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 1学期の中間テストの最終日。


 今日は午前中のみで学校は終わりである。高ノ瀬想夜はクラスメイトからの誘いを断ると、10分ほどかけて正門までの下り坂を歩き学校を出た。駅へと向かう途中、牛丼屋でお昼を軽く済ませると1人電車に乗り込んだ。


 目的の千日市駅までは、電車を乗り継ぎ40分~50分程度だろうか。

 通学時間と比べれば格段にゆったりとした車内で椅子に腰かける。想夜がぼんやりと窓から外を眺めると、おそらく光の加減なのだろう、時折自分の顔が窓ガラスに僅かに映っていることに気付く。


 自他ともに認める黒目の大きい印象的な猫目。それを人に言われるのが嫌でいつからかかけ始めた伊達メガネだが、そのおかげで猫目の印象は大分中和されている気がする。

 そんな人生で何度となく抱いた感想に改めて浸っていても仕方がない。


 想夜は視線を車内へと移す。みると乗客の大半はスマホをいじっているか寝ているかだ。さて自分はどうしようかなどと思っていると、一つの吊り広告に目が止まった。


『IL633便の行方について新展開!新たな証言で見えてきた真実とは?』


 とある。おそらくどこかの週刊誌の見出しだろうが、正直久々にみたなーと、電車の揺れでぼんやりとしてきた頭で思う。


 行方不明となったままの機体。不思議なことに何も覚えていないと証言した唯一の生存者である高校生達。そんな衝撃的な事件が起きてから約10か月が過ぎた。


 結局、なんの進展もみせなかったこの事件は、いまや巷で話題になることも減り、こうやってネタのような記事が時々でるだけだ。

 今さら一体どんな新展開があるというのか、多少興味は惹かれたが、電車内では読むことが出来ない。 本屋かコンビニに寄る頃にはおそらく忘れているだろう・・・自分にとってもこの手の記事への関心は格段に低くなっている。


 事件後、あらゆる媒体でどんなことが報じられているか、逐一チェックしていた頃が懐かしく思えてきた。

 まったく・・・紛れもなく現在進行形の話だというのに。


 そんなことを考えながら、久しぶりにその手の話題などについて、スマホであれこれ検索したりしてみる。世間は忘れていても、一部のネット界隈ではまだ話題になっているんだな・・・などと思いながら目を滑らせていると、やがて目的の駅に着いた。


 改札で合流するはずの友人達の姿を探してみるが見当たらない。

 電話でもするかと想夜がスマホを取り出して――ちょうど流行りのコミュニケーションアプリであるRIVERの通知音がなる。表示されたのは《先に行ってるよ》という宝地遥香からのメッセージだ。


「あー・・・」

 薄情なことに自分だけ置いていかれてしまったらしい。学校からここに来るまで、それほど時間を掛けたわけでもないというのに。


「はいはい、了解っと」

 あまり意味のないスタンプを送り了解の意を伝えると、想夜はスマホをしまい目的地に向かって歩き出した。


 目的の場所は“古治の森”という横浜の緑地帯の一角を占める森である。古治の森は広大ではあるが、散策道などもそれなりに整備されており、全くの未開の地というわけではない。とはいえ、ボーイスカウト経験者や近隣住民でもなければ、横浜在住とはいってもさほど縁のない場所である。


 その古治の森までは駅から徒歩15分ほど。ダラダラと話す相手がいなければ男の足なら10分程度で着く。

 そうして歩いていくと次第に雑木林の景色が迫り、両目に映る農村の風景の中を抜けて森の中に入る。森の中を進んでいくと人の気配というものはしだいに無くなっていった。


 この場所にくるのはもう何度目だろうか。最近は月に1回程度だが、想夜にとっては随分と慣れた場所だ。森の中をしばらく進むと、散策小道から少し離れた所に、幹が二股に分かれた木があった。

 想夜達が目安としている木だ。


 周囲に人の気配がないか十分に確認してから散策小道を離れる。目的の二股幹の木に近づいていく。よく見ると、うっそうとした生い茂った木の葉に混じって、奇妙な紋様が彫られた胴板細工が吊るされている。その木の横を通り過ぎ、人の手が入っていない森の奥へと足を踏み入れていく。


 草木を踏みしめながら、奥へ奥へとしばらく歩いていくと、やはり奇妙な紋様の銅板細工が、並び立つ2本の木にそれぞれ吊るされている。

 門をくぐるようにその2本の木の間を通りすぎると、目の前に1人の女の姿が突然現れた。


「遅かったね」

「宝地、わざわざ出迎えありがとう」

 声を掛けてくるボブヘアの小柄な少女――宝地遥香に、想夜は片手を上げてわざと尊大に答えてみせると、遥香はため息を付きつつ明らかに嫌そうな顔を向けてくる。


「そういうのはいいから。もう他の2人は――」

 遥香が言いかけた時、ゴオオという怪獣の唸り声のような激しい風の音にその声が遮られる。風が木々を存分に揺らした後、やがて空間が落ち着きを取り戻した。


「今のは春成か・・・宝地はもう試したの?」

「私はもう終わっているよ」

 遥香が風の影響で細めていた目をゆっくり開きながら素っ気なく答えた。

 少しツリ目気味にアイメイクがなされた目元。昔を思い出し、思わずじっと見ていると「何?」と少し怒気のこもった言葉がとんできた。


「あ~、どうだった?」

「・・・変わりないわよ、いつも通り」

 想夜は誤魔化すように質問したが、返事はやはり素っ気なかった。

 他に答えようがないのかもしれないが。

 

 想夜は「そっか」とだけ答えると、自身のボディバッグから3つの指輪を取り出し、指にはめながら歩きだす。指輪は元々はめていたものと合わせて計4つ。

 指輪は他にもあったが、今日は必要がない。

 遥香は既に外したのだろう。今は1つしか付けていなかった。


 少し歩くとすぐに何やら話し込む2人の男女の姿が目に入った。

 背の高い男の方は久坂翔太朗。バスケ部に所属している長身・筋肉質の男で、美形だが濃い顔立ちに丸刈りという組み合わせはどこか迫力がある。


 その横にいる女は春成碧。大きな一重の瞳が特徴の新体操部所属の少女で、良く笑っており、スタイルもいい印象的な美人といえるだろう。

 ともに長身の二人は並んでも程よくつり合いが取れている気がした。


「よぉ、想夜くん久しぶり~」

 久坂が想夜に気付き手を振ってくる。想夜はそれに軽く答えると二人に近づいた。


「あぁ久しぶり、春成も」

「うん」

 想夜が目を向けると碧が笑顔で頷く。


 同じ学校に通っているとはいえ、想夜がこの二人・・・遥香も含めた三人と話すというのはこういう時だけだ。

 クラスが違うということもあるし、ことさらに周囲を刺激しないためということもある。まぁ元々高校で友達というわけではなかった。女子組同士を除けば、あの世界でも最後のたった2週間、行動を共にしただけの仲だ。


「あとは想夜くんだけだよ」

 そう言って久坂が想夜に促した。


「あぁ、しかし皆早いね。昼飯どうしたの?」

「俺らはコンビニで。俺はこの後学校戻って部活でなきゃだし、2人はどっか行くんだよね?」

 久坂の言葉に女子2人が頷いた。


「・・・これから部活かよ。流石だわ」

「まぁね」

 想夜が割と本気で感嘆の言葉を述べると、久坂が「本業なんで」と笑って答えた。


「じゃあまぁ俺もさっさと終わらせるかな。まずは・・・っと」

 思い切り地面を蹴り上に跳躍すると、常人ではあり得ない数メートルの高さへと自身の体が到達する。やがて重力に引っ張られて身体が落下・・・地面に足が触れる瞬間、今度は横に跳躍。通常の人間の体では起こりえない挙動の体を制御する。目の前に迫った木を蹴り別の木へ・・・そうして思い切り体を動かしても、この程度では息が切れることはない。

 しばらく飛びまわった後、想夜は大きく息を吸い集中力を高める。


「ラルドゥ・ハルワ」

 右手中指にはめた指輪が淡く発光し、起動呪と共に吐かれた息に混じるように、体内の魔力が外へと溢れ出す。

 

 魔力はほんの一瞬想夜の体の前で光球の形を取り、その直後光球が弾けるようにして、周囲を激しく・・・さながら閃光弾のように照らし出した。自分の魔法なので自身が目をやられることはなく、光の中でも周囲を見ることが出来る。3人は当然心得ているようで、しっかり自分達の目をガードしているようだった。

 数秒で光がその力を失うと、想夜は3人に「終わったよ」と声を掛けた。

 3人がゆっくりと目を開けた。


「他はいいの?」

 と一番近くにいた碧が聞いてきた。


「ん?ああ・・・あとの2つはここじゃなくても試せるし」

 想夜は左手に着けた2つの指輪に軽く触れる。一応着けたもののどこか気乗りしない。実際に今ここで試さなくても構わないのだ。適当にどこかで試すかと心の中で呟いた。


 想夜達がわざわざこんな所でしていること。

 それはこの世界でも使えるようになってしまった魔法の検証ということになる。

 とはいえあれから10か月が経過しているのだ。出来る範囲での魔法の検証などはとっくに終わっている。それでもこうして月に一回程度集まって試しているのは、時間の経過と共に、魔力の低下などの変化が起きるのかどうかということだ。


 結果として分かったことは、使える範囲内では現時点まででは特に変化がないということだった。大きな被害が予想される大規模魔法などは、試す場がないからはっきりとは分からないが。


「んー今回も特に変化なしと。じゃあ俺は行くね」

「ん?ああ・・・じゃあまたな」

 手をヒラヒラさせながら、さっさと歩きだした久坂を見送る。そしてしばらくして久坂の気配が消えた。おそらくあの2本の木の間を通り、魔法によってカモフラージュされた空間を抜けたのだろう。術者である遥香は、二股幹の木を過ぎるまで気配を感知しているだろうが。


「2人はどうすんの?この後」

 想夜は振り返り女子2人に声を掛けた。


「夕方に柚奈の所に顔をだすつもりではあったんだけど・・・」

「ちょっと時間が早いよね」

 少し思案顔の遥香に、うんうんと碧が同意した。


 以前はこの集まりにもっと時間を掛けていたのだが、だんだんと短くなり、今日に至っては想夜が着いてからほんの数十分と言った所だ。まぁ自分はこの後も少し魔法を使うつもりではいたのだが。


「倉橋の所か。そういや毎回行っているんだっけ?」

「ん、まぁね。あの子はあまり聞きたくないだろうけど一応ね。この報告まで嫌とは言わないからさ」

「そうか。でもまぁ・・・」

 想夜は言いかけてふとやめた。

 およそ8か月前、夏休みが終わって学校が再開した後のこと。しばらくして5人で集まった時の倉橋柚奈の言葉が思い出される。


 指輪など異世界で身に着けていた魔具を使い、各々がこちらでも魔法が使えるようだと報告しあったあの日。柚奈だけがそのことをそこで初めて知ったようだったのだ。そして言ったのだ、「嫌だ。私はあの世界のことは忘れたい、魔法なんて使いたくない」と。


 魔法をこの世界でも使えるのだと知った時、想夜は不安ながら興奮もした。だがよくよく考えてみれば実際問題として使い道がない。

 攻撃魔法などもっての他だし、補助魔法にしても盗聴器があるから使うのかと言った問題と差がないようにも思えた。

 柚奈の言葉はこんな現状を予期したからというわけではなかっただろうが、いずれその言葉に近い状況になっていくのかもしれない。


「どしたのさ?」

「ん・・・いやなんでもないよ」

 下から覗き込むようにしてくる遥香から想夜は目線を逸らし―――ふと目線を戻す。

「何?」

「時間、あるんだよな?」

「え、まぁ・・・なんで?」

「あのさ・・・組手しない?久しぶりに」

 想夜の提案に遥香は心底嫌そうな顔をした。

 


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