4.連合国
また一年が経ち、私の髪は肩下まで伸びた。
叔父は毎日のように王宮の敷地で私の鍛錬をつけてくれている。初めは体が思うように動かず辛かったが、今では随分慣れて体力もついてきた。
あの日以来、帝国からの使者は来ていない。レナン王国との同盟が効いているのか、この静けさが逆に不安を煽る。
帝国は少しずつ領土を拡大している。皇帝は好戦的で血も涙もない男だと聞く。息子達も戦果を求め他国への侵略を繰り返している。
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今日は変装してお忍びで城下町へ来ている。私は男の子に扮装し、いつもの護衛騎士マイクが私を追う。
「クロエ様、いつかバレて怒られてしまいます。早く帰りましょう。」
「平気よ。マイクは小心者ね。」
「クロエ様が強すぎるのです。帝国の使者の前で啖呵を切るなんて、俺にはとてもできません。」
私の武勇伝は、もうすっかり広まってしまっている。
「……それは言わない約束よ。」
私はいつもの場所へと向かう。薬と書かれた看板の前で立ち止まり、扉を開けるとあの日と同じ店の佇まいがある。
「こんにちは、今日も薬をもらいに来ました。」
私が声をかけると女性がこちらを見て微笑む。
あの日より若い。セリアの妹、アリアだ。
「いらっしゃい。待ってたわよ。」
アリアは棚から袋を取り出すと私に渡す。
「はい、これ、傷薬と湿布ね。いつもお互いご苦労様。」
「また来週もお願いします。」
「わかったわ。用意しておくわね。」
私は騎士団で使う薬をアリアの店から買う許可を取り、毎週買いに通っている。
店を出ると、私は街の様子を眺めながら歩く。
街には物が溢れ、人々は活気に満ちている。
乳母のセリアは伯爵家に嫁いだが、元は子爵家の娘だった。妹のアリアは薬屋に嫁ぎ、主人が薬を作りアリアが販売をしている。
あの日、セリアが私をアリアの元へ行かせたのは、アリアなら信頼できると思ったからだろう。
レナン王国との同盟が成って、セオドアと私の婚約話が出たが、私は騎士になりこの国を守るため、他国に嫁ぐことはないと父に断ってもらった。その後、セオドアは他国の王女と婚約したと知らされた。
今のセオドアはもう、あの日のセオドアになることはないが、私の砕けた心の破片はまだ突き刺さったままだ。
今思うと、なぜ私とセオドアが婚姻を結ぶ運びになったのか疑問だ。敗戦国の王太子など処刑されてもおかしくない。レナン王は帝国軍に攻め落とされた時に命を落としていた。
セオドアは我が国へ秘密裏に連れてこられたが、跡取りのない侯爵家の養子となり、騎士として研鑽を積んで頭角を現していった。国を落とすために必死に剣の腕を磨いていたのだろう。
――お父様はもしかするとセオドア様に対して自責の念を抱いていたのかもしれない。だから、彼を私の婚約者にした……。
あの時、私はその事も疑問に思わず幸せのぬるま湯にいた。
――
また一年が過ぎ、私は十三歳になった。
去年は祖父が亡くなり、ラナとラロも相次いで死んでしまい辛い年だった。私の知る史実をなぞっている。
レナン王国は周辺国と同盟を結び続け、帝国へ対抗すべく連合国軍を結成した。我が国ランバスもその中の一国だ。しかし、前の生で私の知る限り連合国軍という言葉は無い。こちらは新しい歴史が綴られ始めている。
十六歳の私が問いかけてくる。
このままでいいの? と。
全てが私の手から溢れていったあの日―
空虚な自分を思い知ったあの日―
私ができる事は、すべき事は何なのか、焦燥感が募ってくる。
――
そして、また一年が過ぎ、私は十四歳になった。前の生でセオドアと婚約した歳だ。
帝国は連合国軍に対し攻めあぐねている。何度か帝国と接するレナン王国で衝突があるが、お互い固い守りで勝負が決しない。
連合国軍を指揮するのはレナン国王とセオドアだ。今や連合国は七の国に上る。小国もあるが、兵力は帝国と拮抗している。祖父が亡くなり父がまた帝国へ与するのではと心配したが、その心配もいらないようだ。我が国も連合国軍へ兵と物資を送っている。
明らかに私の知っている歴史とは変わってきている。このまま帝国に対抗できる力を持ち続けられれば、もしかすると帝国に勝てるかもしれないという希望が出てくる。
我が国では十四歳になると希望者は騎士の訓練所へ入ることができる。もちろん厳しい試験が行われるが、庶民、貴族の別なく受けられる。
私も今年はこの試験を受けるつもりだ。女騎士も少数だがいる。父と兄は反対しているが、叔父が味方になってくれ、私も断固として騎士になる意志を曲げるつもりはない。
いよいよ騎士の試験の日。
私は王女であることは隠して試験を受ける。もちろん騎士の中には私だと気づく者もいるだろう。
騎士の訓練場には多くの者が並び試験を受けるために待っている。
十四歳からなので受ける者はほとんどが私よりも年上だ。騎士になれは俸給がもらえ宿舎にも入れる。その代わり命懸けで国のために戦わなければならない。
「おい、悪いことを言わないからやめとけ。」
声の方へ向くと私と同じ歳くらいの少年が話しかけている。深い茶色の髪に薄い緑色の目。くっきりした目鼻立ちに痩せ気味の体躯。
――どこかで見たことがあるような……。
「どうして?」
「お前も俸給が欲しいんだろうが、女には無理だ。」
「国のために戦うのに男も女も関係ないわ。」
「力がないからダメだってんだ。諦めて帰った方がいいぞ。」
――思い出した。この子はあの日、道を聞いた少年だ。
「あなたはどうして騎士になりたいの?」
「金のために決まってるだろ。」
「死ぬかもしれないのよ。あなたの親は反対しなかったの?」
すると少年はせせら笑いながら答える。
「お前は反対するような親を持って幸せだな。俺は弟を食わせていかなきゃいけないんだ。」
「親は何をしているの?」
「……親父は死んだ。お袋が必死で働いても食っていけないんだ。」
この国は豊かだが、全ての人がその恩恵にあずかれている訳ではない。
――あの喧騒の街で、この子は何をしていたんだろう……。
間も無く試験が始まり、順番に呼ばれ訓練場に入っていく。身体検査の後、筆記試験、身体能力の試験がある。
身体検査は女性騎士がしてくれ、無事に合格できた。私は同じ歳の子より少し背が高いそうだ。
筆記試験は簡単な読み書きができるかと、基本的な常識問題だけなので、これも合格できた。
いよいよ最後の身体能力試験だ。走り込みや土嚢を飛び越える試験、握力測定などがあり、最後に剣術のテストがある。
模擬剣を受け取りながら闘技場に上がると、私の対戦相手は若い騎士のようだ。
「おいおい、こんなきれいなお嬢さんと戦うのか?怪我させて怒られるのは嫌だぜ?」
若い騎士は薄ら笑いを浮かべ、私を馬鹿にしている。
私が闘技場の下にいる叔父にチラリと視線を送ると、彼はニヤッと左口角を上げて頷く。
思いっきりやってこい、ということだろう。
私が正面に剣を構えると、若い兵士は「どこからでもかかってきていいよ。」と片手で剣を下に持ち、顎を上げる。
私は「行きます」と言いながら、若い騎士に向かっていく。
彼は避ける様子も見せないが、私は剣を彼の頭に振り下ろす。彼は難なく私の剣を払うが、私はもう次の動作に入っている。素早く後ろに回り込み、彼の首に剣の刃を押し当てる。彼は棒立ちになり動かない。
「そこまでだ!」
終了の声がかかり、私は剣を収める。
「ま、待て。今のは油断したからだ、もう一回!」
若い騎士は声を上げるが、叔父がやって来て彼を睨みつける。
「戦場でもう一回があるわけないだろう。油断で死ぬんだ。お前は負けだ!」
若い騎士は悔しそうに顔を歪めている。
「あいつは腕はいいが、その強さに慢心しているところがある。クロエがあいつの鼻をへし折ってくれて助かったよ。」
私の耳元で囁きながら、叔父はしてやったりな顔をしている。
確かに戦場では一瞬の油断が命取りになる。
私は試験に合格できた。あの少年はと探すと彼も名前を呼ばれて両手を上げて喜んでいる。
今は戦況が小康状態を保っているが、それもいつ崩れるか分からない。彼の合格を素直に喜べない自分がいる。
父と兄は私が合格したことを喜んではくれなかったが、危険な事はしないようにと釘を刺し認めてくれた。




