Stage.2 文芸部と書いて、『言ノ葉を綴る者たちの間』と読む。高橋紫苑は不治の病
「……うーむ」
スマホのメモを開いて、どうしたものかと首を傾げる。
予算は――1420円。
「お兄さま、どうされたのですか? もしかしなくても、宇宙に惚れちゃったんですか?」
「いや、そういうわけではなく……」
この世界に来てから――2日が経った。
『草薙 凪』を勝たせる――そう決めたはいいものの……なんだかんだで、この世界を楽しんでしまっている。
異世界転生の妄想はたくさんしてきたけど、こうも元の世界と変わらないと――ダメだな。
それに、クラスにも馴染んできた……はずだ。
元々いた世界でも使っていた俺の秘伝技――『背景同化』によって、誰も話しかけてこない。まあ、存在感を無にしてるだけなのだが……。
「どのラノベを買おうか、悩んでるんだ」
「そういうことでしたら――宇宙にお任せください!」
「宇宙はラノベ読むのか?」
「はい! お兄さまの部屋にあるラノベはすべて読みました!」
それが問題なのだ。なぜか、この世界では俺の言動が違和感にならないのだ。
元々の『七瀬 光』と、俺の『七瀬 光』はまったくの別人なはず……それなのに――おかしい。
これも背景キャラゆえに、設定が作り込まれてなかったからということなのだろうか? 原理はよくわからないが、俺の存在が引き継がれているからなのか、俺の買い集めたラノベやら、スマホのデータやらは残っている。
ただ――『アオニジ』関連のモノは、ほぼ残ってない。おそらく、この世界では『予言書』的なものになってしまうから……ということでひとまず落ち着いている。
「では、お兄さま! まずは『異世界転生しちゃったんですが、無双しなくてもいいですか?』の第四巻を買うべきです!」
「ふむ……その心は?」
「宇宙の推しである大魔導士・ルミネールが再登場するからです!」
「おい、いまサラッとネタバレしただろ」
でも、ネタバレされても――あのルミネールが再登場することを聞いてしまったら、これは買うしかない。
「よし、まずはそれだな」
前々から妹が欲しいな、と思っていた。だから、ある意味では夢が叶ったと言っても過言ではない。
ポン、と頭の上に手が乗っかった――これは、姉だ。
「ひーくんは、すごいと思う」
「急にどうした?」
「だからね、そのすごさがバレたら友だちが増えると思う」
「そうか?」
「だから――ひーくん……姉さまと学校に行こうか!」
どうして、そうなった。
七瀬きらら……社会人の姉だ。
何の仕事をしているのかは謎だが――毎日家にいる。ただ、『ニートではない』ことは確かだ。
妹の宇宙も同様に『ブラコン』だ。
二人とも美人なのに、残念な姉妹だ。
「それで、ひーくん、お姉さまと行くの? 行かないの!?」
「もちろん行かない!」
「え〜? でもこんなにも美人なお姉さまと歩いてたら友だち100人できちゃうよ〜?」
それは俺と友だちになりたいんじゃなくて、姉目当ての人たちが寄ってくるだけではないか?
「断る。」
「でもね、ひーくん……友だちがいなくても許されるのは、幼稚園児――最低でも、義務教育までだよ?」
……全国の『ぼっち』に謝れ。
時刻は8時19分。そして――朝のHRは8時半。
家から学校までは――最低でも7分はかかる。
「……まずい!」
俺は、姉と妹を振り切って、家を飛び出した。
遅刻して教室に入って、変に目立つのは――背景キャラとして、とてつもなく嫌なのだ。
◇
教室に入った瞬間、チャイムが鳴った。
危なかった……ギリギリセーフだ。
「おめーら、授業やっぞー」
この人は『永屋郁久美』。
俺のクラスである1年B組の担任だ。生徒から『いくっちゃん』の愛称で親しまれている……言っちゃ悪いが、かなり適当な先生だ。
今だって――頭の寝癖が爆発している。こんな人が科学の担当だというのだから恐ろしい。
「おめーら! もうすぐ期末テストだが……そんなこたぁどうだっていい!」
全然、どうでもよくないです。すごく重要だと思います。
「転校生がいるから紹介すっぞー、入れー!」
待て……そんなバカなことがあるか?
だって、『アオニジ』第一話の日付は――6月28日だぞ? 今日は6月27日だぞ?
「はい! 皆さん――」
窓から強風が入ってくる。風で舞い上がったプリントが羽ばたく鳥のような音を鳴らす。
「はじめまして――華千尋音です!」
なんだ……圧倒的なオーラとはまた違った何かが絶え間なく華千尋音から出ている。ただ、彼女のいる場所だけ――世界の『色』が濃く見える。
ぺこりとお辞儀をした彼女が顔を上げる。すると、先程まで曇っていた空が――青空に変わった。
「よろしくお願いしま――あーーーっ! あなた、朝の――ぶつかってきた上に、痴漢までして行った変態男!」
彼女が指差す先には――主人公。
「ご、誤解だっ!」
こいつなんで原作以上にラノベの恋愛フラグを建設してるんだ? 原作だとぶつかっただけだっただろ。なんで痴漢までしてるんだ。
「おい、おめー……主人、生徒指導室に来い。」
「……華千尋! お前……覚えとけよ!」
主人は、永屋先生に連行されていった。
「……何やってんのよ、バカ」
自分がまだ負けヒロインになると知らない草薙凪は、そんな主人を見て、面白がっている。
……俺は気づいてしまった。
連行されていく主人を見て、華千尋が――
「べーっ。」
瞼に指を当てて、舌を出しているのを。
うわ……こいつ――小悪魔だ。
◇
教室の一番廊下側、そこが俺の席だ。
休み時間、教室の机で読むラノベも悪くない。
得意技の『背景同化』のおかげで誰にも邪魔されず、読書に集中できる。
「そこの者よ、深淵を覗く覚悟はあるか?」
草薙凪と主人の間にも、主人と華千尋の間にも、まだイベントは起こってなさそうだな。
「汝、我の問いに答えよ。」
さて、ラノベの続きを――
「おい、無視をするな」
「……うわぁぁっ!」
教室の廊下側窓から女子が顔を出していた。
左目には痛々しい眼帯、右手には包帯を巻いている。
さらに恐ろしいことに――制服のブレザーに袖を通さずに、羽織っている。
言動さえなければ、医務室から逃げ出してきた患者にしか見えない。
「じーーーー……」
いや、女子が俺に話しかけてくるはずがないな。
それに、俺の術を破れるわけがない。
「汝、七瀬光であろう?」
「……」
いま、俺の名前言ったか? いや、気のせいだな。
「あれ? 七瀬さん……ですよね?」
「え、あ……はい、そうですけど……」
「解き放たれし後、『言ノ葉を綴る者たちの間』に来るがよい。」
「わかり、ました……?」
謎の女子は嵐のように去っていった。
『言ノ葉を綴る者たちの間』? なんだそれ?
まあいい……それじゃあラノベの続きを――
「――へぇ、それじゃあ音ちゃんは『チア部』なんだー!」
この声は草薙凪だ。話し相手は――
「華千尋のせいで、生徒指導されたんだからなぁ……ったく。」
華千尋と主人だ。
バレないようにこっそりと盗み聞きすると、三人仲良く談笑中……と言った感じだ。
「えっと〜、凪と主人くんは幼馴染なんだよね?」
「うん!」
「まぁ、腐れ縁って感じだけどな……」
仮に俺が『アオニジ』を読んでなければ、あの二人付き合ってるようにしか見えないもんな……。
「七瀬くん、覗き見はいかんよー」
「わ、千早さん!? どうしてここに?」
「あ、そうだった。アタシさ、永屋先生に用事があるんだけど」
「あー、それならたぶん理科室だと思うよ」
「ありがとね、七瀬くん!」
千早を理科室に向かわせてから、俺は気づいた。
教壇の近くで、生徒と話してる――永屋先生がいたことに。
◇
放課後、誰も話しかけてこずに、こっそりと教室を出る。
さて、今日は『その丘には恋が咲いておりました』最新刊発売日。帰りに、『アニメ堂』にでも寄っていこうか。いや、『AEOFF』とかもありだな。市内に2店舗もあるし、片方に置いてなければもう片方の店舗に行けばいい。
そんなことを考えながら、呑気に教室から出たら――いた。さっきのやつだ。
しかし、先ほどでの『あの妙な痛々しさ』はなく、なぜか目には涙を浮かべていた。
「ひぐっ……ぐすっ……」
「……」
俺は、彼女の横を素通りした。
心ないやつだと思われるかもしれないけど、仕方ない。不可抗力だ。なんせ、彼女はアレだ――俗に言う……『厨二病』。
「あなた今……泣いてる乙女を無視して、素通りしようとしましたね?」
バレましたか。
「私が変な言い回しで伝えたせいで、先輩からこっぴどく叱られたのですよ。さ、行きますよ」
「行くってどこに?」
「『言ノ葉を綴る者たちの間』――文芸部です」
文芸部……? はて、俺は何か迷惑でもかけただろうか。
文芸部部室。
扉には、『物語を覗くとき、物語もまたこちらを覗いているのだ。』と書いてある。
オカルトか何かか? ものすごく入りたくない。
「先輩、戻りましたよー」
「ご苦労。久しぶりだね、七瀬くん……以前はお世話になったね。」
久しぶり……? お世話? まさか、俺が来る前の『七瀬光』が何かやらかしたのか!?
「実はね、キミが幽霊部員なせいで――生徒会から予算が降りなくなりかけているんだ。」
どうやら、うちの学校の生徒会は『幽霊部員撲滅・根絶・殲滅』とかいう物騒な目標を掲げているらしい。そして、(以前の)俺が文芸部に入部したはいいものの――部活をサボり散らかしていたようだ。
「ところで、私たちのことは覚えてるかな?」
「あー……えーっと――すみません、覚えてないです。」
「正直でよろしい、私は『柏木遥』、副部長だ。」
なるほど……で、大問題はもう一人だ。
明らかに『厨二病』を患っているこの女子。
「ふっふっふっ……我が名を名乗るときが来たようですね――」
そして、バッとブレザーを払うと、右手を目に添えた。
「我が名は『高橋紫苑』。1年C組19番にして、不治の病に侵されし者!」
「ま、まぁ……七瀬くん察したと思うけど、紫苑ちゃんは『厨二病』なの。」
もちろん、こいつがすぐに『厨二病』なのは察しましたよ。しかも、かなりの――重症のやつだってことも。
「あ、えっと……文芸部って具体的にはどんな活動をすればいいんですか?」
「まー……とりあえず、適当に本読んでてよ。それなりに揃ってるし、ほらこのラノベとか最新刊よー?」
いわゆる異世界転生の『俺TUEEE系』から『スローライフもの』、さらには学園もの――と、これまた豊富な品揃えだ。
適当に読むだけでいいなんて、控えめに言わせてもらおう――
「最高じゃないですか」
柏木先輩はニヤリと笑う。
「でしょ?」
よし……
俺はしばらくの間、文芸部に入り浸ることにした。
◇
さて、帰ろう。ついでに本屋に寄っていこう。
そんなことを考えながら、歩いていると。
ポツ。
空から水滴が降ってきた。
次の瞬間には、あっという間に――大雨となった。
「……嘘だろ」
少し寄り道しようとしたので、家まで30分。
「もう最悪……」
後ろから声がした。
振り返ると、そこには草薙凪がいた。
「あ、七瀬くんも帰り?」
「え? あー……うん」
「雨で帰れそうにないよねー……そうだ、雨が落ち着くまでさ――」
ドクン。
心臓の鼓動が大きく鳴った。
「――ファミレスで雨宿り、しない?」
「え? いいの?」
「うん」
すぅぅ…………神様、ありがとう。




