9. 帝都
帝都まではタルク国から二日の旅程だ。私は帝国騎士に変装して行くのだが、もう私サイズの騎士服が用意されている。全てルイスの計画通りに事が進んでいるようだ。
サーラに世話になった礼を言い、帝国騎士に連れられ部屋を後にする。もう日が暮れて辺りは月明かりが照らしている。
城門から出ると、連合国軍も既に出立の準備を済ませ、タルク国王と王妃、イーサンも見送りに出ている。
「次にお会いする時は、連合国軍に勝利をもたらし戻ってまいります。」
「必ず戻ってくるのだぞ。そうでなければ、わしはランバス王に顔向けができなくなる。」
「はい。」
イーサンは懐から何か出して私を手渡す。見ると小さな黒い袋に何かが入っているようだ。
「これは我が王家に伝わる守りの石だ。肌身離さず身につけておけ。」
「そんな大切な物を、いただけません。」
「では、戻ったら私に返しにくるのだ。よいな。」
「……はい、必ず。」
レナン王とセオドア、ルイスが今後の確認を短くして離れる。
私が指示された荷馬車に乗り込むと、二人の若い帝国騎士が座っている。
よく見るとノアとジャックだ。
「ノア!ジャック!どうして二人がここに?」
「散々心配かけておいて、まずそれかよ。クロエが死んでしまったんじゃないかと思って、俺は……。」
ノアは私の腕を掴むと、泣きそうに顔を歪ませる。
「心配かけてごめんなさい、ノア。あの後、すぐに川辺に上がれたんだけど、帝国軍に捕まってしまって連絡できなかったの。」
「無事で本当に良かったよ。元帥命令で俺達も一緒に帝国へ行くことになった。今度こそクロエを守ってみせるから安心しろ。」
「俺も志願した。お前には勝てていないけど、俺は強いってところを見せてやる。」
ノア、ジャックといると張り詰めていた緊張の糸が解けていく。
間も無く馬車は走り出し、一路帝国へ向かう。
夜の内に国境を越え帝国領土に入り、そこで一旦仮眠を取ると、夜が明けると共にまたすぐに出発する。
通り過ぎる帝国の街並みは、思っていたよりも栄えている感じがしない。戦争に明け暮れ、民の暮らしは疲弊しているのではないだろうか。
ほぼ休みなく走り続け、二日後に帝都へ着く。帝都はどこもかしこも石畳が敷かれ、建物は堅牢で見上げるほど高く、道も整備され幅広く造られている。流石、帝都と言うべきだが、道の端には孤児であろうボロを纏った子供や痩せて俯く老人が目につく。その差に、帝国の現在の状況を垣間見る。
やがて皇城が見えはじめる。
切り崩した崖の上にあり石造りの城壁は高く聳え、まるで巨大な要塞だ。何重にも城壁が張り巡らされ、その度に門がある。門に来ると夥しい数の人々が行き交っている。
ルイスの一行は城への道を駆け上がる。最後の門をくぐると周囲は胸壁に囲まれ、広大な敷地に石畳の広場や庭園が広がる。その奥には幾つもの荘厳な石造りの建物が建ち並んでいる。まさに贅を尽くした巨城だ。
荷馬車が止まり騎士が隊列を組みだすので、私達も荷馬車から降り隊列の後ろに加わる。
戦勝の鬨の声が上がり、皆が雄叫びを上げる。タルク国属国の調印書を持ち帰った事をアピールするためだろう。
そしてそれぞれが持ち場へ戻り出した頃、一人の女性が私の元へとやってくる。彼女はルイスと同じ美しい銀色の瞳を持っている。
「クロエ様ですね。私は第四皇女のソフィと申します。兄のルイスから、あなたのことを頼まれております。どうぞこちらへ、ご案内しますわ。」
「よろしくお願いします。」
私も騎士舎へと行くのかと思っていたが、どうやら違うらしい。ノアとジャックも一緒に行く許可をもらいソフィの後に続く。
ルイスはもう城へ行き、皇帝に戦勝の報告へ向かったそうだ。
ソフィの離宮は皇城から城壁を二度潜った所にある。
「私の他に第六、七、九皇女がここに暮らしています。主に身分の低い母を持つ者が集まっていますわ。クロエ様の事は私以外には知りません。ここでは、申し訳ありませんが、私の侍女として過ごしていただきます。」
「わかりました。」
ソフィの部屋の続き部屋に案内される。ここには専属の部屋付き侍女が一人いるらしいので、私は侍女服に着替える。ノアとジャックはドアの前に立ち警備する騎士の代わりを担う。
「それで、母はどうしていますか?」
「お母様はタルク国の王城で過ごされています。タルク国王は温厚篤実な君主であられるので不自由はされていないかと。」
「そうですか。」
ソフィはようやく安心した顔を見せる。
「ソフィ様も一緒に行かれればよかったのでは?」
「母は目の治療のためと無理に後宮から出してもらいましたが、私はそうは参りませんでした。母だけでも無事なら私は構いません。」
「この後のことは聞かれていますか?」
「はい。兄は父に立ち向かう決心をしました。私も覚悟はできております。」
――ソフィ様もルイス様同様に皇帝を憎んでいるのね。
「私も覚悟を決めてここに来ました。この命に変えても戦争を終わらせます。」
「クロエ様は人質としてここに来られましたが、兄が必ずあなたを守りますわ。」
「私はここへ戦うために来たのです。」
「でも、」
その時、部屋の扉を激しく叩く音がする。ノアとジャックの怒鳴り声も聞こえ、私は暖炉の火かき棒を掴むと後ろに隠し扉を開く。
「ソフィ皇女、一緒に来ていただきましょう。」
大柄な騎士が二人現れ、威圧的に扉の前に立つ。
ノアとジャックは手を出せずに、苛ついた顔をしている。
「どこに行くと言うのです?」
「第一皇子がお呼びです。」
――第一皇子がもう戻って来たの?でもどうしてソフィ皇女を連れて行くの?
「兄が会いたいと言うのなら、向こうから来ればいいわ。」
「無理やり連れて行ってもいいのですよ?」
騎士は鋭い顔つきになると部屋に入ろうとする。
「わかったわ。行けばいいのでしょう?」
「私も行きます。」
私は皇女に付き従い、騎士と共に廊下を歩いて行く。
その後ろをノアとジャックも付いてくる。
離宮を出て再び門を潜り皇城に入ると、二階への赤い絨毯が敷かれた階段を上がり、奥に向かって広い廊下を進む。
天井へ届きそうな大きな扉の前に着くと、騎士が扉の前の護衛の騎士に声をかける。しばらくすると扉が開き、騎士に誘導されソフィは中へと入っていく。
私も入ろうとするが扉の前で止められてしまう。
ノアとジャックと三人で待つが、話し合いが長引いているのか、誰も出てこない。話し声も聞こえない。
ヤキモキしながら待っていると、扉の前の騎士がニヤニヤしながら私を見ている。嫌な気分になるが、逆にこれを利用しようと、私は彼に話しかける。
「待っている間、暇ですね。まだ城勤めしたばかりで分からないのですが、ここは謁見の間ですか?」
「ああ、そうだよ。」
「いつも、こんなに話し合いが長いのですか?」
「いいや、今日は特別だよ。第一皇子が第三皇子にケチをつけているんだろう。」
「おい!」
もう一人の扉番の騎士が声を荒げるが、話し始めた騎士は仲間の声が耳に入らないようだ。
「第一皇子はできる第三皇子に何かと突っかかるんだ。今回もタルク国の属国条約はおかしいと呼出したんじゃないか?」
「まぁ。でもソフィ皇女は関係ないのでは?」
「脅しに使うんだろう。いつも妹を連れてくるんだよ。」
騎士は得意げに話し続ける。
「第一皇子は皇后陛下の息子ですよね?一番次の皇位に近いのに、なぜそんなことをするのでしょう?」
「いつまでも皇太子に決まらないから焦っているのかもな。もう二十七歳だし。」
「第二皇子も優秀な方だと聞きましたけど。第二皇妃の息子ですよね?」
「ああ、第二皇子も優秀だけど、……狡賢いんだ。」
騎士は声を少し声を顰めて、私の耳元で囁く。
「そうなのですか?」
「この間も、カナラ国が連合国軍に奪い返されただろ?それは自分のせいなのに、第一皇子の落ち度だと報告してたんだぜ。」
「第一皇子は怒ったでしょう?」
「ああ。だけど、第二皇子の実家は筆頭公爵だから誰も逆らえやしない。」
「おい、もうその辺にしておけ。」
騎士の声が段々と大きくなり、慌てたもう一人が止める。
「わかったよ。……なぁ、今度、飯を食いに行かないか?美味しい店があるんだ。」
突然、扉が開くと、中から見上げるほど背が高い男が出てくる。鍛え上げられた体躯に焦茶の髪、漆黒の瞳を私に向ける。
「お前は?」
私は頭を下げ答える。
「第四皇女の侍女でございます。」
「私の侍女にしてやろう。一緒に来い。」
腕を取られ連れて行かれそうになり、思わず足を突っ張る。
ノアとジャックが手を出そうか迷っているようだ。
「私はソフィ皇女様に仕えておりますので。」
「私に逆らうのか?」
続いてルイスとソフィが出て来ると、ルイスが私の腕を掴む男の手を掴む。
「何をしている?この者は知り合いから預かった大切な娘だ。お遊びに使うのはやめていただきたい。」
「私にもらわれるなら幸せだろう。」
「残念だが、兄上のおもちゃにはなれない。」
この男が第一皇子なのか。
第一皇子は私の手を離すと、フンと鼻を鳴らす。
「せっかくもらってやろうと思ったのに、もうよい。」
第一皇子はその場を足早に去っていく。
――最低だ。
「なぜここにいる?早く部屋へ戻れ。」
ルイスは私を睨んで短く言うと、その場を去ってしまう。ソフィと離宮へと帰るが、なにか釈然としない。
――……なぜ私が怒られるの?




