開店
駅近くにある、白い外装の洒落たテナントビル。
二階建ての建物の中には、正面から見て一階右側にヘアサロン、左側に雑貨屋、二階右側にナチュラル系の衣類を扱うセレクトショップ、左側にジュエリーショップが店舗を構えており、女性に人気のスポットになっている。
このビルだけで女性に必要な買い物の大半が済んでしまうので人気があるというのも勿論だが、客のお目当ては別にある。
雑貨屋を除く他の店舗は、オーナーが全員無駄にイケメンなのだ。
本当に無駄だと思うくらいに。
しかし、そんな事は一階で雑貨屋を営んでいる葵にとって問題ではない。彼等が客寄せパンダをしている間は店も安泰なので、むしろ大歓迎である。
葵一人しかいない店内は、他の三店舗よりも客数こそ少ないが、収支としては多い位で生活にも不自由は無い。
そんな葵に悩みという物は無さそうだが、実は開店当初から頭を悩ませている問題がある。
問題というよりは『存在』だろうか…
まず一人目は、二階でジュエリーショップを営んでいる『金切 玲』
仕立ての良いスーツを着こなす姿は、どこか危険な香りを纏い、物静かで丁寧な接客姿勢に心惹かれるファンが多いのだとか。葵が持っている彼への印象とは全く異なるが。
この男、暇さえあれば葵をからかいに店にやって来るので、迷惑極まりない。
とはいえ、仕事上必要な存在なので無碍に出来ないのが悩みの種なのである。
そして、最大の問題がこれ。
今現在時刻は閉店から十分後の十八時十分。
店の壁に掛けられている朱塗りの鏡から抜け出てきたのは、白銀の髪を靡かせ豪奢な着物を着崩した花魁のような女性。頭には髪とお揃いの銀色の耳が生え、後ろには九本の尻尾がふさふさと揺れている。
「また来たんですか…シロガネノヤコ様」
「随分な言い草じゃな、葵よ。わらわのお陰で儲かっているというのにのぉ」
そう葵の最大の悩みの種である存在。それは、所謂『神様』『妖怪』と呼ばれる存在であり、産まれながらに霊感を持っている葵にとって切っても切る事の出来ない存在なのだ。
そもそも事の始まりは、開店当初に金切の勧めで訪れたアンティークショップで、そこで朱塗りの鏡を買い、店に飾ったところ先程の女性が現れたのだ。その時はしまった位にしか思っていなかったのだが、うっかり彼女に口止めするのを忘れていた為、現在では訪れる存在が増え続けている。
曰く『貴方が無くした物お売りします』という噂を聞いて。
最初は一つだった鏡も、今では大小様々ありとあらゆる所に飾られている。いくつかは商品だが、大半はヤコのように鏡を通って来る者達の為にある。
それ以外の存在は、ペイントされたドアからやって来るので、これも増えてきているのでどうにかしたい所なのだが。
とはいえ、先程ヤコに言われたように、この時間の儲けは無視できないものになっている。下手をすれば雑貨屋の儲けより多い時がある位だ。
もう暫くは続けようかどうか、今日も葵は悩み続けるのである。
(それで、今日はどうしたんですか?シロガネノヤコ様)
(ん?ただの暇つぶしに参っただけじゃ。それよりまだ茶は出てこぬのか?葵は気がきかぬのぉ)
(……あぁ辞めたい)
今日も雑貨屋mallowは夕方から賑わいだすのだった。