ブラックコーヒー
初めてブラックコーヒーを飲んだ。
今日はなんだかいつもよりも視界が暗い気がして。理由はわからないけれど、朝から眠くて。
学校帰りに自販機の前に立ったとき、買ったこともない80円の缶コーヒーに目が止まったのだ。
一口ずつ、強い苦味と酸味を噛み締めながら、ゆっくりゆっくり飲み込んで。
左手に缶を、右手にキャップを持ってふらふらと家路を行く。
視界は暗いまま。
でも頭だけは冴えたから、頬に当たる風の感触が妙に鮮やかに身に染みる。コーヒーを口に含む間は、言葉を使わずに、ずっと何かを考えている。
傾けると缶の中でかすかに揺らぐ水の音が、耳に残った。
私は紅茶派だ。やさしく深みのある味には安心感を覚えるから、紅茶が好き。
でもこの一瞬だけ、コーヒー派の人の気持ちがわかった気がした。
安っぽい、苦くて酸っぱい、心を刺すような香りにあてられると、見つけたい何かに手が届きそうで。
言うなれば、紅茶は目を逸らさせるもの。コーヒーは目を向けさせるもののように感じたのだ。
さすがに慣れないから、なかなか飲み終えられず、重い缶を持ったまま玄関扉をくぐり抜けた。
風が止む。目を上げる。すると、とっちらかった室内に溶け込むように、急に思考がぼんやりとしてくる。無造作にテーブルに缶を置いて、いつものように意味もなくPCの前に座り。
はっと気がつくと、冷めきって冷たくなった安いコーヒーがちょこんと座って私を待っていた。
口に含む。また何かを考える。
衝動的に、コーヒーを電子レンジに突っ込む私がいた。コーヒー好きの人たちには怒られそうな所業だと思う。でも、冷たいコーヒーはなんだかとても寂しかったのだ。
温め直したそれを一気にあおって思うことは一つだ。
やっぱり不味いなあ。と。
初めてのブラックコーヒーは不味かった。私が紅茶派なのは揺るがない。
でも、たぶん、これからはたびたびこの不味さにお世話になるのだろう。
2016年9月20日