第83話 「《深緑》を引き抜いたら、世界樹が崩れ始めました」
第83話 《深緑》を引き抜いたら、世界樹が崩れ始めました
唯:「――それから離れて!」
私の声が、地下空間に響いた。
男が振り返る。忘れるわけがない。
ファルを攫って。森で私たちから逃げた、あの盗賊頭。
盗賊頭:「げっ……てめえら!」
男の手には短剣。
足元には、切られた世界樹の根。
そして。もう片方の手が、《深緑のダンジョンコア魔石》を掴んでいる。
唯:「それ、今すぐ離して!」
盗賊頭:「ふざけんな!」
盗賊頭が《深緑》を抱え込んだ。
盗賊頭:「こいつは俺が見つけたんだ!」
唯:「そういう問題じゃない!」
盗賊頭:「俺の獲物だ!」
違う!欲しいとか、欲しくないとか。
今はそんな話じゃない!
ファル:「その魔石を動かさないでください!」
追いついたファルが叫ぶ。盗賊頭がファルを見る。
盗賊頭:「……お前!」
ファル:「その周りの根は、ひどく弱っています! 無理に抜けば根が千切れます!」
盗賊頭:「だからなんだ!」
ファル:「世界樹が死ぬかもしれないんです!」
盗賊頭の動きが止まった。
よし。伝わった?
盗賊頭:「……世界樹?」
男が周囲を見る。巨大な根。
黒く傷んだ表面。
それから。
腕の中の《深緑》。
盗賊頭:「俺には関係ねえ」
唯:「あるよ!」
ないわけないでしょ!
盗賊頭:「こんだけの魔石だぞ!?」
男の目が血走っている。
盗賊頭:「これ一個ありゃ、一生遊んで暮らせる!」
クロエ:「……馬鹿」
盗賊頭:「なんだと!?」
クロエが一歩前へ出る。赤い瞳が男を見る。
クロエ:「……それ持って逃げられると思ってる?」
盗賊頭:「……っ」
男の顔が引きつった。私たちに囲まれている。
前に逃げたときとは違う。逃げ道もほとんどない。
クロエ:「……置いて」
盗賊頭:「く、来るな!」
短剣を構える。
でも。刃先が向いているのは、私たちじゃない。
《深緑》に絡みついた根。
唯:「待って!」
盗賊頭:「近づいたら――!」
ざくっ!
ファル:「やめて!!」
根が一本、切れた。黒く弱っていたせいか。
太い根なのに、嫌なくらい簡単に。
唯:「本当に危ないんだって!」
盗賊頭:「うるせえ!」
ざくっ!もう一本。
レオン:「貴様!」
レオンが剣を抜く。
でも、飛び込めない。
盗賊頭のすぐ横には《深緑》。
その周囲には、今にも崩れそうな世界樹の根。
下手に攻撃したら。こっちが根を傷つける。
それを。あいつも分かったらしい。
盗賊頭:「へ……へへっ!」
引きつった笑み。
盗賊頭:「来てみろよ!」
クロエ:「……最低」
クロエの姿が消えた。
《隠密》。
盗賊頭:「なっ!?」
男が周囲を見回す。その一瞬。
唯:「今!」
私も走る。
距離は近い。間に合う!
だけど。盗賊頭も。
私が向かってくるのを見た。
盗賊頭:「来るなぁぁぁ!!」
短剣を根と《深緑》の隙間へ突っ込んだ。
ぐっ。てこのように。
全体重をかける。
ファル:「駄目ぇぇぇぇ!!」
ぎしっ。《深緑》が。
ほんの少し動いた。
唯:「やめろぉぉぉ!!」
手を伸ばす。あと少し。
クロエも反対側から現れる。
クロエ:「……離せ!」
盗賊頭:「俺のだぁぁぁぁ!!」
男が。思い切り《深緑》を引いた。
その瞬間。絡みついていた世界樹の根が。
一斉に張った。嫌な音。
一本。
また一本。
**ブチブチブチッ!!**
唯:「――っ!」
何本もの根が。一気に千切れた。
《深緑》が外れる。
盗賊頭:「と、取れた……!」
男が尻もちをついた。その腕の中には。
深い緑色の魔石。
盗賊頭:「取れた! 取れたぞ!」
嬉しそうな声。
でも。誰も答えなかった。
ミシッ。小さな音がした。
唯:「……え?」
ミシミシッ。
足元。
世界樹の根が沈んでいる。
ファル:「……そんな」
ファルの顔から血の気が引いた。
次の瞬間。
ズズズズズズズズ――。
空洞全体が揺れた。
唯:「わっ!?」
エマ:「唯!」
天井から小石が落ちる。
一本の巨大な根が傾いた。
それに引っ張られるように。
別の根も動く。壁に亀裂が走った。
レオン:「まずい!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――!!
地面が大きく揺れる。
唯:「ファル!」
よろけたファルを抱える。
エマも根へ掴まった。
スゥが跳ねる。
スゥ:「スゥ!」
唯:「スゥ、こっち!」
スゥを抱き上げる。
その横を。巨大な岩が落ちた。
ドゴォォン!!
唯:「キャピィ!?」
エマ:「唯、上!」
見上げる。岩。
避け――。
クロエ:「……危ない!」
クロエがエマを引っ張る。
私もファルを抱えたまま飛び退いた。
直後。さっきまで立っていた場所へ岩が落ちた。
唯:「みんな大丈夫!?」
レオン:「俺は無事だ!」
エマ:「私も!」
クロエ:「……平気」
ファル:「はい……!」
よかった。でも。
揺れが止まらない。
むしろ。強くなってる。
盗賊頭:「な、なんだよこれ!」
盗賊頭が《深緑》を抱えたまま立ち上がる。
盗賊頭:「聞いてねえぞ!」
唯:「だから言ったでしょぉぉぉ!!」
何回止めたと思ってるの!?
盗賊頭:「し、知るか! 俺は――」
逃げようとする。
クロエ:「……逃がさない」
盗賊頭:「え?」
ドゴッ!
盗賊頭:「ぐぇっ!」
クロエの一撃が男の腹へ入った。
男の身体が折れる。
《深緑》が手から離れた。
唯:「あっ!」
落ちる前に飛び込む。
両手で受け止めた。
唯:「重っ!?」
でも。離さない。
これ以上、何かにぶつけるわけにはいかない。
クロエが倒れた男を見下ろす。
クロエ:「……二回目はない」
盗賊頭:「う……」
盗賊頭はそのまま動かなくなった。
気絶しただけ。今はそれでいい。
ファル:「唯さん!」
唯:「うん!」
逃げる。まずここから出ないと!
だけど。そのときだった。
ファル:「……え?」
ファルが止まった。
レオン:「ファル! 何をしている!」
ファル:「違う……」
ファルが胸元を押さえる。震えている。
ファル:「これ……崩れているだけじゃない」
唯:「え?」
ファル:「世界樹の生命力が……」
ファルが。真っ青な顔で上を見る。
ファル:「急に、弱くなってる……!」
直後。地下深くまで伸びていた世界樹の根から。
緑色の光が。すぅ――っと。
消えていった。
◇
地上。エルフの国を覆うほど巨大な世界樹。
その枝が。大きく揺れた。
風はない。それなのに。
葉が落ちる。
一枚。十枚。百枚。
そして。数え切れないほどの葉が。
空を埋め尽くすように舞い落ち始めた。
精霊の泉。水面の上にいた小さな精霊たちが、一斉に騒ぎ出す。
精霊王:「――っ!?」
精霊王が立ち上がった。
世界樹を見る。その顔から。血の気が引く。
精霊王:「まずい……!」
枝の先から。緑が失われていく。
精霊王:「世界樹が―死に始めている……!」
葉が。また一枚。枯れ落ちた。
第83話 《深緑》を引き抜いたら、世界樹が崩れ始めました 完




