Stage.1 草薙凪は『まだ』負けてない。
『満天な青空に輝く虹のミライ』
略称は『アオニジ』。
ライトノベル原作で、漫画化はもちろん――テレビアニメ化もされている大人気作品。
アニメは2期構成で放送され、完結済みだ。
声優の演技力の高さにも定評のある神作品。
俺がこの作品を語ろうとすれば、それこそ三時間はマシンガントークを続けられる自信がある。
だから、簡単にあらすじを話そう。
――主人 公。
この作品の主人公にして、イケメン・スポーツ万能な完全なるモテ男……と言った感じだ。
そんな彼のヒロイン。
――華千尋 音。
物語の第一話で転入してきた美少女。
この二人が登校中にぶつかるところから始まる――ある意味テンプレート的な作品だが、いまなお根強い人気を誇っている。
そんな今作だが、もう一人のヒロインがいる。
その人こそ! 俺の推し!
――草薙 凪。
主人公の幼馴染・青髪・清楚系・ツンデレ・くせっ毛……これでもかというほど、負けヒロインの特徴を詰め込まれたキャラクター。
ファンからの愛称は『なぎなぎ』。
とまあ、俺の趣味はここまでにして……少しだけ自分の話もしておこう。
俺こと――『七瀬 光』は、学力普通・運動神経普通……十六年間をすべてを普通に生きてきた一般高校生だ。
親曰く、『栄誉ある輝かしい未来へと進んでほしい』との願いが込められているらしいが……真逆を生きてるかもしれないと自虐している。
ただし、両親とは高校への進路で揉めたことで仲が悪く、高校に入ってからは一人暮らし……気楽と言えば聞こえはいいが、実際はひとりでいるだけだ。
そんなある日、『アオニジ』を見直していたときだった。
テレビのリモコンを踏んだ俺は――
◇
――知っているけど、知らない街に来ていた。
部屋の内装が変わっている。
こんなフィギュア置いてなかった……というか、だいたい俺の部屋にあった『あの大事な棚』がなくなっている。
原作・コミカライズ版・Blu-ray……全部初版を揃え、さらに『なぎなぎ』のフィギュアにアクスタを『すべて』並べた――あの『祭壇』がなくなっている。
それに俺の家は、ボロアパートの一階なのだが……窓の外に見える景色は、明らかに一階ではない。
ガチャ。
後ろで、扉の開く音がした。
「……ぃっ!?」
喉の奥から、かすれた声が漏れる。
「お兄さま! 早くしないと、学校遅れますよ!」
「…………」
え、今なんて? お兄さま? この子、『お兄さま』って言ったよね?
「何をぼーっとしてるんですか! 遅れちゃいますよ! ただでさえ、存在感が皆無なんですから……」
散々な言われようだ。
たしかに影薄いのは否定できないけど。
「……初対面なのに酷くない?」
「でも、そんな影の薄いお兄さまのことも、宇宙は好きですけど……あれ? いま、初対面って言いました?」
俺のことを『お兄さま』……そう呼んだ少女はその場に立ち尽くす。
そして、泣きそうな顔で俺のことを見つめる。
……そうだ!
俺は咄嗟にスマホを取り出した。
パスワードは……変わってない。LINEも問題なさそうだ。
LINEに、この子が登録されてるかもしれない。
「えっと……『きらら』?」
「それはお姉さまですよ……?」
「じゃ、じゃあ――『宇宙』で合ってる?」
「お兄さま……違いますよ。『宇宙』です!」
さすがにこれは読めない。キラキラネームにも限度があるってもんだ。ん? いま、サラッと――姉の存在も示唆されなかったか?
「お〜い、『ひーくん』? いま、お姉さまのことお呼びになったさね〜?」
呼んでないです……ていうか、『ひーくん』って、俺のこと?
今度はイケボの姉……なんだこれ、属性の渋滞すぎる。
「お姉さま、今日のお兄さまは何か変なのです!」
「ふ〜ん? あれ、今日じゃなかった? 『アレ』」
『アレ』? なんのことだ?
プルルルル。
スマホの着信音が鳴り響いた。
電話の相手は――『NEGI』?
ちょっと待て、『NEGI』……!?
まさか……嘘だろ? そんな名前、『アオニジ』で見たことがある、それはたしか――『草薙 凪』!
「……はい、もしも――」
『あ、七瀬くん? 今日の『アレ』忘れてない? 今日は、土曜日だけどさ……忘れちゃダメだからね? 大事な委員会活動なんだから!』
「え、あー……はい?」
……待ってくれ。
いまの声――間違いない。抑揚、発声、音の高さ……確実に――『草薙 凪』だ。
凪と話しているというよりも……声優さんと話してるのほうが正しいのか? いや……だけど――うん。
結論は出た。
――よくわからない!
『それじゃ、七瀬くん! 学校の図書室で待ってるから!』
電話が切れた。
俺は慌てて、スマホのファイルを開く。
ファンブックは電子版も買ってたので、ファイルに保存していたのだ。
「……あった」
――『七瀬 光』
同姓同名なキャラクター。
誕生日は4月8日……俺と同じ。
作中では、名前が一瞬出てきただけ。
原作者の設定だと、本編では一切触れられなかったが――『姉と妹がいる』。
そして……本来はもう少し絡ませる予定だったが――『没』になったキャラクター。
どうやら俺は――『満天な青空に輝く虹のミライ』の作品内に入ってしまったようだ。
◇
突如として、生えてきた姉と妹に見送られ、俺は家を出た。
「ふむ……」
こんなことが起こっていいのだろうか。
『事実は小説よりも奇なり』……その言葉に初めて共感できたかもしれない。
ところで何故、俺が学校への道のりがわかると思う?
何を隠そう、俺は――この作品の聖地とも言える高校に通っているからだ。
本来ならば、偏差値55〜60くらいの高校に行けると言われていたのだが……『聖地の高校』に通いたい! ただ、それだけで……この高校を選んだのだ。親と揉めた原因は――もちろんそのせいだ。
だからこそ、学校の場所も、教室の配置も知ってる。
そんなことを考えながら歩いていると、曲がり角から自転車に乗った人が――。
「あ、危ない! ぶ、ブレーキ効かない! ど、どいてーーーーー!」
「……え?」
風に乗っかって、柔らかい香りが鼻を突き抜ける。
『この景色』どこかで見たことがある。
そうか……これは――ラノベで見たやつだ。
「きゃぁぁぁぁっ!」
「――へぶしっ!」
心臓の鼓動が、原作を読み漁っていた『あの頃』みたいに早くなる。
「だ、大丈夫!?」
「……お構いなく」
自転車のタイヤが空回る音だけが、聞こえていた。
◇
「へぇ……じゃあ、七瀬くんも学校に行く途中だったんだー」
「まあ、はい……」
本当は『この世界』とは違う世界の同じ学校の生徒だけども。
俺は一切、『嘘』はついてない。
「でも、本当に大丈夫? 自転車で撥ねちゃったし……」
この子は、『千早 雪乃』。
どうやら、同じ高校、同じ学年らしい。
コミュ力の暴力で、半ば無理矢理LINEを交換させられた。
ただ、原作を読んでも『千早 雪乃』……そんなキャラクターは存在しない。つまり……原作では名もなき、俺と同じ背景モブキャラ――ということなのだろうか。
「ようやく着いた……」
『埼玉県立鉄百合高校』。
『アオニジ』の舞台となっている高校だ。
「それじゃ、アタシはここで――」
「うん、それじゃ――」
千早と別れて、俺は図書室へ向けて歩き始めた。
「あれ? 千早さんも同じ方向?」
「あら、本当だ」
図書室へと歩みを進める。
千早は一向に離れる気配がない。
「あれま、七瀬くんも図書室に予定あるの?」
「千早さんこそ」
どちらが先に開くか、あーだのこーだの言い合っていると、扉が開いた。
「あのー……何をイチャついてるの?」
「「そんなことない!」」
咄嗟に口走ったはいいものの……あれ? この声?
もしかして――『なぎなぎ』だーーっ!
◇
「ということで! 今から本棚整理を始めまーす」
「はーい!」
……『草薙 凪』と同じ空間。そして、まさかの同じ委員会。
さらには、同じクラス。
……なんだこれ、『神』だろ。
「――くん? 七瀬くん!や
「え!? あ、ひゃ――はい!」
「……もう、相変わらずボーッとしてるんだから! それに! 来週から転校生も来るし――少しでもこの空間をよく見せないとね!」
「うんっ! そうだよね!」
「……?」
……転校生? はて、『アオニジ』にそんな展開あったか?
唯一の転校生といえば――
「あーーーっ!」
「え? 七瀬くん? 大丈夫?」
「あ、ごめん……」
日付は6月24日……『アオニジ』本編のストーリーが開始された日は――6月28日。
つまりまだ『草薙 凪』は――負けてない!
俺のこの世界でやるべきことはただ一つ!
原作をぶっ壊してでも――
「はやくやるよー!」
彼女を……
負けヒロイン・『草薙 凪』を――
勝ちヒロインにする!




