7. タルク城
イーサンと共に馬車に乗せられ街道を走る。
先ほどから手足は冷たいのに頭が熱い。体が冷えて風邪をひいたのかもしれない。何年も風邪一つ引いたことがなかったのに、こんな大事な時に倒れてはいられない。しかし頭が朦朧として、馬車の揺れで倒れそうになるのを何度も踏ん張る。
「クロエ、大丈夫か?」
「だ、……大丈夫です。」
イーサンが私の様子がおかしいのに気づき、おでこに手をやる。避ける暇もなく触られるが、冷たい手が心地いい。
「熱があるではないか。いつからだ?」
「大したことはありません。」
「私にもたれていろ。」
肩を抱き寄せられイーサンにもたれかかる。目を瞑ると、それからすぐに意識が落ちてしまった。
――
おでこにひんやりとした感覚がして目が覚める。
自分の息遣いが荒い。
「クロエ様、お目覚めになられましたか?」
年配の女性が私を見下ろしている。私はベッドに寝かされているようだ。
「ここは……。」
「ここは、タルク王城でごさいます。私はイーサン様の侍女を務めておりますサーラと申します。イーサン様からクロエ様のことをお世話するように任されておりますので、どうぞご安心ください。」
「王城?……王城は、落ちたはずでは?」
「はい。帝国軍に占拠されましたが、ある程度の自由は許されております。……さあ、薬をお飲みください。」
サーラが私の背中を支えながら、椀に入った水薬を飲ませてくれるが、余りの苦さに思わず吐き出しそうになる。
「味は酷いですが、とてもよく効くんですよ。体中傷だらけでしたので薬も塗っております。さあ、もう少しお休みください。」
「ありがとう……。」
また寝かされ、おでこに濡れたタオルを乗せてくれる。イーサンはどうしたのか聞きたいが、もう瞼を開けていられない。そのまま、また意識を手放した。
カタンという音で意識が浮上する。
部屋の中は薄暗くぼんやり青色に染まっている。もう夜のようだ。頭は痛いが呼吸はずいぶん楽になった。
横を見るとあの敵将がいる。銀色の目が青い闇の中で浮かび上がり、とても綺麗だ。
じっと見つめていると、男は顔を逸らせてしまう。
「あまり見るな。」
「とても、綺麗な色なので…。」
「……具合はどうだ?」
「だいぶ、良くなりました。……あなたは、どうしてここへ?」
「死なれては困るからな。」
「……イーサン様は、どこにおられるのですか?」
「今は自分の部屋で休んでいる。心配は要らない。」
起きあがろうとするがまだ体の節々が痛み、諦めてまた横になる。少し動いただけなのに息が上がる。
「まだ無理をするな。」
「私は、どうなるのですか?」
「命を奪うつもりはない。……ランバスへの道は塞いでおいたが、雨で更に崩れてしまった。そこに巻き込まれるとはな。」
「……あなたは、帝国の皇子なのですか?」
「第三皇子のルイスだ。」
皇帝には何人もの妃や夫人がいて、何人もの息子と娘がいると聞いた。各国の美姫を集め離宮に侍らせているとか。その中には珍しい銀色の瞳を持つ女性もいると聞いた事がある。
「君はランバス国の王女だな。」
「……なぜ、みんな知っているのでしょう?」
「クロエ王女のことは有名だ。剣を振り回してばかりいるお転婆姫だと。」
「そうですか。」
私は思わず苦笑いを漏らす。
「それに稀に見る美しさだと。」
「……。」
「皇帝が君を狙っているのを知っているか?」
背筋が凍りつく。
結婚式での皇帝の私を見る、舐めるような視線を思い出す。
――前の生で父が私の結婚を急いでいたのは、そのせいだったの?
「……私を皇帝に差し出すのですか?」
「まさか、そんなことはしない。二日後には連合国軍がここに着くそうだ。その時、クロエ王女には交渉材料になってもらう。」
「交渉材料?」
それだけ言うと彼は部屋を出ていく。
――彼は連合国軍が来ることを見越してここに留まっているの?一体何を交渉するつもりなの?
ノックがあり扉が開くと、サーラが入ってくる。
「クロエ様、お目覚めですか?お加減いかがでしょう?」
「随分楽になったわ。」
サーラは部屋の灯りを灯しながら、侍女にご飯の支度を指示する。
「少し食べるものをご用意致しますね。まだ体が弱っておられますので、少しだけにしたほうがいいでしょう。」
食事が運び込まれ、サーラが背中を支えながら起こしてくれる。食事を食べ終えると、またあの苦い薬を出され、なんとか飲み干すと、すぐに横になる。
「さあ、明かりを消しますので、ゆっくりお休みください。」
サーラは部屋の明かりを落として部屋を後にする。
――連合国軍が来るのなら、セオドア様に会うかもしれない。大人になった彼を見て、私はどう思うんだろう……。
翌朝目覚めると、熱も下がり頭痛も消えている。体のあちこちにある擦り傷やアザは痛むが、なんとか起き上がることができた。
「クロエ様、湯を浴びられてから朝ごはんにいたしましょう。」
昨日、川で流したが、まだ髪には砂が絡んでいるようで、サーラが何度も石鹸で流してくれる。体の傷にも丁寧に薬を塗りこんで、深く切れた部分には包帯も巻いてくれた。
「お陰ですっかり良くなったわ。」
「お元気になられてよかっです。イーサン様がそれは心配されてましたよ。」
「イーサン様にもお礼を言いたいわ。お会いすることはできるかしら?」
「今は無理ですが、何かお伝えたしたいことがありましたら私が承ります。」
「そう。では感謝の気持ちと元気になったと伝えてもらえる?」
「かしこまりました。」
着替えると部屋で朝食を食べる。部屋から出ることは許されないようだ。窓から外を見ると帝国軍騎士が庭を巡回しているのが見える。
しかし城が落とされたのに、さほど被害が感じられない。
私の脳裏にはあの日の喧騒が蘇ってくる。
教会から城の広間へと戻り、幸せの絶頂にいた私の目の前で、彼が皇帝の心臓へ剣を突き刺す。
祝いの盃を取り落とし、皇帝が血を吐き苦しみながら倒れる。
それを見ながら、静かに彼が手を挙げる。
それをきっかけに城には火が放たれ、何人もの平服の兵士が雪崩れ込んでくる。
父を庇って叔父が刺され崩れ落ち、父と兄も彼によって次々と切られる。
怒号が行き交う中、セリアに手を引かれ、ただ逃げ惑い廊下をひた走る。
長い廊下の先にある狭い物置部屋に入り、侍女が私のウエディングドレスに着替え廊下へと駆け出していく。
セリアが棚の仕掛けを操り、人がやっと通れるほどの穴が床に現れると、その暗闇から冷気が這い上がってくる。
私に燭台を持たせ、セリアはその真っ暗な空間へ私を押し込んでいく。
セリアも一緒にと腕を掴むが、彼女は静かに首を振る。
ここへ行くようにと、走り書きした地図を私に渡し、セリアは本棚の仕掛けを戻す。
入り口が閉じる時、どうぞご無事で、と言うセリアの悲痛な顔を最後に、冷たい暗闇に閉じ込められた。
強く目を瞑り出てくる涙を止め、自分を叱咤する。
私は強くなれただろうか?
どんな事にも負けない強さを手に入れられただろうか?




