11 アニー
オークの戦いからさらに何日か旅を続け、ようやく小さな村へたどり着く。
小さな村といっても、それなりに物はそろっているといい、王都から離れた辺境の村としては少し意外な規模だ。
それもそのはず、この村は隣の国との国境近くにあり、王国側の大都市より隣国の都市からの輸送ルートの方が近いため流通の恩恵をもたらされていた。
隣国は友好国であるためその規模も小さく便宜的な物ではあったが、国境に面する村という事で兵士の詰めている砦が近くにあるという。
この村にレクターの目的の場所があった。
村のはずれにある小さな店だ。
馬車を止めると、レクターは御者とカエスに宿をとるように言い仁那を連れて店の中に入っていく。仁那が店の前にぶら下がっている看板を見ると、「薬」と一文字だけ書いてある。どうやら薬屋のようだった。
店内はレクターの屋敷の地下室でも嗅いだような薬草のにおいなどが漂い、薄暗く、天井の魔道具が弱弱しく灯り店内を何とか照らしていた。日光で劣化する薬もあるのだろうか、窓という窓が黒い布で止めてありわざと薄暗くしているようだ。
店の中は少し広めの場所に小さなテーブルと、それにセットになった椅子が二つ置いてあり、老人が一人椅子に座っていた。
仁那が店の中を見回せば、周囲はゴチャゴチャと大量の荷物が山のように積み重なっている。
その混沌とした状態に仁那が驚いていると、椅子に座っていた老人が声を掛けてきた。
「いらっしゃい」
「ああ……店主はいるかい?」
「奥で薬の調合をしてるよ」
「……そうか」
どうやらその老人は店主とは違うようだ。レクターは奥に声をかけることなくジッと待つことにする。なんとなく漂う緊張感に仁那もジッとレクターの横でおとなしくしていた。
やがて奥から出てきた老婆は、チラリとレクターの方に目をやりながら座っていた老人に声をかける。
「出来たよ。一日一回。ちゃんと飲むんだよ」
「ああ……ワシの仕事なんぞこれを飲む事しかないからな」
「なに言っておるんじゃ。あたしより若いんだろ? シャキットしなっ!」
「ははは。それを言われるとな」
「また薬が終わったら来な」
「ああ、ありがとよ」
老人は薬の代金を払うと、そのまま店を出ていく。チリンと、戸についた鈴の音が店内に響いた。
店主はジロリとレクターを睨みつける。
「……で、なんじゃ?」
「お、おお……そうじゃな。この子を預かってほしくてな」
そう言いながら後ろにいた仁那の背中を押すように前に出す。
老婆は興味もなさそうに仁那を一瞥すると再びレクターを見る。
「いらんよ。帰りな」
「いやいやいや違うんじゃって」
「何が違うんじゃ。メイドなんか連れてきおって。あたしはまだ介護なんか必要ないんじゃ。帰ってくれ」
老婆は取り付く島もなくレクターを追い出そうとする。
「も、もう姉ちゃんも自分が思う程若くはないんじゃよ」
「はっ! だからメイドか? そんなのワシが必要と思うのか?」
「確かに姉ちゃんが一人というのは気になっているんじゃが……」
「大きなお世話というものじゃ」
「でも今回は違うんじゃよっ。姉さんの面倒じゃなく、この子の面倒をお願いしたいんじゃ」
「どう取り繕っても何も違わないよ。あたしは一人で十分なんじゃ」
「いや、本当にこの子の面倒を頼めるのは姉ちゃんしかいないんじゃよ」
「ふん。可愛い子じゃないか、何処でも喜んで受け入れてもらえるじゃろ」
「それが……そうもいかない事情があってじゃな」
「あ? 事情?」
「ああ……この子は召喚者なんじゃ」
「……何?」
召喚者の言葉でようやく老婆の勢いが止まる。召喚者がこんなところでレクターに連れられている。それだけで普通じゃない事が分かる。老婆はいぶかし気に仁那を見つめた。
レクターはそれを見てやれやれと話を続ける。
「少し前に召喚の儀があってな。この子と数人の召喚者が呼ばれたんじゃ」
「そういえば、そんなニュースがあったな。……それで?」
「この子は召還時に瀕死でな、もう死ぬところじゃった。教会は他にも複数の召喚者が居たからな満足しておったのだろう、もう治癒魔法でどうにかなる状態でも無くてな、この子は破棄する方向で話をしていたのでワシが貰って来て治療をしたんじゃ」
「なんと……」
仁那を見る老婆の目が変わる。
「……こんな子を、破棄か?」
「教会としてはもう十分な取れ高が確保したからな。そうなるのじゃろ。神の果実だって数年に一度しか採れない貴重なもの。まあ何よりこの子を蘇生できるとはだれも予想なんぞ出来んじゃった」
「ふむ……魔力はあるようじゃが?」
「そこなんじゃ、問題は。もう使えない部分が多かったから色々足したんじゃ。それこそ血液もな殆ど失っておったから」
「……ん? ……何の血液を使ったんじゃ?」
「ま、まあ……色々とな」
「色々とは?」
「えっと……」
「……竜か?」
「へ?」
「召喚者にこの世界の人間の血を補血出来るかもわからぬ。魔物の血は難しいとしても、聖獣の類なら……お前の所には賢者の石の依頼が紛れ込む……竜じゃろ?」
「ははは……」
「……まったくもってお前は無茶をする……だがそれくらいしないと助からなかったのじゃな」
そう言いながら、仁那の手を取り皮膚をさする。仁那はビクリとするが、老婆の顔は先ほどとは違い穏やかだった、何かを確認するように触っているようで、そのままにさせる。
「魔力を持ってしまえば神の果実は口にできん。神の果実を口にしていない召喚者は……危険な異邦人か……ホムンクルス技術も使っておるな?」
「……少しな」
「少しか? 何をした?」
「いや、ちょっとだけ身を守れるようにしたくらいじゃ」
「ちょっとだけ? あの王子の様にか?」
「はっはっは。あれはプロトタイプじゃ」
老婆はレクターを問い詰めていく。仁那はおとなしくそれを聞いていたが、どうやら自分の変身する能力に関する話だと気が付き思わず尋ねる。
「王子の様に?」
仁那の声におや? とばかりに老婆は振り向く。
「そりゃ知らないかわな。以前に魔族との戦いで左腕を失った王子の治療を、こいつがしたんじゃ」
「何か問題があったんですか?」
「ああ、王子の新しい腕を化け物のように変化をするふうにしちまったんだ。……兵士ならまだしも一国の王子だ、国は紛糾したさ。まかりなりにもこいつは大賢者の称号を得る国の重要人物じゃ。こいつを殺すことも出来ず、ホムンクルス技術を使った再生治療の資格をはく奪されたんじゃ」
「え……」
「資格が無くても技術はあるわい」
「ふん……何をした?」
「まあ……それについてはここに書いてある、時間があるときでも読んでくれ」
レクターは誤魔化すようにそう言うと分厚い羊皮紙の束を老婆に渡した。
老婆はしばらくそれを見ていたが、不機嫌そうに受け取り店のカウンターの上に放り投げる。そして仁那に尋ねた。
「名前は何というんじゃ?」
「仁那です」
「ニナか、まあこの国でもその名はあるか。そのまま使っても問題なさそうじゃな」
「お世話になっても良いのですか?」
「ああ、仕方ないだろ。ワシの名前はアニーだ。部屋は……二階の小部屋が空いてる。少し荷物があるがそれを片付ければ使えるじゃろ」
「はい、ありがとうございます」
「あとはあたしに任せな。ほら、帰った帰った」
「お、おう頼んだぞ」
アニーはレクターを追い立てるように店から出す。追い出されながらもレクターは仁那に笑顔を向けて話しかける。
「カエスもニナに挨拶したいと思うからな、明日村を出る前にまた顔を出す」
「わかりました」
そういうとレクターは店から出て行った。
アニーはため息をつきながら、見送り、「じゃあ部屋に案内するよ」と、店の奥に仁那を案内する。
こうして仁那の新しい住居は決まった。




