は女――魔導巫女イリアを引き立たせるように舞台下に控える。


 舞台中央にはいつの間に用意されていたのか、大きな椅子が1つ置かれていた。

 イリアがその舞台中央に向けて両手をかざし何かを呟く。すると

 突如椅子から火の手があがり、会場が少しざわついた。

 続けてどこからか水が湧きだしてきて椅子が即座に鎮火される。水は会場へも流れでて、前方の席に座る人間に届いたのか軽く悲鳴があがった。

 会場のざわつきはさらに大きくなる。


 その瞬間、会場の照明が消えると会場全体から悲鳴が上がった。

 名古屋で一度見たはずだが、緊張感から果南はつい晶人の腕の裾を掴む。すると泉は果南の手を軽くポンと叩いた。気を使ってくれたのか。時々紳士っぽかったり、相変わらず謎の先輩だなと果南は場違いなことを思った。


 しばらくすると会場全体が強い光が包み、その場でオロオロとする会場の人間達が照らし出される。おそらく以前の自分もあんな様子だったのだろうと思いつつ、果南は上を見上げた。隣では泉も同じように天井を見上げていた。


 そこにあったのは天井近くで浮遊する光の球。証明器具などではない何かがフワフワと浮いている。

 2人の視線に促された・・・というわけでもないだろうが、周囲の人間達もその光球の存在に気付いたようだった。しばらくして生じた反応は少しの動揺と静寂だった。


「皆さま、いかがだったでしょうか」

 男の声に会場中の視線が集まる。

 濡れた舞台の上では魔導巫女が超然とした佇まいで立っていた。その横で司会の男がマイクを手にしている。

「今ご覧いただいたのは、魔法の力のほんの一端にすぎません。こういった場所ですからどうしてもショーじみたものになってしまいますが、例えばこの光」

 男が光球を指さす。


「明かりというものは、本来資源が必要なものなのです。ですが魔法が使えればそれらは不要です。全員が同じように使えるようになったなら?価値観が変わるとはそういうことなのです――」

 演説じみた男の言葉に会場中の人間が耳を傾けている。そんな中、泉は全く別の所を見ているようだった。


「どうですか?」

「ん?あるね~ワイヤー」

「・・・そうですか?」

 果南は泉が小さく指さす方向をみてみるがよく分からない。

「しかし、不思議だなぁ・・・」

 そう言って泉は席に座る。少し熱に浮かされたような会場の空気の中、泉晶人は1人何やらぶつぶつと呟いていた。

 その後もショーなのか本当の魔法なのか分からない催しは、しばらくの間続いていた


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