5. 訓練生
早朝から訓練所へと向かう私の身体は、今までより遥かに厳しい訓練の日々に、筋肉痛で悲鳴を上げている。自分の体に錘が付いているかの様に足取りが重い。
「よお、今日も早いな。」
「ノアも早いのね。」
騎士の入団試験で会った少年はノアといい、私と同じ歳だった。十四歳で合格できたのは私達だけだ。ノアは騎士の宿舎に入っている。
私が王女だということは、すぐに皆に知られたが、同じ騎士として扱う様にと、叔父と私から話をしたため、ノアも態度を変えずに接してくれている。
「本当はもっと寝てたいけど、クロエが早く来てるのに負けてられないだろ。」
「じゃあ明日からはもっと早く来ようかな。」
「やめてくれ。」
ははは、と笑いながら訓練所に入ると、既に素振りしている男がいて、彼は私の顔を見ると嫌そうに顔を歪める。
「もう来たのか。」
「ジャック、おはようございます。あなたも早いですね?」
彼は入団試験で私に負けた騎士だ。歳は十七だが、剣のセンスがありメキメキと実力をつけている。しかし、あれから一度も私に勝てていない。
「くそっ!今日も勝負するからな!」
そう言うと、彼はまた素振りを始める。真面目になったのはいいことだが、毎日勝負を仕掛けられるのは困りものだ。
私は叔父の鍛錬の甲斐もあり、訓練所の中ではそこそこの強さだ。力では負けるが、速さと身の軽さで急所を狙い勝負をつける。体力がまだ無いので、勝負が長引く戦場で通用するかは分からないが。
帝国軍と連合国軍の戦いは変化を見せ始めている。
レナン国と接する帝国の領土は、元は攻め落とされたカナラ国のものだったのだが、元カナラ国の騎士たちによる反旗の印が上がり、連合国軍と合流して帝国を退け始めた。
今や元カナラ国の領土は連合国により取り返されようとしている。これを機に、今まで帝国に攻め落とされ従属してきた国からも反旗が翻えることになるかもしれない。
我が国からも元カナラ国に向け出兵されることになり、私も手を挙げたが訓練生はダメだと跳ね返された。
「クロエは本当に物好きだな。なぜ好き好んで戦場へ行こうとするんだ。」
ノアは呆れたような、心配しているような表情だ。
「ここで、のうのうと生きてることが我慢ができないの。」
「のうのうって……、ここは平和なんだから当たり前だろう。」
あの日、その平和がいつまでも続くことが当たり前ではないと思い知った。
当たり前など無いのだと。
――
過去に戻ってから六年が経ち、私は十六歳になった。前の生で私が死んだ歳だ。
「また出兵するらしいぞ。」
ノアが心配そうに私の耳元で言う。
元カナラ国の領土を取り戻した連合国はその勢いに乗り、他の国の領土も取り返しつつある。元々隷属させられていた国の民に帝国への忠誠心があるはずがなく、今や帝国は内部から崩れようとしている。
「私はまた行けないわ。」
「また行きたいって手を挙げたのか?」
私が頷くと、ふぅとノアはため息をつき私を見る。
「何をそんなに焦っているんだ?ここにいて国を守るのも俺たちの仕事だろう。」
「そうだけど……。」
私の中の焦燥感は無くならない。私は前の生から変われているんだろうか。知識だけ集めたところで、私の中の甘ったれた考え方は変われていないのではないか。温かいぬくぬくした環境の中、安全な所から外を見ている。結局、前と同じではないのか。
その時、一人の騎士が駆け込んでくる。
「帝国がタルクに攻め入ったぞ!連合国軍がカナラに行っている間に隙をつかれた!」
タルク国は我がランバス国と帝国の間にある小国だ。かつてはもっと多くの国があったが、帝国の領土拡大によって帝国はランバス国に近づきつつある。
ランバス国は西に縦長のため、タルク国と接する土地は少ないが、タルク国が落ちれば我が国も帝国に直接攻め込まれる恐れがある。タルク国も連合国に入っているが、守りが手薄になったところを突かれてしまった。
「私も行かないと。」
「どうせ俺達はまた留守番だよ。」
「連合国軍がタルクに着くまで何日も持ち堪えられるとは思えない。」
「……。」
元カナラ国へ行く予定だった騎士たちがタルク国に向けて準備をしている。しかし、その数は少ない。
「叔父様、私も行きます。」
元帥である叔父も出立の用意をしている。タルク国が私達にとって、それだけ重要だということだろう。
「駄目だ。」
「この数では少なすぎます。」
「クロエが来ても変わらない。」
「私も戦えます。お願いです。」
「駄目だと言ってるだろう。」
「私が女だからですか?」
叔父は装備をつけながら私を見るが、何も言わないということは肯定なのだろう。
「私が男だったら連れて行ってくれますよね。私は今まで女だからと言って怠けたことはありません。訓練も男と同じように受けてきました。体力は男よりも無いかもしれませんが、決して守られるだけの存在ではありません。元帥、お願いです。私も連れて行ってください!」
「……駄目だ。」
叔父はそれだけ言うと装備を持って去ってしまう。
その背中を失望の気持ちで見送る。叔父が私を心配して戦場に連れて行かないのは理解している。
しかし、国の大事に何もしないで待っていられない。
ふと木箱が目に入る。中を確かめるとテントがいくつか入っているが、私が中に入る隙間はありそうだ。
急いで出立の準備をすると、木箱を開ける。
「何してるんだ?」
ビクッとして振り返ると、ノアが腕を組んで立っている。
「この中に入って付いていく。」
「はぁ。」
ノアはため息をつくと、横の木箱を確かめる。
「じゃあ、俺はここに入るか。」
「ノアも来るの?危険かもしれないのよ。」
「それはクロエもだろ?無茶ばかりするお前を一人で行かせられるかよ。」
「でも、」
「ほら、みんなが戻ってくるぞ。」
慌てて木箱に入ると、持ち上げられ運ばれる揺れを感じる。
「これ、やけに重いな。」
「何が入ってるんだ?」
その言葉にドキリとする。今開けられたら終わりだ。
「おい!早くしろ!」
「はい!」
木箱の揺れが激しくなり、乱暴に置かれる衝撃が来る。なんとか荷馬車に乗り込んだようだ。
しばらくすると荷馬車の車輪の音が聞こえ始める。木箱から出ようとするが、上にも物が積まれているのか下から押しても開かない。このままでは窒息するのでは?と冷や汗が出てきて、一生懸命、蓋を押していると上から開けられる。
「ほら、俺がいてよかっただろ?」
ノアが蓋を開けてくれたようだ。どうやらノアの木箱が上に積まれていたらしい。
「ありがとう。助かったわ。」
私達は荷物の隙間に座り、荷馬車に揺られる。タルク国までは二日の距離だ。
「これを。」
私はカバンから乾パンと水を出し、ノアへ差し出す。
「俺はいい。」
「何か食べないと体が持たないわよ。」
「俺はすぐに見つけてもらう。俺なら追い返されないだろう。」
「……私は着くまで隠れてるわ。」
「俺が着くまで匿ってやるから心配するな。」
「ありがとう、ノア。」
その後すぐにノアは休憩の荷物を取りにきた兵士に見つかり、こっぴどく怒られていた。
夜になりテントや荷物が運び出される。ノアは荷馬車の中から荷物を渡す係になり、私が見つからないようにしてくれ、ご飯と水も運んできてくれる。
「何から何までごめん。」
「仲間だろ。気にすんなって。」
翌朝も早くから準備をして出発する。私の乗った荷馬車は最後尾を走っている。ほぼ休まず走り続け、夜更けにタルク国境近くまで辿り着く。山の中でテントを張り仮眠を取ってから、翌朝タルク国へと入国することになる。
「伝令の話だと、タルクの王城が帝国軍に攻め入られたらしい。」
ノアが夕食のパンをちぎりながら話す。
「連合国軍はいつ頃着くの?」
「後二、三日はかかるだろうって。」
「そんなに。」
「なあ、クロエはここにいろ。危険だから。」
「心配してくれるのは有難いけど、ここにいては付いて来た意味がないわ。」
「でも、戦争なんだぞ。死ぬかもしれないんだぞ。」
「それはノアも同じよ。ノアこそ、ここにいてほしい。」
「そんなことできるわけないだろ。」
「私も同じよ。」
私を見て不満げな顔をしていたが、ノアはお椀のスープをごくごく飲み干す。
「わかった。じゃあ、絶対俺のそばを離れるなよ。」
「ノアもね。」
「俺が言ったんだぞ。」
ノアは苦笑いをして食器を下げていく。ノアもこの二年で随分逞しくなったが、まだ少年と大人の間という感じだ。彼を巻き込んでしまったことを後悔している。
―
目を覚ますと、薄暗い中、もう夜が明け始めている。
いよいよ今日はタルク国へ入り、帝国軍と交戦になるだろう。
私は冷たくなっていく手を握り締める。死ぬのは怖くないと言ったら嘘になる。とても怖い。
ただ、私がやり直しを許された理由があるのなら、私のできることをしよう。




