第1話:頭を打ったら12個の破滅が待っていました
数ある作品の中から目を留めていただき、ありがとうございます!
本作は、頭を打って前世の記憶を取り戻した悪役令嬢エレノアが、
「どうせ断罪されて国外追放されるなら、追放先を最高のリゾート地にしてやろう」
と、入学前から全力で裏工作に励む物語です。
王太子からの婚約破棄? どうぞどうぞ!
聖女からの冤罪? 計画通りです!
本人はセカンドライフのために必死で動いているだけなのに、前世の社畜スキル(マネジメント力・交渉術)のせいで、気づけば隣国の裏社会まで掌握してしまい……?
カン違いが生み出す圧倒的爽快感と、完璧すぎる逃亡準備の裏舞台。
最後にざまぁされるのは一体どちらか、ぜひ最後までお楽しみください!
※お気に召しましたら、評価で応援していただけると励みになります!
痛い。頭が割れるように痛い。
額に手を当てると、ぬるりとした生暖かい感触が指先に伝わってきた。どうやら私は、学園の入学式を翌週に控えた大切な時期だというのに、自室の豪奢な大理石の床で盛大に足を滑らせ、思いきり頭を打ちつけてしまったらしい。
「お嬢様! エレノアお嬢様、しっかりしてくださいませ! 誰か、誰かお医者様をーーっ!」
耳元で、私の専属メイドであるアンが、まるで世界の終わりでも迎えたかのような悲鳴を上げている。
しかし、私の意識は彼女の声よりも、脳内に浊流のごとく流れ込んできた「膨大な別の記憶」に完全に支配されていた。
(……え? 私、死んだの? 満員電車に毎日片道1時間半揺られて、終電まで残業し、休日出勤も笑顔でこなしていた、あのブラック企業の社畜OLだった私が……?)
それは、現代日本というまったく異なる世界で生きていた、前世の記憶だった。
連日連夜の徹夜クロックによる激務の末、デスクの上でカップ麺を啜ろうとした瞬間に意識を失い、そのまま呆気なく24年の生涯を閉じた記憶。それが今、この「エレノア・ヴァレンティ」という15歳の侯爵令嬢の身体の中で、鮮烈に、かつ鮮明に蘇ったのだ。
しかし、驚きはそれだけでは終わらなかった。
前世の記憶がパズルのピースのようにはまっていくにつれ、私は自分が今置かれている状況が、生前の数少ない癒やしとして夜な夜なプレイしていた乙女ゲーム『光と絆の聖歌』の世界そのものであることに気づいてしまった。
そして最悪なことに。
私の名前「エレノア・ヴァレンティ」は、ゲームのヒロインである聖女を苛烈にいじめ抜き、最終的に悲惨な結末を迎える、絵に描いたような**「悪役令嬢」**のそれだった。
(嘘でしょ……? なんでよりによって、あのエレノアなのよ……!)
私はどくどくと不快に脈打つ頭を押さえながら、ふかふかの天蓋付きベッドに横たわり、必死に記憶の引き出しをひっくり返した。
このゲームにおけるエレノアのルートは、一言で言って「全方位地獄」だ。しかも、シナリオの分岐やプレイヤー(ヒロイン)が選ぶ攻略対象によって、その破滅のバリエーションが異常に豊富だったことで知られている。
私は脳内で、エレノアに用意されたエンディングを指折り数えてみた。
王太子に婚約破棄され、平民に落とされて路頭に迷う。
ヒロインへの嫉妬が狂気へ変わり、国外追放。
実家の侯爵家が連座で取り潰され、財産没収の上でお家断絶。
追放先へ向かう途中で、野盗に襲撃されて行方不明。
ルートによっては、逆恨みした暗殺ギルドに命を狙われ闇に葬られる。
隣国の悪徳奴隷商人に騙されて売り飛ばされる。
狂信的な宗教組織の生贄にされる。
……などなど、ざっと思い出すだけで12個もの破滅フラグが、私の未来にびっしりと地雷のように埋め込まれているのだ。どれを踏んでも、待っているのは悲惨な死か、それに準ずる絶望である。
「お嬢様、今すぐ医師が参ります! どうか気を確かに、目を閉じないでくださいまし!」
本当に泣き出してしまったアンを、私はガシッと力強く、しかし気品を保った動作で呼び止めた。
「待って、アン。私は大丈夫よ。少し……そう、少し頭がハッキリしただけ。だから叫ぶのをやめなさい」
「え……? でも、額から血が……それに、なんだかお嬢様の雰囲気が、いつもと違うような……?」
アンがパチパチと大きな瞬きをして固まっている。無理もない。昨日までのエレノアといえば、高慢で我が儘、ドレスや宝石の新作、そして婚約者である王太子セドリック殿下のことしか興味のない、典型的なお脳がハッピーセットなお嬢様だったのだから。
だが、今の私には前世の「修羅場をくぐり抜けた社畜OL」の魂が宿っている。
予測される特大のリスク(12個の破滅)を前にして、泣き寝入りするなど元営業部のエースが許さない。ピンチに陥った時、ビジネスウーマンが真っ先に確認すべきは「動かせるキャッシュ」と「安全な逃走ルート」だ。
(まともにヒロインや王太子たちと関わったら、シナリオの強制力で負けるわ。だったら、最初から断罪されて国外追放されることを『前提』にして、今から完璧なセカンドライフの準備を始めればいいじゃない!)
そう、私にはまだ時間がある。学園生活が始まるのは来週からだ。ゲームのシナリオが本格的に動き出す前に、やれることは山ほどある。
「アン、今すぐ私の個人資産の帳簿と、我が侯爵家が懇意にしている商会のリスト、それからこの国の最新の領地開発マップをここに持ってきてもちょうだい」
「は、はい……え? ちょ、帳簿と……マップ、ですか?」
「ええ、大至急よ。それから、医師には『ただの貧血だったから来なくていい』と伝えてちょうだい。時間が惜しいわ」
「は、はいっ!」
主の豹変ぶりに怯えつつも、優秀なアンは数分で指定された書類一式を揃えて戻ってきた。
私はベッドの上に書類を広げ、貪るように数字の羅列を目で追った。前世で毎月徹夜しながらやらされた、競合他社のリサーチや決算書のチェックに比べれば、個人の資産状況を把握することなど赤子の手をひねるより簡単だ。
「ふむ……さすがはヴァレンティ侯爵家。私個人に与えられている毎月の自由枠の予算だけでも、平民の家庭が一生遊んで暮らせる額ね。だけど、これをこのまま国内の正規銀行口座に預けておくのは、リスク管理の観点から言って三流のやることだわ」
もしお家断絶や財産没収のフラグが立ってしまえば、国内の口座は真っ先に凍結される。
ならば、やるべきことは一つ。
(ヴァレンティ侯爵家の影響が及ばず、かつこの国の王権でも手が出せない、隣国の金融ルートに資金を流して『裏口座』を開設する。うん、これしかないわね)
さらに、追放された後に身を立てるための専門知識も必要だ。
幸いなことに、設定上のエレノアは性格こそ最悪だが、魔力だけは無駄に国最高峰というチートスペックを持っていた。この豊富な魔力と、前世の理系知識(大学は化学専攻だったのだ)を組み合わせれば、この世界にはない実用的な「新薬の処方」や「魔導建築学」の技術を爆速で習得できるはずだ。技術さえあれば、どこの国に行っても引く手あまたである。
「よし……方針は決まったわ」
私は不敵な笑みを浮かべた。その表情は、かつて無理難題なプロジェクトを前にして「競合他社を徹底的に叩き潰してシェアを奪うわよ」と裏ルートの手回しを始めた時の、敏腕営業ウーマンそのものだった。
「私は私のために、この12個の破滅フラグを全てへし折る。……いえ、むしろフラグを逆手にとって、追放される頃には誰も文句が言えないほどの『理想のパラダイス』を裏で作ってやるわ! 見ていなさい、バカ王太子!」
「あ、あの……エレノアお嬢様? お顔が、その……完全に悪の組織のボスのようになっておられますが……」
ガタガタと震えるアンを完全にスルーし、私は高級な羽ペンを執ると、羊皮紙に「国外逃亡&セカンドライフ軍資金洗浄計画」を猛然と書き殴り始めた。
まずは、明日一番で身分を隠して下町の商業ギルドへ向かい、信頼できる「裏のパイプ」を探す。
これが、後にこの国の歴史を裏から大激変させ、隣国の裏社会までをも震え上がらせることになる、元悪役令嬢エレノアの、必死すぎる生存戦略の第一歩だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
第1話からエンジン全開で裏工作を始めたエレノアですが、ここから彼女の「社畜スキル」が異世界で大暴走していくことになります。
始まったばかりの本作ですが、皆様の率直なご感想をお待ちしております!
「元OLの行動力が凄すぎる」「こんな展開が見てみたい!」「アンちゃん頑張れ」など、どのようなコメントでも頂けると執筆の励みになります。
それでは、第2話でお会いしましょう!




