25. 時を戻すということ
「それから、……どうなったのですか?」
私は喉がひりつくのを感じながら、なんとか言葉を吐き出す。
「ガブリエルが、ジェイデンを殺したよ。ジェイデンは最後に、ルイスの大切な者を奪って行きたかったんだろう。……ルイスは、君の亡骸を抱きしめながら、泣いていた。何度も君の名前を呼んで。」
私は深く息を吐き出す。長く息を止めていたかのように頭がクラクラする。
「俺は、その様子をなす術なく眺めていた。君は目を開けることはなくて、その顔が穏やかな事だけが救いだった。……その時になって漸く、俺はこの時計を使う勇気を奮い立たせたんだ。そして、……時を戻した。」
セオドアは胸ポケットの上から時計を掴む。
長い沈黙に耳の奥が痛いほどだ。
静かな部屋に目をやると、黒色のカーテンが作り出す影に人影が浮かぶのを見つけ、見えない目と目が合う。
「……私は、きっと、死んでも悔いはなかったでしょう。」
「君は、……そうだったろうな。」
カーテンが少し揺れて、そして、二度と動かなくなった。
「……戻ったら、十六歳だった。」
私は再びセオドアを見る。
セオドアは相変わらず私と視線を避けるように、どこか遠くを見ている。
「……今度は帝国に攻めいられる前に対抗できうる力を付けようと、軍事力を強化するように父を説得し、俺も軍に入った。……しかし、その結果、降伏を拒んだばかりに、両親は殺されてしまい、俺はまたもやランバス国に連れてこられた。」
自重気味に口端を上げるが、頬は痙攣するように震えている。
「そして、帝国とランバス国に復讐を誓ったのですね。」
「それもあったが、俺はまたクロエが皇帝の元へ行ってしまうのではと、怖かった。……軍に入り腕を磨く俺をランバス王は警戒していたよ。だから俺は、それを逆手に取り、クロエとの婚約を申し込んだ。……ランバス王は了承してくれたよ。」
「父はセオドア様に贖罪の念を抱いていたのだと思います。」
「そうかもしれないな。……クロエと婚約して、復讐の準備をしながらも、君と共に過ごせて俺は幸せだったよ。」
「……私も、幸せでした。」
セオドアとようやく目が合い、潤む目を細める。
「ずっとこんな日が続けばと何度も願った。それと同時に、皇帝に狙われる前に早く君と結婚しなければと焦ってもいた。……でも、結婚式の日が決まると、皇帝が来ると知らせが入った。体の底から怒りが込み上げるのと共に、俺はチャンスだと思った。一度目でルイスの思惑はよく知っていたから、密かにルイスと連絡を取り、皇帝を殺すと共に、帝国でも蜂起制圧するように手を組んだんだ。」
そこまで用意周到に仕組まれた計画だったなんて。
「全てが上手く行ったと思った。これでようやく終わった、と。……だが、俺はまだどうしようもなく愚かだった。またしても、君を死なせてしまったんだから。」
「……私は、自分が愚かだと思っていました。何も知らず誰も守れない、王女失格だと。」
「そう思わせてしまったのは、俺だな。君を本物の鳥籠に閉じ込めてしまった。」
「私を、守ろうとしてくださったんでしょう?」
「ああ。……だが、俺は今のクロエが一番好きだ。無理に自分を押さえ込まず、生き生きとしている君が。」
私は心からの笑みを浮かべる。
「その笑顔を、ずっと見たかった。」
セオドアは胸ポケットから懐中時計を取り出し、指で細工模様をなぞる。
「本当を言うと、時を戻せるなんて半信半疑だったんだ。そんなの、迷信だろうと、どこかで思っていた。……でもあの時、心から望んだ。戻せるなら戻してくれ、戻ってくれ、と。何度も何度も願ったよ。」
「私も自分が体験していなければ、信じていないでしょう。」
「二度目は、無理だと分かっていたが、それでも時計に願わずにはいられなかった。俺の命と引き換えにしてもいいから、お願いだから戻してくれ、と。……まさか過去に戻ると、また使えるようになるとは思ってもいなかった。」
セオドアは穏やかな顔を見せる。
「でも、……そのお陰で、またこうしてクロエに会うことができた。」
重荷を下ろしたような緊張が解けた表情だ。
「これは、クロエに。」
セオドアは私の手を持ち上げると、懐中時計を乗せる。
「え、いけません!」
「君なら、この時計に見合う。……まぁ、この先百年は使えないがな。」
悪戯っぽく笑うセオドアに、つられて笑ってしまう。
「……では、これは私がお預かりしますね。」
「クロエ、君との婚約は解消する。」
時計からセオドアへ顔を上げると、彼は真っ直ぐに私を見ている。
「君を解放するよ。……ルイスと、幸せになれ。」
瞬間、眉根を寄せ、セオドアは足早に部屋を出ていく。
私は何を言われたのか逡巡するが、理解するより先に涙が溢れてくる。
「あ、……うぅ。」
口元を震える手で押さえるが、押さえきれない嗚咽が漏れた。
――――――
ひとしきり泣いた後、私は自室に戻るとソファに座る。
懐中時計を眺めると、繊細な細工が掘り込まれ、ランプの灯りに煌めく。留め具を外すとカチッと音がして蓋が開き、歯車が噛み合いゼンマイが規則正しく時を刻む。
――セオドア様は、どんな気持ちでこの時計を私に渡したのだろう。
「カレブ。」
私は夜更けの冷えた部屋に呼びかける。
部屋は変わらず静まり返り動かない。
「カレブ?」
いつもなら、カレブはすぐに姿を現しているはずだ。
どこを見てもカレブの姿は無い。
急に独りぼっちになったような孤独を感じる。
「私は、怒ってないわ。」
誰もいない部屋に声がやけに響いた。
――――――
次の日の早朝、もうセオドア達は出立の準備を終えている。
「黙って行くつもりだったのですか?」
私は馬に装備をつけるセオドアに声をかける。
「会えば決心が揺らぐからな。……昨晩、ランバス王に婚約解消を申し出た。」
「セオドア様…………、これは、本当に置いて行くのですか?」
私はポケットから懐中時計を取り出す。
「俺だと思って持っていてくれ。」
「……分かりました。」
「クロエ、また会おう。」
セオドアは深い笑みを浮かべる。
「セオドア様、帰途の無事を祈っております。」
「出発するぞ!」
号令をかけると馬首を巡らせ、セオドア達は長い隊列を組み、ランバス国を後にする。
セオドアは決して振り返ることはなかった。
――――――
「クロエ!」
はっとして模擬剣を構えるが、自分の剣ごと右肩に相手の剣が打ち込まれ、剣を取り落とす。
「あっ!」
「何を惚けてるんだ!」
ノアの檄が飛び、慌てて剣を拾う。
「すいません!」
私は再び剣を構えるが、ノアはもう既に剣を片付けている。
「ノア、ごめんなさい。今度は集中するから……。」
「お前、ずっとおかしいぞ。メチャクチャに打ち込んできたと思ったら、急にボーとして。」
ノアは、はぁと大きくため息をつく。
「……もう、早く会いにいけよ、あの第三皇子に。そうじゃないと、違う奴と婚約させられちまうぞ!」
ルイスが記憶喪失になったことは内々に伏せられているので、ノアはそのことを知らない。
「そんな、……こと、できないわ。」
「じゃあ、違う奴と結婚してもいいんだな!」
「……。」
セオドアと婚約解消してから、どこから知ったのか婚約の申し込みがきている。その中に、海を渡った大国シャーブルックの王子からの申込書もあり、その王子が一週間後、友好大使としてこの国に来ることになっている。
父はまだ決めかねているようだが、私も十七歳だ。いつ婚約が決まってもおかしくない。
セオドアには、ルイスと幸せになれ、と言われたが、だからといって、私がルイスと結ばれることはない。
「諦めるのか?」
ノアは私を睨みつける。
「何もしないで諦めるのか?」
ノアが私を挑発しているのは分かっている。
「分かったよ。いつまでもそうやってウジウジしてろ!」
ノアは訓練場のドアを乱暴に開けると出て行った。
――――――
私はこの国の王女だ。
私には責任が伴う。
でも、一度、いや二度死んで、今度は自分の人生を歩んでみたくなった。
一人の人間として、女として、自分に向き合ってみたい。私はどう生きたい?




