毒杯と犀の角
「で、これが今回の報酬か」
「はい。という訳で、今回はこれに免じて雑用だけは勘弁してくれませんか?大体、私でなくとも店にいる従業員で事足りるでしょうに…」
「まぁ、あれも使い勝手は良いが物分かりが良すぎてつまらん。やっぱり葵、お前くらいだよ。俺に面と向かって文句や手に足を出して向かって来るのは。そこが面白いんだからしょうがないだろう」
「はぁ…で、どうですか?味の方は。美味しいですか?」
「美味い。間違いなく本物のまたたび酒『美猫』(びびょう)だ。しょうがない。これに免じて今回は雑用だけ勘弁してやる。だが、今度の定例会には出席してもらうぞ」
「……了解しました」
「それじゃ、これは貰って行ってやる。また何かあったら連絡しろよ」
先日連絡をし、その情報網で今回も助けてもらった玲が店を出ていくと、葵は大きく溜息を吐いた。若干大げさだが、それでも先程言っていた定例会に出席となると、雑用より面倒かもしれないと思ってしまうのでそこはしょうがないだろう。
一先ず今日は、店に客が来る様子も無いし、帰ろうかと支度を始めた時だった。
店の入り口に掛けている、朱塗の鏡が淡く光り始めた。
「今日位は早く帰りたかったのに…よりによってヤコ様とか…お酒…も、きっと無くなるわね」
取り合えず神様であるシロガネノヤコがやって来るのであれば、頂いた報酬も空になるだろう。葵は諦めて、店の奥からグラスを二つ持って来るのだった。
「此度は見事だったな。時雨も喜んでいたぞ」
「そうですか。それは何よりです。桜花さんも良かったですね」
「あぁ。長い間苦しんでいたからな。今度二人で挨拶に来ると言っていたぞ」
「それは、楽しみです」
ちびちびとだが度数の高い酒に、葵はほろ酔い状態になって来た。
儚く笑う桜花の姿が脳裏に浮かび、ふと笑みがこぼれる。
元の出自が高貴だからだろうか。彼女には儚げな容姿とは裏腹に、どこか芯のある瞳を持っていた。その瞳は、たった一人を想い、けれど守ろうとする強さがあり、凛としていて葵は一目見て気に入っていたのだ。猫又の時雨は、玲を思い出すので苦手だが。
御代は時雨の使い魔が持って来たので、あの夜以降二人に会っていなかった。
そんな二人を思い出していると、ヤコ様が話し始めた。
「して、葵は時雨に何をしたのだ?毒婦と呼ばれる桜花と契っても死なぬという事は、桜花の毒が効かなくなっているという事。いくら奴が力ある大妖だとしても、毒が効かないという訳ではないからな。本来の婿探しでは無く、葵は何を探していたのだ?」
面白そうに、ヤコ様は口角を上げる。どうやら、これを聞きたかったらしい。
別に、話して損をする事など無いので、葵は時雨に何をしたのかを説明する事にした。
「探していたのは『犀の角』です。正確にはユニコーンの角ですが。昔、鴆という鳥がいたのをヤコ様はご存知ですか?」
「あぁ、その羽根を酒に浸せば毒と変わり、味は変わらず匂いもしない。防ぐ事が出来るのは犀の角で出来た杯だけ、という毒を持つ鳥の事だろう。」
「そうです。元々、この犀の角で出来た杯に毒を解毒する効果はありません。人が知っている犀ではダメなんです。鴆の毒も、桜花さんの毒をも解毒出来る物。それがユニコーンの角だったんです」
「なるほど。犀は、鴆の毒を解毒出来るという噂で随分乱獲されたものだがな。あれはどこかが間違っていたのだな」
「はい。鴆の毒を解毒出来るのは、犀の角を持つユニコーンが必要だったんです。ユニコーンは『一角の獣』その角が犀の物であれば、どんな毒も解毒してしまう薬に変わるのです。あとは、それを水に溶かし満月の晩、月を水に映せば解毒薬の完成です。それを飲めば、あらゆる毒を瞬時に解毒してしまう体質に変わります。」
「ふむ。それで時雨が桜花と契っても死なないという訳だな。して、いつから桜花と時雨が惹かれ合っていると気付いたのだ?」
「始めからですよ。大体、毒を持つグラスなど、常人であれば買いません。それを買い取り娘のように可愛がっていたとなれば、それはもう愛していると言っているようなものです。桜花さんも、そこまで愛情を掛けられていながら嫁に行こうとしていたのも、時雨さんを愛し守りたかったからですよ」
その言葉にヤコ様はくすくすと笑いながら、自分の持っているグラスを照明に翳し、その反射する光を楽しんでいた。
葵も酒とグラス越しに見える光に、綺麗だなと思いながら、今頃長年の想いを確かめ合っているだろう二人を思い、そっと乾杯と呟くのだった。
これにて桜花と時雨のお話は終わりです。次回はどうしようか…もう既にネタが尽きかけています…