第81話 「探していた《深緑》、世界樹の根っこに埋まってました」
第81話 探していた《深緑》、世界樹の根っこに埋まってました
スゥ:「スゥ……!」
ぶるぶるぶるぶる。
私の腕の中で、スゥが震えている。
向いているのは、ボフマンたちが掘った坑道の奥。
右へ向けると弱くなって。
奥へ向けると強くなる。間違いない。
唯:「この先だね」
スゥ:「スゥ!」
元気よく返事が返ってきた。
……分かってるのかな?
まあいいや。
私はスゥを肩へ乗せた。
唯:「案内よろしく!」
スゥ:「スゥ!」
クロエ:「……たぶん分かってない」
唯:「私もちょっとそう思う」
◇
坑道を進む。昨日まで私が彷徨っていた天然の洞窟とは、明らかに違う。
壁は削られ。地面は平らに均され。
ところどころに魔法の灯りまで設置されている。
唯:「こんな道あったんだ……」
五日間。五日間だよ?
ずーっと出口を探してたのに。
こんな歩きやすい道があったなんて。
クロエ:「……唯がいた場所とは繋がってなかったと思う」
唯:「ほんと?」
クロエ:「……たぶん」
唯:「よかったぁ……」
これで近くにあったら泣く。もう一回泣く。
エマ:「もう泣いたんだ?」
唯:「ちょっとだけ!」
クロエ:「……いっぱい?」
唯:「ちょっと!」
なんでそこ掘り返すの!
先へ進む。しばらくすると、世界樹の根が目立ち始めた。
最初は一本。その次は三本。
さらに奥へ行けば、壁を這うように何本もの根が伸びている。
そして。
ファル:「……ここにも」
ファルが立ち止まった。一本の太い根。
そこに小さな穴が開いている。
近くには、外された細い管。
根の一部は黒く変色していた。
レオン:「さっきの施設と同じか」
クロエ:「……うん」
さらに進む。また穴。
黒くなった根。少し進めば、また。
唯:「……増えてない?」
クロエ:「増えてる」
奥へ進むほど。管を差し込んだ跡が増えていく。
一本に一ヶ所じゃない。
何ヶ所も。まるで何かを確かめながら、少しずつ試していたみたいに。
ファル:「こんなところまで……」
ファルが黒ずんだ根をそっと撫でた。
その表情から、いつもの明るさが消えていた。
世界樹。ファルたちにとって、ずっと国を見守ってきた大切な存在。
その身体に穴を開けられているようなものなのかもしれない。
唯:「……行こう」
ファル:「はい」
今は止まっている場合じゃない。原因を見つけないと。
◇
さらに奥。人工物が増え始めた。
空になった黒い容器。
採掘道具。
木箱。
壁には番号が書かれた札まである。
分かれ道には印が付けられていた。
レオン:「かなり組織的だな」
クロエ:「……長期間使ってる」
唯:「ボフマン、半年って言ってた」
半年。毎日ここで。
穴を掘って。
根を調べて。
報告書を書いて。
人手不足で。
太陽も見ないで。
……。
ちょっとだけかわいそう。
いや。あいつの結界のせいで私は五日間遭難したんだった。
やっぱりかわいそうじゃない。
スゥ:「スゥ!」
唯:「おっと」
肩の上のスゥが大きく震えた。
さっきより強い。
ぶるぶるぶるぶるぶる。
唯:「近い?」
スゥ:「スゥ!」
クロエ:「……それは分かってそう」
唯:「だよね!」
今度は信用する!スゥが反応する方向へ進む。
十字路。左。次の分岐は右。
さらに下へ。
進むほど、世界樹の根が太くなっていった。
黒く傷んだ場所も増えていく。
そして――。
坑道が突然、途切れた。
唯:「……わぁ」
巨大な空洞だった。天井が遠い。
壁も遠い。
でも。
何より目に入ったのは――根。
世界樹の根が、空洞全体を覆っていた。
一本一本が私の身体よりずっと太い。
それが何十本も。何百本も。
地面を這い。壁へ食い込み。
さらに地下へ伸びている。
ファル:「……主根です」
ファルが小さく呟いた。
ファル:「世界樹を支えている、大きな根……」
その声が震えている。
理由はすぐに分かった。傷んでいる。
ここまで来る途中とは比べものにならない。
あちこちに小さな穴が開き。
黒く変色して。表面が崩れかけている根まであった。
唯:「……ひどい」
スゥ:「スゥ!」
突然。スゥが肩から飛び降りた。
唯:「あっ、スゥ!」
ぽよん。ぽよん。
根の隙間へ入っていく。
唯:「待って!」
追いかける。一本。二本。
太い根を越えて。
その奥で――。緑色の光が見えた。
唯:「……え?」
根と根の隙間。深い緑色の光が、静かに脈打っている。
スゥの震えがさらに激しくなる。
スゥ:「スゥ! スゥ!」
私はゆっくり近づいた。そこにあったのは。
大きな魔石。深い緑色の結晶。
透明な内部を、濃淡の違う緑の光がゆっくり巡っている。
その周囲へ。
何本もの世界樹の根が、複雑に絡みついていた。
私は息を止める。
《鑑定》。
《深緑のダンジョンコア魔石》
唯:「…鑑定できた!…あった!」
エマ:「唯?」
唯:「見つけた」
《静青》。
《深紅》。
そして。
唯:「《深緑のダンジョンコア魔石》」
ずっと探していたもの。
もう誰かを無理やり異世界へ呼び出すために使わせない。
そう決めて、ここまで来た。
唯:「やっと見つけた……!」
思わず手を伸ばす。
だけど。
ファル:「唯さん、待って!」
唯:「え?」
手が止まった。ファルが慌てて駆け寄ってくる。
《深緑》ではなく、その周囲の根を見ていた。
ファル:「触らないでください」
唯:「危ないの?」
ファル:「魔石ではなく……根が」
ファルがしゃがむ。
絡みついた根へ、そっと手を添えた。
目を閉じる。しばらくして。
顔色が変わった。
ファル:「……弱ってる」
一本だけじゃない。
《深緑》に絡みついている根の多くが、黒く変色している。
穴もある。
しかもここは、途中で見てきた場所より圧倒的に多い。
クロエ:「……ここを集中して弱らせてた」
クロエが管の跡を調べる。
レオン:「なぜここだけ?」
クロエは答えず。《深緑》を見る。
私も見た。
唯:「……これが邪魔だった?」
クロエ:「たぶん逆」
唯:「逆?」
クロエ:「……これが欲しかった」
あ。そういうこと?
世界樹を枯らすことそのものが目的じゃない。
半年も地下を掘っていたのも。
あちこちで根へ薬を入れていたのも。
全部。
唯:「《深緑》を取るため……?」
クロエ:「……たぶん」
ファル:「そんな……」
ファルの手が震える。
ファル:「たった、この魔石一つのために……?」
私は何も言えなかった。
私だって《深緑》を探していた。
目的は違う。でも欲しかったものは同じだ。
もう一度、《深緑》を見る。
根が何重にも絡んでいる。
結晶の凹凸へ食い込んでいるものまである。
唯:「ファル」
ファル:「……はい」
唯:「これって、《深緑》が世界樹を生かしてるの?」
ファルは首を横に振った。
ファル:「違うと思います」
根へ触れる。
ファル:「世界樹は、この魔石から生命力をもらって生きているわけではありません」
唯:「じゃあ、なんでこんなに?」
ファル:「おそらく……ずっと昔からここにあったんです」
世界樹が育つ。根を伸ばす。
何十年。何百年。
その間に根が《深緑》を包み込んでいった。
ファル:「でも、今は……」
ファルが黒くなった根の一本へ触れた。
ぱきっ。
唯:「……!」
表面が簡単に崩れた。
ファル:「弱りすぎています」
唯:「じゃあ……今これを抜いたら?」
ファルは答えなかった。少しだけ唇を噛んで。
絡み合った根を見上げる。
ファル:「この状態で無理に外せば、根がまとめて千切れます」
嫌な予感がする。
唯:「そうなったら?」
ファル:「……分かりません」
そこで一度言葉を切る。
ファル:「ですが、これだけの主根を一度に失えば――」
新緑色の瞳が揺れた。
ファル:「世界樹が死ぬ可能性があります」
静かになった。目の前には。ずっと探していた《深緑》。
手を伸ばせば届く。
だけど。
唯:「……じゃあ、抜かない」
ファル:「え?」
唯:「先に根を治そう」
考える必要なんてなかった。
唯:「私、《深緑》を持って帰りたいわけじゃないから」
欲しいのはコレクションじゃない。
もう誰かの人生を勝手に変えるために使わせたくないだけ。
唯:「世界樹を殺して持って帰ったら、意味ないよ」
エマ:「うん」
クロエ:「……賛成」
レオン:「俺もだ」
ファルが私たちを見る。そして。
ファル:「……ありがとうございます」
深く頭を下げた。
唯:「まだお礼は早いよ」
私は黒く傷んだ根を見る。
助けられるかどうか。
まだ分からない。
唯:「明日じゃなくて、今から調べよう」
エマ:「私、《浄化》を試してみる」
クロエ:「……管を調べる」
レオン:「周囲は俺が見る」
ファル:「私が根の状態を確認します」
スゥ:「スゥ!」
……スゥは。
唯:「応援よろしく!」
スゥ:「スゥ!」
うん。たぶん適任。
深緑の光が、傷ついた世界樹の根の隙間から静かに漏れている。
探していたものは、見つかった。
だけど――。持って帰るのは。
この世界樹を助けてからだ。
第81話 探していた《深緑》、世界樹の根っこに埋まってました 完




