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Stage.3 これはトカゲですか? 千早雪乃は『残念ヒロイン』

 ドリンクバーの行列が、やけに長く感じる。

 角席で、胃もたれがするくらいお熱いカップルを横目にしながら俺は待っていた。


「ごめーん、待った?」


 目の前で、コーラを片手に席につく女子。

 

「いや、全然大丈夫」

 

 放課後に、ファミレスで女子と二人きり――しかも、『推しのヒロイン』とだ。

 本来なら嬉しいはずなのだ。


「私と(おおや)はね、幼馴染なんだ。」


 グラスの中の氷が、からん、と鳴った。

 草薙凪はストローを指先でくるくる回しながら、どこか遠くを見る。


「小さいころからずーっと一緒でね。家も隣で、親同士も仲良くて……」

「……うん」


 もちろん『アオニジ』を読んでた俺は知っている。

 だから、相槌を打つしかなかった。


「ケンカもいっぱいしたし、何度も『もう知らない!』って言ったけど……次の日には、普通に話してるの」

「……それは、すごい」

「……そう、かな?」


 草薙凪は、困ったように笑った。


「それにね、窓を開けたらすぐ会える関係なんだ……」

「お待たせしました、山盛りフライドポテトです。」


 彼女は、フォークを手に取ると――思いっきり、ポテトにぶっ刺した。

 外で降ってた雨が少し強くなる。


「……ひっ!」


 思わず、店員さんも小さな悲鳴をあげる。


「ご、ごゆっくり……!」

「それなのに! なんだ、あの男は! 鼻の下伸ばしちゃって! もちろん、(いん)ちゃんもすごく大事な友だちだよ?」


 あぁ……ポテトが見るも無惨な姿に……。

 

「てことは……草薙さんは、主人(おもひと)のことが好きなの?」

「え、えへへへ……? それはー……内緒」


 ごめん……本当は知ってる。


「あのね、七瀬くん――女の子にも、種類があるの」

「へぇ、そうなんだ」

「何、その興味なさそうな感じ……まあいいや、それでね? 女の子は、胸が大きいビッチか、小さい清楚系か……」

「へぇ……それで、草薙さんはどっちなの?」

「え? 私? もちろん清楚だよ」


 清楚ならビッチとか言わないのでは?

 あと、俺の中で『草薙凪』は清楚なイメージだから、壊さないでほしい。


「ごめんね、こんな変な話、知り合いにはできなくてさー……」


 え、俺って、知り合いですらないの?

 同じクラスで、同じ委員会なのに!?


「ねえ、七瀬くん。もし、ずっと一緒にいる相手がいたら……それって、特別だと思う?」


 胸の奥が、ちくりと痛む。


 ――違う。

 それは『特別』なんかじゃない。

 『物語の中心』にいる人間にとっての、ただの初期配置だ。

 だけど、そんなことは口が裂けても言えない。


「……思うよ」


 俺は、嘘をついた。


「でしょ?」


 草薙凪は、少しだけ嬉しそうに笑った。

 その笑顔が――痛かった。


「さっ、お会計しよー!」

「お会計、こちらになります。」


 伝票を見て、内心ほっとする。

 870円か。ドリンクバーとクーポンで安くなったフライドポテトだけなら、これくらいだろ。


「それじゃあ、割り勘でいい?」

「うん! えっと……値段は――ひぐっ!」


 草薙凪は、財布を開いて――そのまま固まった。

 おいおい、まさか……?


「えっ……とね……七瀬、くん?」

「草薙さん……? もしかしてだけど――」


 草薙凪は満面の笑みで――


「ごめん……お金貸して!」

「……まじすか。」

「本当にごめんね……お金入れてくるの忘れてた……」


 いや、何してるんだよ。


「……間違えてね、お金じゃなくて――動物園の招待券入れてた……」


 いや、本当になんでだよ。


「必ず返します……」


 発売日にラノベが買えない……それがただただショックだった。

 ただ一つだけいいことがあったかもしれない。

 画面の中で見ていた彼女は、ポテトを刺したりはしないし、お金を忘れたり、人をビッチとは言わない。

 

 だけど、今の彼女がたぶん――『本物』なのだ。

 俺は、本物の彼女を見れたことが幸運だった……そうポジティブに捉えることにした。


 ◇


 それにしても、ちょっと計画が狂ったな……。

 もしかしたら、文芸部の部室にあったりしないか?

 草薙凪とそんなことがあった次の日の昼休み、廊下を歩いていると、1年A組の前で何かブツブツと呟く怪しい人影がいた。


「――さつき……」


 あれは、千早(ちはや)雪乃(ゆきの)だな。

 ……ん? あれ? 千早ってC組じゃなかったか?


「千早さん? 何してるの?」

「わぁ! びっくりした! 七瀬くんかー……驚かさないでよね……」

「千早さんのクラスって、A組だよね? こんなところで、何してるの?」

「実はね、A組に、用があって……いるの!」

「え? もしかして……好きな、人とか?」


 俺の質問を遮るように千早は答えた。


「私の『カナヘビ』が!」

「は?」


 『カナヘビ』ってあの……トカゲみたいなやつだよな?


「急に言ってもあれよね……実はアタシね、カナヘビを飼ってるの。それで今日、ついてきちゃってさ。A組の担任って、生物の先生じゃん?」

「あぁ、そうだな」

「で、A組の先生に言ってみたの。」

「なんて?」

「どこかにカナヘビを入れられるところありませんかーって。そしたら、A組のロッカーの上にたくさんある虫かごに使ってないのがあるからそこに入れといていいって言ってくれたの。」

「つまり?」

「ただ、カナヘビが心配で見に行ってただけ!」


 なるほど、どうりでソワソワしてたわけだ。


「七瀬くんもカナヘビ見る?」


 ……それは気になるな。これは男児の本能だ。やけに、爬虫類やらに惹かれるお年頃――と言っても、俺はすでに15歳なのだが。


「いいなら見たいかな……」

「全然おーけーだよ! それじゃ、放課後呼びに行くねー」


 俺は右手の親指をビシッと上げて、精一杯のドヤ顔を作った。


 放課後、女子との約束……緊張していないと言ったら嘘になる。


「あ! 七瀬くん来てくれたんだ!」

「トカゲは好きなんだよね」

「ん? 何言ってるの? トカゲじゃないよ、カナヘビだよ?」


 大して変わらない気がしてやまないが、笑顔なのに笑ってない千早からとてつもない狂気を感じるので言わないでおこう。


「さつきちゃーん!」

「さつき?」

「そう、カナヘビの名前!」


 千早は虫かごをもう一つ取り出す。


「ねぇ、千早さん? なんでもう一つ虫かご持ってるの?」

「あ、これ? これはね、購買で買ったの」


 へぇ……うちの購買ってこんなのも売ってるのか。

 そして、千早は『さつき』とかいうカナヘビが入った虫かごを開ける。そして、カナヘビをそっと捕まえる。


「よしよし、いい子いい子……」


 手からカナヘビが抜け出した。


「さ、さつきぃぃぃーーーーっ!!」


 千早が絶叫アトラクションでしか聞かないような声で叫んだ。

 耳が壊れそうだ。


「捕まえてー!」


 さつきは素早く机の下を潜り抜ける。

 なんとか追いつこうと食らいつくが、やはり体格差でなかなか追いつけない。


「きゃっ!」


 千早の小さな悲鳴が聞こえた。

 そして、突然……視界が暗くなった。頭の上が何やら柔らかい。


「ねぇ……七瀬、くん?」


 あ……これって――


「スカートの中に入るとは……何事かなぁ?」


 本当にすみません。わざとじゃないんです。


 ――いや、本当に。


 誓って言う。わざとではない。


 ◇


 ようやくさつきを捕まえた。

 昔、友だち(仮)と虫取りに行った経験が初めて役に立った瞬間だった。


「はい、千早さん。捕まえたよ。」

「……ねぇ、七瀬くん。なんでアタシのさつきちゃんに気安く触れてるの?」

「え?」


 あなたに捕まえてと言われたから、とは口が裂けても言えない。これは命の危機だ。


「千早さんの大事なお姫様(?)を守るため的な?」


 その瞬間、千早の顔がパァッと晴れる。今まで、見たことないような満面の笑みだ。


「むふぅ。」


 『むふぅ』……これまた、聞いたことない音だ。


「ま、まぁ仕方ないなぁ……七瀬くんがそこまで言ってくれるならぁ、パンツ見られたことも許してあげちゃおっかなーっ!」

「それに関してはごめんだけど! パンツは見てないからな!?」


 しばらく誤解は解けなさそうだ。


「よーしよしよし……」


 さつきを愛でる千早を見て、俺は思ってしまった。

 彼女は……別の意味での負けヒロインなのではないか。


 こんなヒロインを俺は――『残念ヒロイン』と呼ぶことにしよう。


 ◇


「汝、お困りのようですな。」

「そうか?」


 高橋(たかはし)紫苑(しおん)

 見た目の主張が強い……その上に、動きがうるさい。

 そして、言い回しも『厨二チック』ですごくわかりにくい。

 

「紫苑ちゃん、ダメよ? 七瀬くんを困らせたら」

「ふっふっふっ……私を制御することは何人たりともできないのです」


 柏木(かしわぎ)先輩、変に高橋のことを挑発するのやめてください。

 目の前で、高橋が謎のポーズを次々と取っていく。

 そのとき、扉が開いた。


「先輩、お疲れ様です」

「お、久しぶりだねー」

「すみません……なかなか顔出せなくて……」


 ん? この声って……もしかして?


「あれ? 七瀬くんじゃん、どうしてこんなところに?」


 やっぱり――『草薙凪』だ。

 なんだこれ、偶然か? いや、奇跡? それとも、運命? どれにしろ、とんでもないことが起きたということだけは理解できる。


「……」


 そんな俺を高橋は一直線に見つめていた。


「あれ? 先輩、今日は部長いないんですか?」

「あー……信介はね、日直だから」

「そうなんですね」


 そんな話をしている柏木先輩と草薙凪をよそに、高橋はまだ俺を見つめている。

 どうしたんだ? 俺のことが好きなのか?


「……七瀬、ちょっと廊下に来い。」

「?」


 俺は突然、高橋に呼び出された。


「えっと……俺なにかしちゃいました?」

「キミ……そんなチートキャラじゃないでしょ。汝……いや、七瀬」

「はい? 七瀬ですが」


 なんだ、高橋のやつ……急に改まって。


「……草薙のこと好きだろ。」

「……っ!? い、いや! そ、そんなことない……から!」


 だいたい、俺は『草薙凪』のことを女子としても、友だちとしても、クラスメイトとしても、知人としても見れてない。俺が見てる『草薙凪』は本物じゃない、空想の物語に出てくる人間だ。


「ふむ……そうは見えないのだが――」


 俺は――アニメの最終回のエンディングで負けヒロインの隣に立ってる人間になれるとも思ってないし、それほど自分に期待もしていない。


「俺さ――」


 高橋は何か思いついたような顔をして、部室の扉を開けた。


「草薙ー! ちょっとこっち来て!」

「おーけー」


 目の前には、高橋と――草薙凪。


「草薙、かくかくしかじかだ。」

「うん、わかった。かくかくしかじかだね。」


 コイツらは何を言ってるんだ。


「七瀬、かくかくしかじかだ。いいな?」

「ごめん、ちょっと何言ってるのかわからない。」

「今週末に……文芸部一年生親睦会として遊びに行きます!」

「…………え、今なんて?」


 悪いけど、全く理解が追いつかない。


「七瀬、わからないのか?」


 ……え?


「まじ……ですか?」

「マジだ。」

「マジだよ。」


 マジかー。

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