サイドストーリー 外見Sランクの彼女の中身が、エラー落ち寸前のバグ物件だった件
俺、桐谷翔にとって、恋愛なんてものは「互いにメリットのある契約」か、あるいは「暇つぶしのゲーム」のどちらかでしかない。
サッカー部のエースとして、そこそこ顔も良くて、カースト上位にいる俺には、寄ってくる女子は掃いて捨てるほどいる。
だからこそ、俺は選り好みをする。
面倒なのはパスだ。重いのもパス。
求めているのは、俺のステータスに見合う外見と、俺の邪魔をしない適度な距離感。
要するに、連れて歩いて自慢できるアクセサリー兼、たまに遊べる相手。それが俺の彼女の定義だ。
そんな俺の目に留まったのが、一ノ瀬美月だった。
最初は正直、驚いた。
同じクラスの地味な佐伯蓮と付き合っていると聞いていたが、あんな地味メンの隣にいるのが不自然なほどのレベルの高さだったからだ。
透き通るような肌、完璧なプロポーション、男の庇護欲をそそるような儚げな雰囲気。
まさに「守ってあげたい系美少女」の完成形。
正直、見た目はどストライクだった。
「なんであんなイイ女が、佐伯なんかと?」
疑問はすぐに「興味」に変わり、そして「征服欲」に変わった。
佐伯みたいな冴えない奴が独占しているのは資源の無駄遣いだ。
俺の隣にいた方が、彼女ももっと輝けるし、俺の株も上がる。Win-Winじゃないか。
そう思って、俺は彼女に接触した。
攻略は驚くほど簡単だった。
ちょっと廊下でぶつかるハプニングを装い、声をかけ、LINEを聞き出す。
「佐伯には内緒で」と誘えば、背徳感に顔を赤らめながらもついてくる。
彼女は自分の彼氏に不満を持っていたらしい。
「優しすぎる」「過保護で子供扱いされる」
そんな愚痴を聞きながら、俺は心の中で嘲笑っていた。
贅沢な悩みだな。まあ、その隙があるから俺が入り込めるわけだが。
何度かデートを重ね、体の関係を持つまでに時間はかからなかった。
彼女は俺の強引さを「男らしい」と勘違いし、俺の適当な扱いを「クール」だと好意的に解釈してくれた。
チョロい。あまりにもチョロすぎる。
佐伯って奴は、こんな簡単な女を一年半も大事に守ってたのか?
俺なら三日で落とせる城を、一生懸命外壁から磨いていたようなもんだな。
そして、俺は彼女に「別れ」を促した。
コソコソするのは面倒だし、堂々と「桐谷翔の彼女」として連れ歩きたかったからだ。
彼女は二つ返事で承諾した。
「私、翔くんの自慢の彼女になる」
その時の彼女の笑顔は、確かに可愛かった。
この時はまだ、俺も「いい物件を手に入れた」と本気で思っていたのだ。
***
放課後の教室での略奪劇。
あれは今思い出しても、少し奇妙な光景だった。
美月が別れを告げ、俺が登場して「俺がもらうわ」と宣言する。
完全に俺たちの独壇場。
佐伯は泣くか、怒るか、あるいは無様に縋り付くか。
どんなリアクションでも、俺の引き立て役にしかならないはずだった。
だが、佐伯の反応は俺の予想を裏切った。
「……そうか。分かった。別れよう」
あまりにも淡白だった。
声には震えもなく、表情には悲壮感すらない。
むしろ、肩の荷が下りたような、妙にスッキリした顔をしていた。
すぐにスマホを取り出し、連絡先を消去する手際の良さ。
「君はもう、一人で大丈夫だよね」という、皮肉にも聞こえる別れの言葉。
(なんだあいつ……負け惜しみか?)
その時はそう思った。
大好きな彼女を寝取られて、ショックを隠すために必死にポーカーフェイスを気取っているのだろうと。
俺はそんな彼を見下し、美月の肩を抱いて教室を出た。
背中で感じる勝利の余韻。
これで俺の高校生活はさらに華やかになるはずだった。
しかし、その「勝利」が実は「ババ抜きのババを引かされた」だけだと気づくのに、そう時間はかからなかった。
***
美月との交際が始まって数日。
俺の中に芽生えたのは、高揚感ではなく、得体の知れない疲労感だった。
まず、LINEがウザい。
朝起きたら『おはよう翔くん♡』。
休み時間ごとに『今何してるの?』。
部活が終われば『お疲れ様! 会いたいな』。
寝る前には『おやすみ、大好き』。
一日何十通送ってくるんだよ。暇なのか?
俺は部活もあれば、友達との付き合いもある。
スマホの画面を見るたびに美月の通知が溜まっているのを見ると、げんなりした。
デートも苦痛だった。
彼女の話す内容は、驚くほど中身がない。
『あの店員さんの態度が悪かった』
『クラスの誰々ちゃんが私の真似をしてくる』
『今日の私、どこか違うと思わない?』
基本的には愚痴か、自分語りか、「私を褒めてクイズ」の三択だ。
俺がサッカーの話をしても興味なさそうに流すくせに、自分の話は延々と聞いてほしがる。
会話のキャッチボールが成立しない。彼女が投げつけてくるボールを、俺がひたすら拾って「すごいね」「可愛いね」と磨いて返すだけの作業。
(佐伯はこれを一年半もやってたのか? 正気か?)
ある日のデート中、カフェに入った時のことだ。
彼女は運ばれてきたパンケーキを食べるでもなく、必死に写真を撮っていた。
角度を変え、光を調整し、何十枚も。
アイスが溶けかけているのに、お構いなしだ。
「おい、食わねーの?」
「待って、インスタに載せるから。……ねえ翔くん、私の写真も撮って?」
スマホを渡され、俺は適当にシャッターを切った。
すると彼女は画面を確認し、不満そうに唇を尖らせた。
「えー、なんか盛れてない。もっと可愛く撮ってよぉ。蓮くんはもっと上手かったのに」
出た。元カレ比較。
俺の中でイライラゲージが上昇する。
ならそいつと付き合ってりゃよかったじゃねーか。
俺はカメラマンじゃねーんだよ。
「自分で撮れば?」
「ひどい! 彼女を可愛く撮るのが彼氏の役目でしょ?」
役目?
誰が決めたんだよそんなルール。
俺はため息をついて、コーヒーを流し込んだ。
外見はいい。確かにいい。
でも、この中身のなさはなんだ?
自己肯定感が低いくせに承認欲求だけはエベレスト級。
常に誰かに「可愛い」と言われていないと干からびる植物みたいだ。
こんな手のかかる生き物だとは、付き合う前は想像もしなかった。
別の日、俺が部活の遠征で忙しいと言っているのに、彼女はデートをねだってきた。
『少しくらい会えるでしょ?』
『私のこと好きじゃないの?』
俺は既読無視を決め込んだ。
すると今度は、追撃のスタンプ連打。
さらに、『翔くんが構ってくれないから寂しい』という内容の病みストーリーをインスタに投稿し始めた。
俺の友達からも「お前の彼女、大丈夫か?」とスクショが送られてくる始末。
恥ずかしい。マジで恥ずかしい。
俺のブランドに傷がつく。
「失敗したな……」
俺は部室で一人、呟いた。
美月はアクセサリーとしては最高級だが、メンテナンスコストが高すぎる。
しかも、そのコストを払わないと、すぐに不具合を起こして周囲に迷惑をかける欠陥品だ。
佐伯があっさり別れた理由が、ようやく分かってきた。
あいつは負け惜しみでクールな振りをしていたんじゃない。
心底、「解放された」と思っていたんだ。
厄介なモンスターの飼育係を、俺に押し付けられただけだったのだ。
***
そして迎えた決定的な日。
俺は部活の連中と飯に行く約束をしていた。
予選前の決起集会みたいなもので、重要な付き合いだ。
そこに、空気を読めない美月が現れた。
昇降口で待ち伏せしていた彼女は、ピンク色の風呂敷包みを抱えていた。
嫌な予感がした。的中した。手作り弁当だ。
周りのチームメイトがニヤニヤしている。
「おー、愛されてんな翔」なんて茶化してくるが、目が笑っていない。「早く処理しろよ」という無言の圧力を感じる。
「翔くん! お弁当作ってきたの!」
満面の笑み。
彼女の中では、これが「健気な彼女」の演出なのだろう。
だが、俺にとってはテロ行為でしかない。
これから飯に行くと言っているのに。しかも、衛生管理も怪しい素人の手作り弁当なんて、食中毒のリスクしかない。
「いらねーよ」
俺は拒否した。
当然だ。俺の予定を無視した押し付けがましさに、我慢の限界が来ていた。
しかし、彼女は引かない。
「でも、一生懸命作ったんだよ?」
「だから?」
「食べてくれないと悲しいよ……」
泣き技。
一番ウザいやつだ。
公衆の面前で泣けば、俺が悪者になる。それを分かってやっているのか、無意識なのか。
どちらにせよ、俺のプライドを逆撫でする行為だ。
「お前さ、自分のことばっかだな」
言葉が自然と漏れた。
俺は冷めた目で彼女を見下ろした。
かつて「可愛い」と思っていたその顔が、今はただの能面のように見える。
「顔はいいけど、中身空っぽだわ。承認欲求満たすために俺を利用すんなよ」
本音をぶつけた。
すると彼女は、信じられないことを口走った。
「……蓮くんは、優しかったもん」
は?
今、なんて言った?
俺の前で、元カレの名前を出したのか?
しかも、「元カレの方が優しかった」だと?
その瞬間、俺の中で何かが完全に冷え切った。
怒りすら湧かなかった。ただ、「損切り」のタイミングが来たことを悟っただけだ。
こいつは学習しない。
俺と佐伯は違う人間だ。俺に佐伯と同じサービスを求めること自体が間違っている。
ラーメン屋でフランス料理が出てこないと文句を言っているようなものだ。
話が通じない相手とは、関わるだけ時間の無駄だ。
「ああ、そう。じゃあそいつの所に戻れば?」
俺は提案した。
皮肉でもなんでもない、論理的な解決策だ。
優しさが欲しいなら、優しい男のところに行けばいい。俺は供給できないのだから。
「え……?」
「俺、無理。別れよう」
彼女が何か叫んでいた気がする。
腕を掴もうとしてきたが、振り払った。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔は、もう「守ってあげたい美少女」ではなかった。
ただの、処理に困る粗大ゴミだった。
俺は背を向け、チームメイトたちの輪に戻った。
「わりぃ、遅くなった」
「災難だったなー」
「ま、顔だけの女ってああいうのあるよな」
仲間たちの軽いノリに救われる。
そう、これが俺の世界だ。
ドライで、さっぱりしていて、後腐れのない関係。
美月のようなジメジメした依存関係は、俺には合わない。
昇降口を振り返ると、彼女がへたり込んでいるのが見えた。
心が痛むかと思ったが、驚くほど何も感じなかった。
むしろ、「これでやっとLINEの通知地獄から解放される」という安堵の方が大きかった。
***
その後、美月が学校に来なくなったと聞いた。
まあ、あれだけ派手に振られて、泣きわめく姿を晒したのだから、来づらいのは分かる。
自業自得だ。
さらに数日後、面白い噂を耳にした。
美月が公衆電話から佐伯に電話をかけたらしい。
しかも、佐伯はそれを一蹴したとか。
「友達と遊んでるから邪魔するな」と言って切ったらしい。
それを聞いた時、俺は思わず吹き出してしまった。
「へえ、やるじゃん佐伯」
あの温厚そうな、事なかれ主義に見えた佐伯が、そこまで徹底的に拒絶するとは。
いや、むしろ温厚だったからこそ、一度切れた糸は二度と繋がらないのかもしれない。
俺は佐伯という男を、少し見直していた。
彼はただの「弱い男」じゃなかった。
あのモンスターを一年半も制御し、最後は完璧なタイミングでリリースし、自分の人生を取り戻した「賢い男」だったのだ。
俺は一瞬だけそのバトンを受け取ってしまい、火傷を負ったが、すぐに手放すことができた。
ある意味、俺たちは「一ノ瀬美月」という災害を生き延びた同士と言えるかもしれない。
放課後、廊下で佐伯とすれ違った。
彼は友人たちと談笑していて、以前よりもずっと明るい表情をしていた。
俺と目が合うと、彼は気まずそうな顔をするでもなく、軽く会釈をしてきた。
俺も小さく片手を上げて応えた。
言葉は交わさなかったが、なんとなく通じた気がした。
『お互い、助かってよかったな』
そんなテレパシーのようなものが。
俺はポケットの中のスマホを取り出した。
通知欄は静かなものだ。
部活の連絡と、友達からの遊びの誘いだけ。
『今何してるの?』という重苦しいメッセージはもう来ない。
「さて、飯でも行くか」
俺は伸びをしながら、校門へと向かった。
夕日が眩しい。
自由で、身軽で、清々しい放課後。
一ノ瀬美月。
外見はSランク、中身はエラー落ち寸前のバグ物件。
高い勉強代だったが、まあいい経験にはなった。
次はもっと、中身の詰まった、自立した女を選ぼう。
少なくとも、「自分の機嫌は自分で取れる」やつを。
俺はスマホをポケットにしまい、軽快な足取りで歩き出した。
もう二度と、あの重たい泥沼には足を踏み入れないぞと、心に誓いながら。




