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遥香・碧の2人と別れ、想夜は帰宅の途に着いた。
まだ誰も帰っていない自宅の階段を上がり、自分の部屋に入るとすぐにベッドに身を投げ出す。
「・・・なんか疲れたな」
ベッドに突っ伏したまま独り言を呟く。
久しぶりに体を動かしたこと自体は、ある意味爽快感もあったのだが。
そのまましばらくぼんやりとしていると、僅かにズキズキと痛む足のことを思い出し、想夜はのっそりと体を起こした。
ズボンを捲ってさすってみるが特にあざなどにはなっていない。さすがは魔法だ。手加減もあっただろうが。
時計をみると4時を過ぎた頃だった。
わざわざあんな遠い所に足を運べば、滞在時間は短くとも移動だけで時間がとられる。実の所、学校から徒歩でいける距離にも森があったりするのだが、デートで使用する不届きな生徒もいたりして・・・最初は万全を期した結果だ。いまさら新しい場所を作るのも面倒な話でもあった。
とはいえ夕食までにはまだ時間がある。どうしようかと少し思案した後、想夜はベッドから離れ机のノートPCを起動させた。
『もっと魔法を活用したいの?』
PCの立ち上がりを待つ間、碧に言われた言葉が頭の中で反芻していた。
そういう感情がないといえば嘘になる。異世界での思い出は決していいものではない。どちらかというと悪いことの方が多かった。しかし魔法の力に魅了されていた一面も否定は出来ない。
想夜はPC画面の前で一瞬逡巡してから、ふと連続火災事件について検索してみることにした。
数秒後、現在から過去までのニュース記事から、動画にいたるまでいくつもの情報がでてきた。
「・・・とりあえず上からみるか」
想夜はとりあえず2つ、3つ順にクリックし、目を通していった。
配信されている記事は極簡潔なもので、場所や時間、負傷者の有無の他、出火原因については不明、連続火災事件との関連も不明だということを簡潔にのせているだけだ。
これだけでは何も分からない。
事件についてまとめたサイトや考察サイトなどに軽く目を通していくと、昨年までの火災件数と比較するなどして色々書かれている。
いわく、原因不明の火災が異常に多い時期があったからおかしい。
いわく、工場・作業場など特定の火災件数が多いのがおかしい。
いわく、総件数は誤差の範囲内。皆が騒ぎ過ぎ。
いわく、最近の火災はあとから原因が特定されていたりするのに、それをマスコミはスルーして騒いでいる、いい加減だ。
いわく、マスコミが面白可笑しく騒いでいるだけ
こんな感じである。
「なんだかよくわからん事件だな・・・」
怪しいといえば怪しい気がする。騒ぎ過ぎといえば騒ぎすぎな気もする。
なんとなく、魔法を生かして犯人をなどと考えてみたりしたが、どうも適していない気がする。
人為的な関与はあるのかないのか。感知魔法を仕掛けるにしても次の火災現場が分からないと無理だし、その場所を知る方法はない。
魔法を生かす方法は思いつかなかった。
「魔法ねぇ・・・」
思わず魔法と打ちこみ、検索する。
そうした検索自体は、今までもふとした時に何度かしていた。
Web上には今までと変わらず、辞書関係の他、魔法を題材にした漫画、小説などの作品が並ぶ。魔法とはつまり創作の世界のもので、本来現実のものではないと言うことを改めて痛感させられる時だ。
想夜はPCから離れると再びベッドに身を投げ出した。
どことなくため息が出る。そうしてぼんやりと天井を眺めていると、ウトウトと眠気が襲ってきた。
目が覚めたのは、呼んでも返事がないことに苛立った姉が、激しく扉を開けて入って来た時だった。
週が明けた月曜日。
先週末にかけて行われた中間テストの結果が返ってくる日であり、事実いくつかの教科の結果はすでに生徒たちの手元にあった。
普段であれば、テスト結果についての話が各休み時間の話題の中心となる。だが今日に限っては、朝から別の話題が教室・・・もとい学校全体を支配していた。
「・・・怖いよね。発見された場所って瀬波池のあたりなんだって!」
「うわ、あそこ出るって噂の場所じゃん。自殺?」
「全身丸焼けって話だぜ。ガソリンでも被ったんじゃないの?」
「自殺でガソリンなんて使う~?怖くないのかな?山火事的なのを起こそうとして失敗したとか?」
こんな様子である。
想夜に対してもあれこれ話題が飛んでくるため、「あ~」だの「確かに」「かもしれない」だのと適当に話を合わせていた。
「そういえば・・・南台の子なんでしょ?成績悪くてやけになったとか?」
「あ~南台ってさ、最近成績芳しくないらしいじゃん?教師陣もピリピリしてるみたいでさ。塾で一緒な奴がぼやいてたわー」
「それはあんまり関係なくね?あ、そういえばさぁ・・・うちも最近少し落ちているらしいし、なんかピリピリしている感ない?」
「確かに。でもうちらの所も色々あったからね。IL633便とかさー」
「おい!」
「あ・・・」
生徒たちの気まずそうな視線が想夜に集まった。
「あ~、別にそんなに気をつかわなくてもいいよ」
「ああ・・うん。そう、なんだけどさ、ははは」
想夜の言葉に生徒たちはどこか乾いた笑顔を浮かべつつ、微妙な話の転換の経過をたどって、例の焼死体の話題へと戻っていった。
そんな学友たちを眺めながら、確かに気になる事件だよなーと想夜も思ったが、積極的に話に加わる気にはならなかった。
その日、教師たちがその話題に触れることはなかった。むしろテスト結果について引き締めを図りたい様子がありありと伺えたが、残念なことに生徒たちの意識とはどうも乖離しているようだった。
そんな日の授業が終わった。
相変わらず噂話に興じるクラスメイトをしり目に、想夜は学校を出て駅方向へと向かった。そして馴染みのミスドに入る。これから家まで1時間。何か小腹に入れなくてはとても持たない。
2つほどドーナツを見繕って空いている席に腰掛けた
。
落ち着いた所で、なんとなしに店内を見渡すと、ネイビーブルーの羽吹高校のブレザーを着た少し地味目の男子生徒たちの姿が目に入った。同じ学年ですら知らない顔が多い想夜にとっては、学年すら分かりそうもないが。
どうやら3人組の男子生徒たちが話しかけているのは、他校の――どうやら南台の女子生徒たちのようだった。見た所ナンパでもしているような雰囲気だ。
想夜の通う羽吹高校と南台高校は、偏差値が近い進学校で場所も近い。私立と公立ということもあって表面上はライバル意識も強いのだが、私立の中高一貫校でお金持ちの内部進学者も多い羽吹の生徒は、南台の生徒にもてるという噂話が根強くあったする。
正直こういった姿はたまにみかけることがあった。
とはいえ、ああいう地味目の生徒がというのは少し意外ではあった。
想夜は少し興味を惹かれて遠目で観察などをしてみた。当初少し迷惑そうにしていた女子たちはやがてまんざらでもないような表情になって、男子生徒たちについて店を出て行くようだった。
(あ~そうなるのか。口かな?金かな?)
などと密かに失礼な感想を心の中で述べていると、想夜の横を早くも男女ペアのようになった生徒たちが通り過ぎ、会計へと向かっていった。
(・・・ん?)
ファっと鼻をつく甘い香り。すれ違った高校生たちのものだろうか。どこかで嗅いだことのあるような気がしたが、すぐには思い浮かびそうにはなかった。
なにせ学校でも電車内でもショッピングモールの中でも色々な匂いで溢れている。そういった方面に疎い自分があの一瞬でわかるはずもない。
随分とオシャレそうな香水をつかっているなぁなどという感想を持つのみだ。
しばらくしてドーナツを食べ終え、想夜は店を出て駅へと向かった。
約1時間ちょっとかけて家に帰宅するが、家には誰もいない。全くもって帰宅時間の遅い家庭だなと思うが、共働き世帯で子供も大きくなればそんなものだろう。
事件直後は、流石に母親の帰宅は早かったが。
誰もいないキッチンで、インスタントコーヒーを淹れテレビをつける。適当にチャンネルを回していると、例の女子高校生の焼死体のニュースがやっていた。
まだ分かっていることはほとんどないということだった。そんなニュースを伝える間、画面下には顔写真入りで被害者の名前がずっと出ていた。しばらくしてふと気付く。
武田花梨
想夜にはその名前に見覚えがあった。同姓同名かとも思ったが、画面に映るおそらく中学の卒業アルバムらしき写真は、当時の面影をはっきりと伝えていた。
小学校5年生まで同級生だった女子。その後転校していって記憶からは消えていた。こんな形で思い出すなんて。
いいようのない感情が襲ってくる。
長らく交流がなかったとはいえ、かつての同級生が焼死体で発見された。
驚きと、胸の奥のどこかがザワザワするような・・・この感情はなんだっただろうか。
想夜は少し逡巡してからスマホを取り出し宝地遥香に電話をかけた。コールが4回ほど鳴ったとき「はい」と電話の向こうから声が聞こえた。
「あ~・・・家?」
「まだ。駅で降りた所だけど・・・どうしたの?」
「いや、なんていうかさ・・・例のニュース」
「例の?」
遥香が少し考えるようにしばらく沈黙。しばらくして小さく「あぁ」と呟いた。
「武田さん、あんた覚えてたんだ?」
「そりゃあ、名前を見たらな」
「・・・そっか。武田さんは私の後に転校したんだってね。私は3年、4年の時に結構仲が良くて。転校した後は会ったことなかったけど、高校に入るまでは友紀は会っていたんだって」
「友紀?」
「中村友紀。覚えていないの?6年生の時は、あんたと同じクラスだったって聞いてるけど」
「あ~」
フルネームを聞くと、ぼんやりと当時の顔が浮かんでくる。確かにそんな名前の同級生がいた。
そうか、宝地とは友人だったのか。
「小学校時代の友達とまだ繋がりあるんだな」
「それはそうよ。・・・あんたともそうでしょ」
「まぁ・・・まさか高校で再開するとはなぁ」
想夜は高校からの外部受験組だったのだが、まさかそこに遥香がいるとは思ってもみなかった。おまけに入学した後も気づいたのは大分後の・・・
「――それで、あんたはどうするの?」
回想に入りかけた想夜を遥香の声が遮った。
「・・・どうするっていうのは?」
「は?聞いてなかったの?・・・お通夜。私は友紀たちと行くけど」
「お通夜」
そうだ。日本ではそういったものがあったとのだと、想夜は思わず反芻していた。
「交流って結構あったの?」
「いや・・・そこまでは、ない・・・けども」
記憶を掘り起こしてみるが、決して印象的なことがあったわけではない。日常的な会話、ちょっとした活動、関わったのはそんなことだけだ。だけど
「俺も行くよ」
想夜は思わずそう答えていた。
昔とはいえ、ごく普通に接していた友人や知人が思いがけない形で命を落とす。あの世界ではそれを弔うことも出来なかった。環境のせいなのか、あるいは慣れのせいなのか。
それが出来る世界ならば――せめて。
通夜が行われたのは2日後のことだった。
その間の報道によると、損傷は激しいが外傷はなく、火元はガソリンなどを疑っているが、運んだ形跡も周囲に跡も残っていない。
かといって別の場所で燃やされ、その後に運ばれたわけでもないらしい。森の一部には焼けた跡があるという。つまり事件はなにも進展していないということのようだった。
エレベーターで葬儀場の3階へ。悲しみというよりも憔悴しきった家族に頭を下げ焼香をあげる。
そうしてホールを出ると、遥香の他に数人の小学生時代の同級生が来ていた。自分を見かけて待っていたらしい。軽く挨拶をすると一緒に会場を出た。
想夜にとっては記憶もおぼろげで、あまり馴染みのない人間ばかりだと思っていたが、当の同級生たちは何やら話しかけてきた。明るい話題ではない。思い出話のようなものだ。想夜は適当に話をあわせつつ周囲をチラリとみる。
会場の外にでると、そこには自分たち以外にも、武田花梨の友人らしき若者が複数来ていたようだった。
数人ごとに固まっている。
それぞれが別のグループなんだろうか、などと思っていると、近くにいた女子生徒たちの話声が耳に入ってきた。
「ねぇ・・・怪しげな宗教にはまっていたんでしょ?」
「え、そうなの?変な男に引っかかったって聞いたよ」
「うわ・・・どっちにしてもヤバいよね。最近成績落ちてたのもそれなの?」
「それはそうでしょ~」
こんな具合だ。噂話をしている顔をみると少し楽しげですらある。
(宗教・・・男ねぇ。まぁここ数日のうちの学校も似たようなもんだったけど)
とはいえ聞いていて気持ちのいい話でもない。少し気になる部分もあったが、元々焼香をあげるだけのつもりだったのだ。この場を離れてもう帰ろうかどうしようか――と思っていると
「ちょっと!いい加減にしなさいよ」
イライラした様子の遥香が、女子生徒たちに突っ込んでいった。
「え?な、なに、あなた・・・」
「場所を考えて。他にも参列者がいるのよ?ご家族とかがそれを聞いたらどう思うのかを」
「え・・・でも、ここにはうちの学校の人くらい、しか」
女子生徒は少し怯えた様子で周囲を見渡しつつ弁明する。確かに見た所若い人間しかいない。
「私たちは違うわ。それにあなたの学校にしても仲のいい、悲しんでいる子だって」
「それは・・・でも皆知っていることだし・・」
なおも弁明する女子生徒らに、さらにイライラを募らせた遥香が大きく息を吐き、そして息を吸って何かを言いかけた・・・のを想夜は手で制す。
「まぁ、ちょっと落ち着けよ」
「何?」
遥香が想夜を睨む。その表情は明らかに怒っていた。
その場に流れるピリッとした緊張感に、当の女子生徒だけでなく同級生たちもとまどっている様子だ。
「まぁ場所はあれだけど、うちの学校にも噂話好きな人間多いだろ。あんな感じだって」
「それにしたって」
「いやわかるけどさ。・・・それより俺さ、せっかくだから聞きたいことがあるんだよね」
「はぁ?なにそれ」
「いや、今の噂話をさ」
「あんた・・・!」
遥香からは先ほどよりも強い怒気が伝わってくる。
「俺は武田が転校していった後のことをほとんど知らないからさ。あぁ、もちろん場所をかえてね、ほら」
女子生徒たちは促されるまま、想夜と共に会場から少し離れた場所へと移動した。ここなら関係者に聞かれる可能性は低いだろうし、仮にすれ違っても街角の立ち話程度にしか思われないだろう。
遥香は納得していない顔をしながらもついてきた。他の同級生たちは戸惑ったように顔を見合わせた結果、「また連絡するね」と遥香に伝えて帰っていった。
もめ事に巻き込まれたくなかったのかもしれない。
「さてと、さっきの噂話なんだけどさ。俺らが知っている武田と大分違う・・・って思ってね。まぁ高校生になっていれば変わっていて当然なんだけど、どんな子だったのか聞いてもいい?」
女子生徒たちは互いに顔を見合わせ、しばらくしてから1人がおずおずと話し始めた。
「あの、私たちは1年生の時に同じクラスだったんですけど、2学期が終わる時まではごく普通の・・・っていうか成績も真ん中くらいだし大人しめな子だったと・・・思います」
「思います?」
「え?で、でした」
女子生徒が慌てたように訂正する。
どうやら結構怯えているようだ。
考えてみれば仕方がない。急に絡まれて連行されたようなものだ。そして隣では、厳しい表情のままの遥香が不穏な空気を醸し出している。
「あ~ごめん。そういうつもりじゃかった。ええと、それで・・・3学期からは違ったってこと?」
「あっ・・・はい」
別の女子生徒が思わず返事をしそのまま話し始めた。
「武田さん、3学期の中間テストで初めて赤点をとったんです。それも複数科目。赤点ってうちらの学校ではほとんどとる人がいないので、その時から少し噂になって・・・」
「・・・噂」
「はい。期末も赤点をとっていたし、途中の小テストも凄く成績落ちていたみたいです。早退とかも何回かしていたり・・・」
「そう、早退した時に外に男の人が迎えに来ていたんだよね」
別の女子生徒が口を挟んだ。
「男ねぇ・・・君が見たの?」
「はい。ちらっとでしたけど・・・多分、あれは間違いないと思います」
彼氏が出来て成績が落ちたとしたらよくある話な気がする。
逆もまたしかり・・・きっといつの時代でもどんな場所でも、ありがちなものなのかもしれない。
「あと、そういえば・・・さっき宗教がどうのって」
「それは・・・聞いた話なんですけど。その、3学期あたりから友達との付き合いも悪くなっていったみたいで」
「友達と。君らは?」
「私たちは・・・仲が悪かったわけじゃないですけど、そのグループは違っていて・・・ただそのグループの子が宗教に勧誘されたって以前言っていて」
「へぇ・・・宗教」
「なんとかの言葉とかって言っていたよね?」
女子生徒が他の2人に同意を求めると、2人はうんうんと頷いた。別の女子生徒が口を開く。
「言われた子は絶縁したみたいなんですけど」
「他にも勧誘された子って何人もいるの?」
「それは・・・知らないですね」
そういって女子生徒たちはそれぞれ考え込むようなしぐさを見せる。
「そっか。ちなみにその武田さんと仲の良かったグループの子って誰か今日来ているの?」
「誰かって・・・」
3人ともが会場の方を振り返り、誰かを探すようにキョロキョロと顔を動かす。想夜と隣で黙って聞いていた遥香もそれに釣られるようにそちらを見た。ここからだと、知った顔がいればなんとか顔の判別がつくくらいの距離だ。
しばらくすると1人が「あっ」と言って指をさした。
「村岡さんが来てる」
「村岡さん」
「はい。あの今会場から出てきた、サイドで髪をまとめている黒髪の・・・」
「ああ、あの子ね」
該当する子は1人しかいなかったので、想夜にもすぐに分かった。
「そっか。色々ありがとう。急に話しかけてごめんね」
それだけ言うと想夜は速足で会場へと戻る。すると慌てたように遥香も後を追ってきた。
「ちょっと。その村岡って子にも話を聞きに行くつもり?」
「ああ」
「ああって・・・急に何?探偵にでもなるつもりなの?」
「まぁ似たようなことをやっていたことはあるが・・・。それはいいや。死因・・・なんだろうな」
「ええ?警察じゃないんだし、わかるわけないじゃない」
並んで歩く遥香がため息をついた。想夜が隣を一瞥すると、呆れたような表情で頭を押さえていた。
「まぁその気持ちはわかるが・・・たださぁ、ニュースで言っていた遺体の特徴って、あの世界でよく見たよなって思ってさ」
「よくって・・・あんたあっちで何していたわけ・・・ってまぁそれはいいよ。でもそれって・・・もしかして魔法っていいたいの?」
「可能性は0に近いけどな」
「魔法を使えるのは私たち5人だけなのよ?」
「だから0に近いって。・・・なんとなく気になっただけだから」
やがてとぼとぼと重い足取りで歩く女子生徒――村岡栞の元にたどり着く。肩を落としたその後ろ姿は、小柄な体をより一層小さく見せていた。
「村・・・」
「あ、高ノ瀬じゃん!」
村岡栞に話しかけようとした時、横から突然大きな声で自分の名前を呼ばれた。栞もビクリとして、何事かと後ろを振り返る。想夜は声の主に目をやった。
「下山・・・」
中学校の時に通っていた塾が同じだった男だ。そういえば南台に進学していたなと思い出す。下山はどこか軽薄そうな笑みを浮かべて近づいてきた。
「お~やっぱり高ノ瀬だ。何々どうしたのこんな所で・・・ってあれ村岡さんだ。お、もしかして2人は知り合いなの?」
そう言うと下山は想夜と栞を交互に指さした。栞は驚いたように首を左右に振った。
「あ~知り合いではないかな。どっちかというと亡くなった子の元知り合いで、それでちょっとこの村岡さん聞きたいことが・・・」
「え・・・」
想夜の言葉に栞は明らかに戸惑ったような表情を見せた。そして
「あの、何も話せることは・・・ないです」
小声でそういうと栞は小走りで去っていってしまった。
「あ・・・」
「あれぇ、俺何かまずいことした?」
下山はしまったなぁという顔をしつつ、思いついたように想夜の耳に顔を近づけた。
「あの子の連絡先・・・いる?」