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ブランコ


 いつもより長引いた部活の帰り道は、晩秋ということもあってか真っ暗闇だ。ぽつり、ぽつりと照る街灯もしらじらとして妙に頼りなく、快晴の空はただ濃紺であるだけで風情がない。彩りの薄い住宅街をどれだけ歩いても、冴えた空気の味さえわからない。

 疲れてしまったのか、なんなのか。普段ならば見えるはずの夜道の輝きが、今日だけは見えなくなってしまったらしい。そのことに焦りさえ覚えていた。


 ふと、暗い道の先に、仄かに緑を帯び錆びたフェンスが浮かび上がった。

 立ち寄ったこともない、しかし近所のちいさな公園だった。朝から小学校に通う子供の待ち合わせ場所として使われていたり、夕方にはさらにたくさんの年齢層の子供がはしゃいでいるのをよく見かける、名の知れないありふれた公園である。今はもう夜ともあって不気味なほどに人気はなく、ただでさえ頼りなかった街灯もそこにはないから闇も深く。ちょっとしたホラーにありそうなシチュエーションだなあ、とは思ったけれど、私の足は不思議とそこで留まる。

 私は目が悪い。だから、こんな暗がりにあるものなんてよく見えない。

 それでも流れるかすかな微風に誘われて、夜の公園へ踏みいった。


 自分がなにをしたかったのかはよくわからない。

 ただ、手探り足探りで遊具を探り、景色の見えないままブランコを探し当ててそこに腰を落ち着けた。


 目の前に広がる黒い街並みと濃紺の空が、とつぜん大きくなったような気がした。広く閑散とした闇の中には冷たい夜風が舞い込み、吹き去り、この場の私の孤独を浮き彫りにする。風とともに世界は昼間の思い出をそれは楽しそうに語らっている。

「夕方にね、こんな面白い子供たちが来たんだよ。この場所で、夢中で友達と笑い合っていたんだ。」

 そんなふうに。

 そうして、なにか言葉にはとても言い表せない感覚が私の心を寒がらせる。寂しいのではなくて、痛いのでもなくて。でもそれに近い。苦しい。逃げたくなるけど、ブランコの鎖を握る両手は力を強めるばかりで。


 思い出したことがあった。

 むかし、私がまだ小学生で、遠い街に住んでいたころ、家のすぐ近くにちょうどこんな雰囲気の公園があったこと。私は小さな頃からずっとブランコが大好きで、一人でもいつまでも揺れて歌ってはしゃいでいたこと。遊ぶ子供たちをいつも見守るこんな風がまるで母の愛のようで、安心して身を任せていたこと。

 懐かしい記憶だった。


 ほんの少し、座るブランコを揺すってみる。昔のように豪快に90度も揺れたりしない。落ち着いて座っていられる程度に、前へ、後ろへ。ざざっと靴底が滑る。

 楽しげに語りを続ける風が、制服を着た場違いな私をも寛容に受け入れてくれた。


 ここはとても優しい場所だ。


 あまり公園に長くいると、学校からお咎めを食らいそうで怖いから、すぐに立ち去ることにする。

 柔らかく冷ややかなこの場所は、たぶん沈んだ顔をしたままの私を、笑顔で送り出してくれる。

 それがやっぱり苦しくて、早足になって帰路を急いだ。


 街灯の白さが、先程よりかは明るく見えた。





2016年10月28日

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