3. 同盟
私が死に過去に戻ってから一年が過ぎた。
叔父に会いに騎士の訓練所に通う内、私自身が自分の身を守れたら、そして、誰かを守れるようになれたら、という思いが強くなっていく。
危ないからとみんなが止めるのを聞かず、試しに模擬刀を借りて振ろうとしたが、重過ぎて子どもの私では振るより振られてしまう。
見かねた女性騎士が、軽い木刀を貸してくれ、それなら私でもなんとか振る事ができた。
それからは、騎士服をあつらえてもらい、朝晩、基礎運動と走り込み、木刀の素振りを日課に。すぐに手には豆ができ、時には血が滲む。それでも私は毎日訓練を続けた。
――痛みは私の強さになる。あの日の痛みのように。
―
「今、レナン王国の王と王太子がお忍びでこの国に来ているんだ、同盟の話し合いのために。」
叔父の言葉に私の心臓が跳ね上がる。レナン王国は、私の婚約者の滅ぼされた国だ。そして彼はその国の王太子だった。
――前の時にも、レナン王達がこの国に訪れていたの?
私は何も聞かされていなかった。
「王はその話を断るつもりだろう。」
「何故ですか?」
「同盟では帝国に対抗できると思っておられないようだ。」
「牽制にはなるでしょう?」
「……確かにそうなんだが。下手に帝国を刺激するような事をしたくないそうだ。」
レナン王国との同盟の話し合いは難航しているようだ。叔父が父を説得してはいるが、父の反応は鈍いらしい。
――なんとか同盟を結ばないと……。このままではレナン王が自国へ帰ってしまう。
祖父に連絡を取ったが、あまり容体が良くないらしい。
――私に何か決め手があれば……。
―
鳥籠の掃除をしている間に、インコのラロが逃げてしまったと侍女のソニアが探し回っている。窓から覗くと近くの枝の間に青色が見える。
私はラロを驚かさないように、バルコニーから枝へと静かに乗り移りラロに手を伸ばす。子どもの体重ならなんとかなりそうだ。
「クロエ様、危ないです!」
侍女のジェーンが慌てて止めに入るが、私の手は既にラロを掴んでいる。
「捕まえたわ。」
そっとラロをジェーンに渡しホッとした瞬間、私は足を滑らせてしまう。
「あっ!」
途中の枝に引っかかりながら背中からドサっと落ちる。
「天使が落ちて来たかと思った。」
その声に目を開けると、あの人が私を抱いている。
私が知るよりも若い。十六歳の彼。
私は彼に受け止められたようだ。
彼は私をそっと下ろしながら綺麗に笑う。
――そうだ、この笑顔。
私の胸にちくりと針が刺さる。
プラチナブロンドに琥珀の瞳。肌はきめ細かく一点の曇りもなく整った顔をしていて、今はまだ体の線が細いが、これから鍛え上げられて、誰もを魅了する姿になる。
「天使なんかいません。」
思わず低い声が出てしまう。
――私が天使ならみんなを救えたはず。だけど、みんな死んでしまった……。
「レナン王国王太子ですね。お初にお目にかかります。ランバス王国王女クロエと申します。助けていただきありがとうございました。」
私はスカートを摘みながらお辞儀をする。
すると彼は笑いながら私の髪についた葉を取り、そして、自身も腰を折りながら礼をする。
「レナン王国王太子セオドアと申します。よく私だと分かりましたね。」
「……御訪中だと聞いておりましたので。」
「そうですか。ところで、怪我はありませんか?」
「はい。……侍女が心配しておりますので、これで失礼いたします。」
私は部屋へ戻ろうと踵を返す。もう彼の顔を見ていられない。
「待って、」
セオドアは私に手を伸ばしてくる。
私は思わずその手を払いのけてしまう。
セオドアは一瞬驚いた顔をして、しかし、すぐにいつもの笑顔になる。
「驚かせてしまったようだね。まだ髪に葉が付いているから取ろうとしたんだ。」
「失礼いたしました。部屋へ戻り侍女に見てもらいますので大丈夫です。」
私はお辞儀をして、今度こそセオドアから離れる。
――今の彼は、まだただの子ども。私を欺き国を落とした彼じゃない。
分かってはいるが、彼が父を切り倒した光景が瞼の裏にこびりついている。
あの時の私は蝶よ花よと大切に育てられ、何も悩むことなく、着飾りいつも笑っていた。
――そんな私を見てセオドア様はどう思っていたのだろう?……もしそれを今聞けたとしても、今の私には聞く勇気がない……。
冷たくなった手を強く握りしめた。
―
幾日か過ぎて、とうとう同盟は結ばれる事なくレナン王が帰ることとなり、それと同時に帝国から使者が来たと叔父が言う。
私は意を決して騎士服に身を包み、父の執務室へと向かう。
扉の前の護衛に父への目通りを頼むと、来客が来ていて誰も通せないと言われる。そこに叔父も来て目通りを頼むと、ようやく中へ通された。
父は私の騎士服を見て驚いている。
「今は忙しい。話なら後にしなさい。」
私は無言で服の下から短剣を出すと、束ねた長い髪を掴み首元から一気に切り落とす。
「な、何をしているんだ!」
父が叫び、叔父も私から素早く短剣を取り上げる。
床には私の金色の髪が一面に散らばる。
「お父様、帝国と属国条約を結ばないでください。私が騎士になり、必ずやこの国を守ります。」
父と向かいに座っていた帝国の使者でさえ、驚き目を見開いている。
「王女様は国のことなど分からないでしょう? 大人を困らせるものではありませんよ。さあ部屋へお戻りになったほうがいいでしょう。」
帝国の使者が私に話しかけるが、私は父から目を逸らさず語りかける。
「お父様、この国は帝国には及ばないかもしれません。しかし、これまでも自国を守り抜いてきました。五百八十六年続いてきたのは私達の守りが固いからです。それは今も変わりません。誰に与することがなくても、この国の守りは誰にも侵せません。」
「そうです。先祖から受け継いだこの血脈は誰にも穢せません。彼らは何度も他国を追い払いこの国を守ってきたではありませんか。帝国の言いなりになってはいけません。」
叔父も私の肩に手を置き、父に話しかける。
帝国の使者はそれを聞き、薄ら笑いを浮かべる。
「いつまでそんな事を言っていられますかな?帝国は領土を広げ、今やその国力はこの国の数倍にもなる。昔とは違うのですよ。」
「国が大きくなれば強くなるわけではない。力が分散され、不穏分子が生まれ御し難くなり、統治が難しくなる。この国に頼りたいのは帝国の方ではないのか?」
私の言葉に明らかに使者は怒りを露わにして顔を赤くする。
「生意気な王女だ。帝国との条約を結ばずこの国の繁栄はもはや無いのだぞ。」
「帝国に頼らずとも、この国は豊かで国民は強い。帝国こそ巨体を揺らし、その重みでいつか倒れるだろう。」
「ランバス王よ、いいのか!このような子どもに好き放題言わせておいて!帝国を敵に回すのだぞ!」
その時、勢いよく扉が開けられる。見ると杖をついた祖父と、後ろにはレナン王とセオドアがいる。
「帝国の使者如きが一国の王に随分偉そうな口を利く。帝国の質が分るというものだ。」
レナン王は使者を睨みつけながら入ってくる。
祖父も使者を睨み付け、父にも目を向ける。
「お前はこの国を売るつもりか?私は祖先が守ってきたこの国を守れと言ったはずだ。お前のしていることは祖先を裏切る行為なんだぞ。」
父は祖父を見て、そして私を見る。深く息を吸うと、使者に向きなおり扉を指差す。
「ここにお前の席はないようだ。帰るがいい。」
「良いんですな?帝国を敵に回すことになるんですぞ。」
「お前こそ条約を結べず帰ったとあれば処罰されるのではないか?帝国に着くまでに上手い言い訳を考えるのだな。」
使者は改めて私達を睨み付けると、足早に部屋を出ていく。
私は緊張が解け倒れそうになり、それを叔父が支えてくれる。
「父上、容体はよろしいのですか?」
「心配で寝ておられぬ。お前には失望したぞ。」
父は祖父を前にして、苦渋の表情をしている。
帝国の重圧も相当なものだったのだろう。
父がレナン王へ向き直り頭を下げる。
「レナン王よ、醜態をお見せしてしまった。……もし叶うのなら、今からでも我が国との同盟を結んでいただけるだろうか?」
「頭を上げてくれ。喜んで同盟に応じよう。」
二人が固く握手を交わすのを見て、私は心から安堵する。
祖父は私の側に来ると短くなった髪持ち上げる。少しザンバラな髪になってしまった。
「クロエ、お前が男だったらよかったのだがな。」
「女でも騎士にはなれます。」
「だが王にはなれない。」
「兄がいるではないですか。」
「あやつは優しすぎる。」
――確かにお兄様はお父様に似て心優しく穏やかで、王としては頼りないのかもしれないけれど……。
宰相が書類を運んでくると同時に、侍従が床に散らばる私の髪を片づけている。その様子をセオドアは眉根を寄せ見ていた。
私と叔父は部屋を出ると二人で廊下を歩く。
「クロエ、無茶をしすぎる。ナイフを出したときは肝を冷やしたぞ。」
私は叔父からナイフを受け取り鞘へ収める。少し首を切ったのかピリピリ痛みが走る。
「叔父様、私は騎士になると決めました。これから稽古をつけてください。」
「……本気なのか?」
「はい。私はこの国を守ると誓いを立てました。その言葉に二言はありません。」
「分かった。きっと立派な騎士に育ててやろう。」
「はい!よろしくお願いします!」
過去を変えると未来は変わる。未来がどうなるとしても、私は後悔したくない。




