8. 交渉
二日後、朝から王城は騒めいている。いよいよ連合国軍がこの国に到着するようだ。
私は侍女達により飾り付けられていき、顔の傷も化粧で上手に隠される。久しく正装をしていないため、堅苦しいドレスが窮屈で何度も深く息を吐き出してしまう。
帝国の第三皇子の名前はルイスというらしい。彼が何を考えているのか、どんな交渉がされるのか、まだ分からない。
昼過ぎにルイスが部屋へとやってくる。
「いよいよ出番だ。行くぞ」
短く言い、ルイスは私を従え廊下に出ると、周りは帝国軍騎士が取り囲む。三日間、部屋に缶詰にされていたので、やっと外に出られた。
階段を上がり、タルク国王と王妃、イーサンとも合流する。
タルク国王と王妃はとても温厚そうな方だ。私のことをとても心配してくれている。イーサンは私を見ると驚いたように目を見開いて、しかし、すぐに笑顔を浮かべる。
「クロエ王女、元気になって良かった。」
「サーラにとても良くしてもらいました。イーサン王子の乳母だそうですね。」
「話は後にしろ。行くぞ。」
ルイスが鋭く言葉を放ち、歩いていく後を付いて城門の胸壁へと向かう。
胸壁に登り見下ろすと、すでに連合国軍が王城前に集結している。ものすごい数だ。
それを見ても余裕の笑みを浮かべ、ルイスは声を張り上げる。
「よく来たな!歓迎する!総司令官は誰だ?」
すると一人の男が馬に跨り前に進み出てくる。セオドアだ。前の生で見たまま、逞しくそして魅力的な姿に成長している。
「この城は包囲されている!大人しく投降すれば命は助けてやろう!」
「こちらには人質がいるのを忘れるな!話がしたい!入ってこい!」
城門が開き、中から馬に乗った帝国軍騎士が何人か出て来る。
セオドアはしばらく逡巡した後、何人かの部下と一緒に城門の中へと入っていく。その中に叔父を見つけ、無事な姿に胸を撫で下ろす。一行が入り終わると、すぐに城門は閉じられた。
私達はそれを見届け城の中へと踵を返す。またルイスに付き従い、今度は王の謁見の間へと連れて行かれる。
階段状の壇上に二つの椅子が据えられ、そこにタルク国王と王妃が座らされる。私とイーサンはルイスを挟んで壇の下に立ち、セオドアたちが現れるのを待つ。その間、私たちの間に会話はない。みんなが緊張の面持ちで、この後の展開を見守っている。
やがて、扉が開きセオドア一行が入ってくる。武器は取り上げられているようだ。
叔父は私を見つけると駆け寄ろうとするが、帝国騎士に止められている。
私は叔父に無事だと安心させるように笑みを浮かべる。その瞬間、みんなが動きを止める。何があったのかと当惑していると、みんながまた動き出す。
「無闇に笑うな。」
ルイスに耳元で言われ、私は気まずくなり俯く。
――こんな緊張の場で一人呑気に笑っていると思われたのだろうか。
「よく来てくれた。私はルイス・カザルファー。帝国の第三皇子だ。」
ルイスがセオドアに対峙しながら言う。
「私はセオドア・レナン。レナン国王太子だ。連合国軍を指揮している。夜までに私が戻らなければ、この城へ攻め込む手筈になっている。話とは一体なんだ。」
「まあそう焦るな、長い話になる。まず、私は連合国軍と争うつもりはない。この城を落としたのも話し合いをするためだ。」
「話し合い?帝国が降伏するとでも言うのか?」
セオドアは目を細め皮肉っぽく笑う。
「私は一介の皇子だ。降伏を宣言する権限などない。しかし、共に帝国を敗北に追い込むことはできる。」
「敗北に?……帝国の皇子がなぜそのようなことをする?」
「私は皇帝を憎んでいる。誰よりも帝国を潰したいと思っているからだ。」
ルイスは薄ら眉間に皺を寄せ、言葉に怒気を孕ませている。
「その言葉を信じろと?しかし、ルイス皇子の力を借りなくても帝国の敗北は目に見えている。」
「そうかも知れないが、これからまだ何年も戦争を続けなければならないだろう。帝国の力は巨大だ。だが、協力すれば内部からも帝国を崩せる。」
「そしてルイス皇子が皇帝になるのか?」
「私は元より皇帝になるつもりはない。くだらない権力争いや腐臭漂う後宮を消したいだけだ。」
「しかし、どうやってその言葉を信じられる?そう言って裏切るつもりかもしれない。」
「そのためにお互い人質を交換したらいい。決して裏切れない人質を。」
ルイスがそう言うと、横の扉が開き一人の女性が侍女に付き添われ入ってくる。とても美しい人だ。しかし、足元がおぼつかない。目が見えていないようだ。その目はルイスと同じ美しい銀色に輝いている。
「私の母だ。毒を盛られ目が見えない。しかし世話は侍女がするので心配しなくてもいい。」
――こんなか弱い女性に毒を盛るなんて……。
帝国の後宮は思う以上に恐ろしい所のようだ。
「私の兄弟も何人か協力をする。第五、七、八皇子だ。皆、皇帝に恨みを持っている。決して裏切ることはない。」
「……本気なんだな。しかしこちらの人質が、」
「それなら彼女にしよう。」
ルイスが私の肩を抱き寄せて言う。
「「「駄目だ!」」」
叔父とイーサン、セオドアも声を上げる。
「いい人質になりそうだな。」
それを見て、ルイスは満足そうに皮肉る。
「それなら俺が代わりに人質になる。」
「悪いが貴殿では人質にならない。」
叔父の声は、ルイスに一笑に付されてしまう。
「私が行きます。」
私はルイスの目を真っ直ぐ見据える。
――もとより望むところだ。
「いいだろう、決まりだな。」
「彼女は駄目だ。」
セオドアが前に進み出るが、帝国騎士に止められている。
「私なら大丈夫です。必ず役目を果たして参ります。」
私はセオドアに会って、改めて心が動かないことに安堵する。
セオドアは帝国騎士に腕を取られ抵抗しながら、眉間に皺を寄せている。
「安心しろ。彼女は必ず守る。」
ルイスが私の肩に置いた手の力を込めて言う。
彼も決死の覚悟のはずだ。
セオドアは諦めたのか力を抜き、帝国騎士の手を振り払う。
「分かった。だが、どんなことがあっても彼女を守ると誓え。」
「私の命に代えても、必ずクロエを守ると誓う。」
その後、場を移して条約の調印をし、今後の話し合いがされた。
ルイス率いる帝国軍は、偽のタルク国属国の調印書を帝国へ持ち帰り、その後、帝国内部で蜂起する。連合国軍は帝国に攻め込み、合流して帝国を制圧する。
「まず一番手薄な北からの侵入が容易だろう。山脈が多いが、北の街道は整備され大隊でも通過できる。第五皇子の母の生家であるヨーク家が味方になって道を通す手筈になっている。」
「いくら味方でも大隊が通れば他に漏れるだろう。」
「そのための揺動も考えている。西から大隊が配備されているという偽の情報を流し、挟み撃ちされるのではと帝国軍の勢力を二つに割る。それは第七皇子が協力してくれることになっている。」
地図を囲み駒を置きながら作戦を練っていく。ここタルク国は帝国の北西にあたり、連合国軍はタルク国北部から帝国入りをして皇都を目指す。皇都までは四日の距離だ。それまで帝国内でルイス皇子が蜂起し皇城を占拠する予定だ。
「蜂起は連合国軍が着くまで待て。危険だ」
「いや。第一、第二皇子の勢力は大きい。今は南の元カナラ国へ出兵しているがいつ戻る分からない。動くなら早いほうがいい。」
ルイスの提案にセオドアは消極的だが、私も機を決するなら早いほうがいいと思う。手をこまねいていると返り討ちに合うかもしれない。
「では私も共に帝国へ行く。」
「なに?」
「帝国騎士に変装すればいいだろう。」
セオドアが思いもよらない提案をする。
「セオドア王子には連合国軍を指揮する役目があるだろう。それにいくら変装したところでセオドアは目立つから、すぐに見つかってしまう。」
ルイスは呆れを隠さずに顔に出している。私もそうだ。セオドアと目が合うが、すぐに逸らされてしまう。
「では私が一緒に行こう。」
「叔父様も我が軍を率いる役目があるでしょう。」
叔父まで何を言い出すのか。
「では私が、」
「人質は一人でいい。」
イーサンが全ていう前にルイスが阻む。みんなどうしたというのだ。
「クロエが心配なのは分かるが、みんな冷静になれ。機会は一度切りだ。失敗は許されない。」
私を心配してではなく作戦のためだろうが、ここで失敗するわけにはいかない。
「よし。では我々は帝国へ向けて帰途に着く。くれぐれも母を頼んだぞ。」
ルイスの母はここタルク国に逗留することになっている。
作戦会議が終わるともう夕方だ。外でドンと音が鳴る。恐らく連合国軍が攻め入る前の合図だろう。
「クロエ。」
セオドアが私に呼びかける。
「決して無理はするな。」
そう言うとセオドアは部屋から出ていく。やはり、名前を呼ばれただけで、懐かしい気持ちと痛みが甦ってくる。
「クロエ、全く無茶をしおって。体は大丈夫なのか?」
叔父には過分な心配をかけてしまった。
「はい、擦り傷だけで大丈夫です。心配をおかけして申し訳ありません。ノアは?無事ですか?」
「ああ、ノアも無事だ。クロエのことをとても心配して探し回っていた。無事だと知ったら喜ぶよ。」
ノアも無事で本当によかった。本来は来るはずではなかったのに、私のせいで戦場へ連れてきてしまった。
叔父も名残惜しそうにしながら帰っていく。
「クロエ、すぐに出発する。支度をしろ。」
「はい。」
ルイスの元を下がり、私も支度のため自分の部屋に戻った。




