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「じゃあ私が審判するから2人で思い切りやりなよ。あ~攻撃魔法の使用は禁止、いいのが1つ入った時点で終わりってことでいいよね?」
「じゃあ、それで」
「いいよ~」
想夜と碧が4~5メートルの距離をおいて対峙する横で、審判役の遥香が少し距離をおいて立っていた。
かなり嫌そうな顔をした遥香に変わって、碧が組手の相手を買ってでてくれたわけだが、今度は想夜が、内心で嫌な顔をする番だった。
なにせ春成碧という少女は――
「ハァっ」
気合の入った声と共に、碧が大地を蹴り、爆発的なスピードで眼前に迫る。想夜はどの方向にでも動けるように構えて備える。2人が交わる直前、碧が視界から消えるように横へステップ。その直後、想夜の視界の外から首を刈り取りそうな蹴りがとんできた。
「――ッ」
想夜はすんでの所で首を振って避けるが、さらに続けざまに繰り出される蹴り突きの連撃があびせられた。
想夜と碧が共に使用している魔法。それは身体強化魔法とでもいうべきものだ。たがこの魔法の特徴は単に筋力が強化されるといった性質のものではない。魔法を使ったからとっていって即座に鋭いパンチが撃てるわけではないのだ。
魔力を体に纏わせ、その魔力の鎧が何かの物質に触れた時、はじめて効果を発揮する。
それは単なる突き1つをとってみても、床と接触している軸足などから、しっかりと魔法により増幅された反力を得てこそ、効果があるということを意味する。つまり格闘技経験など、身体の使い方を身に着けている人間ほど、魔法の恩恵に預かれるということだ。
そしてこの春成碧という少女は、まさに空手という格闘技の経験者であり、あの戦乱の異世界で戦士として立ち回っていたのだ。
勿論格闘未経験者であっても攻撃・防御それぞれのインパクトの際に、効果の増減という恩恵はある。その点では魔法の効果というものは大きいのだが。加えて飛行機の中にいたある大人の話では、体の限界を超える動きや反動に耐えられるということは、体にも何らかの変化を起こしているのだろうということだった。
想夜もこういったアドバンテージを生かして、1年半もの間、あの異世界を生き抜いてきたのだ。必然的にある程度のことは身に着けている。だが・・・・
「ぐっ・・・」
懐に潜りこまれ、ガードした想夜の腕ごと、下から強引に蹴り上げられる。空中に浮かされてしまっては魔法の効果は半減する。このままでは亀のように身を固めるしかないが――
「ラルドゥ・ハルワ」
想夜の唱えた起動呪に伴い、激しい閃光が周囲を覆った。
碧が瞬時に目を守るための防衛行動をとる。効果の持続時間は短いが、着地し死角へ回り込むには十分だ。
もらった・・・・ッ!
背後からの掌底打ち。想夜が勝ちを確信した直後、碧の体が滑らかに回転――
「どわっ」
足を刈り取られ想夜は派手に地面にスッ転んだ。碧の回し蹴りが想夜の両足を襲ったのだ。
「はい、碧の勝ちー」
遥香のやる気のなさげな、勝者名乗りの声があがった。
「あ~マジか」
「絶対あれ、どこかで使ってくると思ってたよ」
完全にこかされて大の字で寝転んでいる想夜の顔を碧が覗き込んできた。
「いや、まぁ・・・春成とまともにやっても勝ち目薄いしさ。あ~でもよく最後、俺の位置分かったね?」
「んー、今回ここの感知魔法発動させているのって、実は私だったんだよ」
そういって碧が、あははと笑った。
「嘘だろ・・だって迎えにきたのは宝地だったし・・・っていうかさ、春成って感知魔法使えたんだ?」
想夜達が魔法を使用する場合、基本的には魔具を身に着けていないと使えない。
そもそも異世界において魔法というのは、人が内在する魔力を魔術変換術式を用いて、魔法というものに変換させるものだ。その魔法変換術式は、かつては詠唱するといった形だったらしい。だがどうしてもある程度の時間を要してしまい、戦いの場ではそれが大きな弱点となっていた。
そこで術式をあらかじめ何らかに固定し、簡略化した起動呪と呼ばれるワードで、その術式を発動させる。この方法が異世界では一般的となっていった、ということらしい。
それが指輪であったり、ネックレスであったりという形で作られ魔具と呼ばれていた。体に触れていれば良かったので、異世界の魔法使い達はタトゥーとして彫っていることも多かったようだが。
以前にそれぞれが所有している魔具については見せあっていた。その時、碧は感知系のものはもっていなかったはずなのだが。
「観察力に乏しいわね。それでよくあっちで、1人でやっていけてたよね」
と呆れたような物言いで遥香が口をはさんだ。
「・・・観察力ってなんだよ?」
想夜は思い当たることがなく、答えを求めて聞き返すと遥香は「ほら」と碧を指さす。
碧がそれに答えて両手をヒラヒラとさせる。
その手には見慣れた位置に嵌められた指輪が3つ・・・
「あれ・・・4つあるな」
「うん、遥香ちゃんに借りて使ってみたんだよ。」
そう言って碧が笑った。
「・・・いや、でもさ、借りたにしたって、すぐにはさ」
「んー・・・あっちでは私も時々使ってたんだよ。基本的に補助系は遥香ちゃんと柚奈ちゃんだったけど、私もたまにはね。女3人だったから」
「あ~、なるほどね」
想夜は相槌をうちながらゆっくり体を起こし、土埃をはらった。異世界生活の大半を1人で行動していた想夜にとって、感知魔法などはまさに必須のものだった。女性3人ともなれば欠かせなかったことは容易に想像できる。あの世界での常識を考えてみれば、3人とも使えてむしろ当然といえた。
(平和ボケ・・・とは違うんだろうけど)
異世界から去って随分時間がたったのだと痛感する。
「で、満足したの?」
立ち上がった想夜に遥香が聞いてきた。
「まぁ、ある程度は・・・やる?」
「私はいいよ」
やはり遥香は嫌そうに顔をしかめ想夜を軽く睨んだ。が、すぐに真顔になる。
「でもなんで急に?」
「ん?まぁ・・・なんとなくだよ」
想夜は言いかけてやめる。うまく説明出来る気がしなかったからだ。
「あ、そ。じゃあ・・碧そろそろ帰ろうか?」
「そだね」
遥香の言葉に碧が頷いた。
「じゃあ私らは帰るけどあんたはどうするの?まぁここは閉じるけどさ」
「あ~・・俺も帰るよ」
「そう」
遥香は軽く頷くと碧と並んで先に歩きだす。想夜はズキズキと痛む足を少しさすってから2人に続いた。
駅へと向かう途中、想夜はいまいち理解できないガールズトークで盛り上がる2人の後を歩いていると、ふとあることを思い出した。
そしてちょうど2人の会話が途切れた所で話かける。
「・・・あのさ、最近マスコミって見かけたことある?」
想夜の言葉に女子2人は揃って振り返り、少し考える素振りをみせた。
「最近は見ないかなぁ・・・遥香ちゃんは?」
「私もみないね、どうして?」
「いや、今日ここに来る途中で、たまたま電車の広告をみたんだけど、久しぶりにあの事件の話題でさ。そういや最近見かけなくなったなと思って」
「まぁ、あれからもう10か月くらいたつし。皆あまり関心なくなっているんだろうね」
「最初はすごかったよね。うちのまわりも色んな人が毎日毎日・・・。あと年末もTテレで特集があったりして・・・あの時はまた少し増えたよね」
碧の言葉に3人とも当時を思い出し、それぞれに苦笑いを浮かべる。
正直、当時はこんな生活がいつまで続くのかと頭を抱えた。正直何を話しても逆に状況が悪くなる未来しか想像できず、口を閉ざすことしか出来なかった。倉橋柚奈などは、せめて一緒の飛行機に乗っていた人の家族にだけでも伝える方法がないかと考えていたようだったが・・・。
結局、徐々に報道陣や野次馬は減り、今ではほとんど見かけなくなったのだ。
「最近も変なニュースはいっぱいやっているしなぁ・・・。俺らにとってはある意味助かったのかもしれないけど」
「確かに。不謹慎だけどね」
遥香がそう同意する。
「変なニュースかぁ・・・今だとあのストーカー事件!あれ怖いよね~」
「確かに。碧とかモテるんだから注意しなよ?」
「いやいや~それは遥香ちゃんでしょ?」
二人がお互い謙遜・・・もとい褒め合っている。
まぁ外見で考えれば十分に整っているといえるだろう。望まない好意を寄せられることもあるに違いない。しかし、戦乱の異世界を生き延び、先程も魔法で強化された想夜を簡単に御した女達だ。
「・・・お前らは大丈夫だろ」
「うん?」
「はぁ?」
想夜の一言に2人は明らかに怒気を含んだ表情を浮かべた。微妙な作り笑顔がとても怖い。
「あ、いや、決して可愛くないとかそういう話ではなくてですね」
想夜は手を振り、慌ててフォローしようとするが、返ってきたのは心底飽れたといった遥香の顔だった。碧は横で微妙に苦笑いを浮かべている。
「そういうことじゃないから」
「う、すいません」
正直どういうことかは、ちゃんと分かっていなかったりしたのだが、とりあえず頭を下げる。処世術というやつだ。
一応今度調べておくか、と想夜は心の中で付け加えておく。2度目は許されない可能性が高いだろう。
だんまりすると微妙な雰囲気になりそうな気がしたので、想夜は話題を変えることにした。
「・・・そういや変なニュースといえば連続火災?テロ?事件だっけか。あれも全然犯人みつからないよな」
「ああ・・・あれね」
遥香が思い出すかのような仕草をしながら軽く頷いた。
テロなのではとも噂される連続火災事件。半年ほど前から各地で起き始め、火元が特定出来ていないらしい。当初それほど報道の扱いが大きかったわけではなかった。しかし件数が増え、さらに原因が特定されないということで、一時期ニュースなどで色々と目にするようになった事件だ。
今は下火だが、火事があると『またもや火事が』と報じられることもある。
「例えば、ああいうやつって魔法とかを使って犯人見つけられないかなーとか思うんだよな」
「え?どういうこと?」
遥香が訝しげに聞き返した。隣の碧はというとキョトンとした表情だ。
「いや、魔法ってなんなのかな~って最近よく思うんだよな。時間がたっても使えなくなるわけでもないし、今後どう向き合ったらいいのかとかさ。2人は考えたりしない?」
「・・・まぁ、それは・・・私も考えることあるけどさ。でも使えた所でっていうのもあるし、普段はあまり考えないようにしてる。碧はある?」
「ん?う~ん・・・私もあまり考えないようにはしてるけど、向こうの世界は今どうなってるのかな?とか、そういうことは良く考えちゃうかな。こっちでっていうのはほとんど考えたことない・・・かな」
「そうか・・・まぁそうだよな~」
2人の言葉を聞いて想夜はなんとなしに空を見上げる。
そこには雲の少ない青空が広がっていた。空の色はあの異世界とほとんど変わらないように思えた。
発達した科学は魔法と変わらないとか言ったのは誰だったか。確かにこの世界で生活する上で特別なことがなければ魔法の出番などないのだろう。
そして自分達は偶然異世界に行っただけのただの高校生で、特別な人間でもないのだ。・・・少々世間を騒がせもしたが。
「高ノ瀬くんは魔法をもっと活用したいって思っているの?」
碧がそういって軽く首を傾げた。
「いや・・・どうだろうな。ただなんというか・・・毎日モヤモヤしてるんだよな。落ちつかないっていうかさ」
「・・・まぁ分からなくはないけど」
遥香がどこか困ったような表情で言った。隣の碧も似たような表情をしている。
想夜は自身のどうにも思考がまとまらないこの感情が、おそらく自分だけではないんだろうなと察した。
「・・・とりあえずはもうしばらくこれを続けていくしかないか」
「そうだね」
「うん」
想夜の言葉に2人が軽く頷いた。
正直この世界での魔法の使い道はよく分からない。かといって魔法をなかったことにはまだ出来ない。魔法だけではない。なかったことにするにはあの世界での日々は・・・色々なことがあり過ぎた。なぜ飛ばされたかも、なぜ戻れたのかも分からない異世界。
また・・・がないとも言いきれない。
知っている人間同士、情報を共有するという名目で安心感を得る。そんな集まりはまだまだ当分必要そうだと、想夜は内心ため息をついた。