迷惑な父親
どこの世界にも、迷惑な父親というものは存在するらしい。
葵は、目の前で必死に一つのグラスを持ち頭を下げる和服の男を見てそう思った。
「どうか、この娘に似合いの婿を探してきて頂けないでしょうか?!色合いも形もどこを取ってもこの娘に敵う者はいないでしょう。どうか、貴方様のお力をお貸し下さい」
「何度も言ってるが、私は結婚相談所じゃないんです。見つけたければ御自分でお探し下さい。それに・・・私にはガラス食器の知り合いなどいませんので」
「そこを何とか!白銀様は此処を頼れば万事上手くいくと言っておりましたし、私も高齢です。もう長くはないでしょう。ですからその前に一目、この娘の花嫁姿を見ておきたいのです。どうか、どうかお願いいたします」
自称高齢という男は、葵から見ればまだ三十手前から中頃にしかみえない。しかし、彼が此処を訪れたのは夕方十八時を過ぎた頃で、しかも店の入り口付近に掛けている鏡の中からのご登場だった事を考えれば、もう百年位は生きている『何か』なのだろう。
チラチラと見えている尻尾から推察するに、きっと元は猫だ。
長くゆらりゆらりと揺れる尻尾は見ていて飽きない。大の猫好きである葵は、その尻尾に釘付けである。
その尻尾も今は力無く下に垂れ、男の頭は下がったまま。だんだんと、何だか自分が悪いような気がしてきた葵は、しょうがないと一言呟いた。
「しょうがないですね。このガラス食器のお嬢さんに似合う婿を探してきましょう。勿論、御代は頂きますので、次の連絡までに揃えておいてくださいね」
「御代は如何程・・・?」
「御心次第・・・でいかがでしょうか」
「分かりました。それでは、色よい連絡をお待ちしております」
それまでの迷惑な姿から一転、男は優雅に一礼すると鏡へと歩き出した。やれやれこれで迷惑な客が帰ると安心していたのが悪かった。
あぁ、そうでした。そう言って去り際に男が言った一言は、少しばかり葵の予想を超える言葉で、うっかり手に持っていた携帯を床に叩きつけさせるものだった。
「この娘は、その昔華族と呼ばれる人間達が使っていたグラスでして。この娘と口付ける者は全て、愛しいも憎いも関係なく死んでしまうのですよ。ですから、添い遂げられるような男をぜひ探して頂きたいのです。それではご健闘お祈りしております。葵さん」
にっと口角を上げた猫は、間違いなくSだ。しかもドが付くSだろう。
葵は叩き付けた携帯を手に取り、もう一人のドSへと連絡をする事にした。
あのように葵をからかい半分、試験半分という者は何も猫の男が初めてではない。
そういう時は、あのもう一人のドSが持つ情報網を頼るのが一番の早道だという事は学習済みである。
まぁ、多少連絡を取るのは、いや、頼るというのは御免被りたい所なのだが、このまま『やはり出来ませんでしたか。所詮人間風情、しょうがありませんね』と見下されるのも癪である。
それに比べれば、一週間からかい倒され、馬車馬のようにこき使われる事ぐらい・・・軽い物だ。
そう決意し、何故だかアドレス帳の一番上に登録されている男へと、電話を掛けるのだった。
(あぁ・・・何て憂鬱なんだ・・・)