第三章:一粒多い豆の真実
「(道成さん、見て。豆田さんの動き……もはや人間業ではありません)」
漆黒の闇の中、つむぎのライトが照らし出したのは、使用人・豆田守の異様な姿だった。 彼は「無言の行」を遵守しながらも、鈴が操作するドローンから豪快に掃射された炒り豆を、地面に這いつくばって一つ一つ回収していた。その指先の動きは精密機械のように速く、それでいて一粒の豆も傷つけないよう、愛おしむように掌に収めていく。
道成は「イワシ・アイ」のカメラ越しにその光景を見ながら、筆談ノートに書いた。 『潔癖症にも程がある。でも、なんであんなに必死なんだ?』
つむぎは守の背後に音もなく忍び寄り、彼が手元の箱に溜め込んだ豆の「数」を、異常な動体視力でカウントし始めた。そして、守の肩を叩くと同時に、あらかじめ用意していたフリップを突きつけた。
「(豆田さん。この箱、今10,001粒ありますね? 鈴さんのドローンが今日用意した豆は、ちょうど10,000粒のはずです。この『一粒多い豆』……どこで拾ったんですか?)」
守の身体が、一瞬で凍りついたように静止した。 彼はゆっくりと振り返る。ライトの光が、彼の耳の後ろを掠めた。そこには、つむぎの仮説通り、鈍い光を放つ「鱗状の痣」が浮き出ていた。
守は筆談もせず、ただ激しい拒絶の意志を込めてつむぎを睨みつけた。その手の中にある「最後の一粒」は、炒り豆ではなく、まるで今しがた山から摘んできたばかりのような、不気味に艶光りする生きた種子だった。
その時、鈴が操作するタブレットが激しく警告音を上げた。
『第三の熱源、急降下。来る!』
天井裏を這っていた「歪な影」が、吹き抜けの広間へと音もなく落下した。 それは、萬斎が被っていた「四つ目の鬼面」をつけた、骨格の歪んだ何かだった。それは萬斎の身体を借りているのか、あるいは萬斎そのものが変質したのか。
道成が恐怖のあまり後退りした拍子に、広間の隅に置かれた「母の形見の着物を着た藁人形」に激突した。 バサリ、と人形の首が落ちる。
「(道成さん、その中!)」
つむぎが叫びたいのを堪え、ライトを向ける。 もげた人形の首の中から転がり落ちたのは、古びた柘植の櫛だった。鈴がそれを見て、声にならない悲鳴を上げる。それは十数年前、雪の中に消えた彼女の母が、肌身離さず持っていたものだった。
『お母さんの……。なんで、人形の中に……』
鈴の筆談の手が、激しく震える。
つむぎは直感した。この屋敷は、厄を閉じ込める「浄化槽」などではない。 失踪した母、山からの授かりものである守、そして「福」に転じようとして人外の域に触れようとした萬斎。ここは、山(異界)と人間が、互いの「身代わり」を送り込み合う、終わりのない交換所なのだ。
守が懐から取り出した「一粒多い豆」――それは、鬼を追い払うための武器ではなく、異界の門を開くための「鍵」ではないのか。
「(道成さん、この儀式の本当の名前は『不還』。一度入ったものは返さない。でも、それは鬼のことだけじゃない……。人間も、一度あちら側へ行けば、二度と『人間』としては戻ってこれないという意味なんです!)」
つむぎのノートの文字が、暗闇の中で呪文のように躍った。 夜明けまで、あと三時間。 屋敷中に撒かれた豆が、まるで心臓の鼓動のように、かすかに脈打ち始めた。




