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ひざしの街


 夏が終わるまでの私は晴れた日には日傘を使うようにしていたのだけど、残暑の気配さえすっかり消え失せた今となってはさすがに暑い日差しを遮る必要もなく、傘を持ち歩かなくなっていた。


 今日のぶんのテストを午前中に終えてさっそく次の日に備えるため帰路につこうとした私は、靴を履きかえ薄暗い昇降口から外を見て、あからさまに顔をしかめた。そこには私と同じく帰ろうと歩む生徒たちがひしめいていた。それは別によかった。ではどうしてこの光景を煙たがったかといえば、彼らの足元にくっきりとした黒い影が短く伸びているのを目にして、今日の日差しの強さを悟ったためである。

 私が日光浴を嫌う理由はひとえに暑いからに他ならない。暑さは私の天敵というか大敵というか、ともかくもお近づきにはとてもなりたくない代物なのだ。ああ、油断していた。10月中旬ともなってこんなにも太陽が本領を発揮してくるなど思いもよらなかった。傘なしで外に出てみると、予想通り初夏くらいの熱を秘めた陽の光が冬服である厚手のブレザーの肩へと突き刺さってきた。

 率直に言って、やっぱり暑い。

 テストの疲労もあってか心なしかげんなりして、ブレザーを脱いで畳んで鞄に押し込む。そうすると、すうっと暑さは和らぎ、暖かいという程度の風を感じて私は息をつく。うん、このくらいがいいな。納得して、いつもの帰路へ歩みを進めた。


 入学した今年の春先からずっと日傘を愛用していたせいで、これだけまばゆい日差しの元でこの通学路を歩くのは、おそらく今日で初めてになる。

 横から目を焼く日光に目を細め、家々が落とす影に入りながらに辺りを見回した。これはもう癖のようなもので、何か面白いものがないか……たとえば、秋風に巻かれてくるくる回る枯れ葉だとか、昨日までは持ちこたえて今日からは裸になった木々の枝のそそり立つ姿だとか、アスファルトに複雑な影を描く細い光の筋だとか、そういうものを探して楽しみながらに歩く。これが存外に楽しいのだ。全く同じ道を全く同じように毎日往き来していても、探せば探すほどに景色は目まぐるしく移ろい、その時々にしかない姿を見せてくれる。そうして今日も、見慣れた通学路に見慣れない模様を見つけようとしたのだ。


 いやいや、とんでもない!


 眼前にあったのは、普段見つけるような、複雑でささやかな季節の移ろいなどではなかった。私が目の当たりにしたのは、とにかく目に鮮やかな青い空と街並み。圧倒的にいつもと違う、家や草木や通りすぎる自転車、ゆったりと宙を旋回する鳥、灰色に青が滲む道路。

 鮮やかなのだ。強い、強い日差しに当てられて、青も赤も黄色も緑も、見たことがないくらい、明るく映え。


 なんて力強い!


 歓声を上げたい気分になった。今まで日差しを避け続けた私が、その魅力に目覚めた瞬間とも言えようか。明るい。明るい。なんということだろう。あんなにも青い空に、こんなにも彩り深いアスファルトに、これまでに出逢った経験があっただろうかと、疑ってしまうくらいの衝撃を受けた。

 きっと、余り物の残暑が今日にやってきたのも、テスト期間だったために真っ昼間にこの道を見られたのも、とても綺麗な秋晴れで空が濃く色付いたのも、私が日傘を持っていなかったのも、すべてが偶然だったろう。それにしたって、これらはとても幸せな偶然だった。

 先程までげんなりしていた私はどこへやら。

 今日はいい日だ。そう心の中で呟いた。


 どうやら、春先くらい、日傘を畳んでみてもいいらしい。






2016年10月18日

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