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やり直し王女  作者: あお
25/26

25. 時を戻すということ

「それから、……どうなったのですか?」


 私は喉がひりつくのを感じながら、なんとか言葉を吐き出す。

 

「ガブリエルが、ジェイデンを殺したよ。ジェイデンは最後に、ルイスの大切な者を奪って行きたかったんだろう。……ルイスは、君の亡骸を抱きしめながら、泣いていた。何度も君の名前を呼んで。」


 私は深く息を吐き出す。長く息を止めていたかのように頭がクラクラする。


「俺は、その様子をなす術なく眺めていた。君は目を開けることはなくて、その顔が穏やかな事だけが救いだった。……その時になって漸く、俺はこの時計を使う勇気を奮い立たせたんだ。そして、……時を戻した。」


 セオドアは胸ポケットの上から時計を掴む。

 

 長い沈黙に耳の奥が痛いほどだ。

 静かな部屋に目をやると、黒色のカーテンが作り出す影に人影が浮かぶのを見つけ、見えない目と目が合う。

 

「……私は、きっと、死んでも悔いはなかったでしょう。」 

「君は、……そうだったろうな。」


 カーテンが少し揺れて、そして、二度と動かなくなった。

 

「……戻ったら、十六歳だった。」


 私は再びセオドアを見る。

 セオドアは相変わらず私と視線を避けるように、どこか遠くを見ている。

 

「……今度は帝国に攻めいられる前に対抗できうる力を付けようと、軍事力を強化するように父を説得し、俺も軍に入った。……しかし、その結果、降伏を拒んだばかりに、両親は殺されてしまい、俺はまたもやランバス国に連れてこられた。」


 自重気味に口端を上げるが、頬は痙攣するように震えている。

 

「そして、帝国とランバス国に復讐を誓ったのですね。」

「それもあったが、俺はまたクロエが皇帝の元へ行ってしまうのではと、怖かった。……軍に入り腕を磨く俺をランバス王は警戒していたよ。だから俺は、それを逆手に取り、クロエとの婚約を申し込んだ。……ランバス王は了承してくれたよ。」

「父はセオドア様に贖罪の念を抱いていたのだと思います。」

「そうかもしれないな。……クロエと婚約して、復讐の準備をしながらも、君と共に過ごせて俺は幸せだったよ。」

「……私も、幸せでした。」


 セオドアとようやく目が合い、潤む目を細める。

 

「ずっとこんな日が続けばと何度も願った。それと同時に、皇帝に狙われる前に早く君と結婚しなければと焦ってもいた。……でも、結婚式の日が決まると、皇帝が来ると知らせが入った。体の底から怒りが込み上げるのと共に、俺はチャンスだと思った。一度目でルイスの思惑はよく知っていたから、密かにルイスと連絡を取り、皇帝を殺すと共に、帝国でも蜂起制圧するように手を組んだんだ。」


 そこまで用意周到に仕組まれた計画だったなんて。


「全てが上手く行ったと思った。これでようやく終わった、と。……だが、俺はまだどうしようもなく愚かだった。またしても、君を死なせてしまったんだから。」

「……私は、自分が愚かだと思っていました。何も知らず誰も守れない、王女失格だと。」

「そう思わせてしまったのは、俺だな。君を本物の鳥籠に閉じ込めてしまった。」

「私を、守ろうとしてくださったんでしょう?」

「ああ。……だが、俺は今のクロエが一番好きだ。無理に自分を押さえ込まず、生き生きとしている君が。」


 私は心からの笑みを浮かべる。


「その笑顔を、ずっと見たかった。」


 セオドアは胸ポケットから懐中時計を取り出し、指で細工模様をなぞる。


「本当を言うと、時を戻せるなんて半信半疑だったんだ。そんなの、迷信だろうと、どこかで思っていた。……でもあの時、心から望んだ。戻せるなら戻してくれ、戻ってくれ、と。何度も何度も願ったよ。」

「私も自分が体験していなければ、信じていないでしょう。」

「二度目は、無理だと分かっていたが、それでも時計に願わずにはいられなかった。俺の命と引き換えにしてもいいから、お願いだから戻してくれ、と。……まさか過去に戻ると、また使えるようになるとは思ってもいなかった。」


 セオドアは穏やかな顔を見せる。


「でも、……そのお陰で、またこうしてクロエに会うことができた。」


 重荷を下ろしたような緊張が解けた表情だ。


「これは、クロエに。」


 セオドアは私の手を持ち上げると、懐中時計を乗せる。


「え、いけません!」

「君なら、この時計に見合う。……まぁ、この先百年は使えないがな。」


 悪戯っぽく笑うセオドアに、つられて笑ってしまう。


「……では、これは私がお預かりしますね。」

「クロエ、君との婚約は解消する。」


 時計からセオドアへ顔を上げると、彼は真っ直ぐに私を見ている。


「君を解放するよ。……ルイスと、幸せになれ。」


 瞬間、眉根を寄せ、セオドアは足早に部屋を出ていく。


 私は何を言われたのか逡巡するが、理解するより先に涙が溢れてくる。


「あ、……うぅ。」


 口元を震える手で押さえるが、押さえきれない嗚咽が漏れた。




――――――



 ひとしきり泣いた後、私は自室に戻るとソファに座る。

 懐中時計を眺めると、繊細な細工が掘り込まれ、ランプの灯りに煌めく。留め具を外すとカチッと音がして蓋が開き、歯車が噛み合いゼンマイが規則正しく時を刻む。

 

――セオドア様は、どんな気持ちでこの時計を私に渡したのだろう。


「カレブ。」


 私は夜更けの冷えた部屋に呼びかける。

 部屋は変わらず静まり返り動かない。


「カレブ?」


 いつもなら、カレブはすぐに姿を現しているはずだ。

 どこを見てもカレブの姿は無い。

 急に独りぼっちになったような孤独を感じる。


「私は、怒ってないわ。」


 誰もいない部屋に声がやけに響いた。



――――――



 次の日の早朝、もうセオドア達は出立の準備を終えている。


「黙って行くつもりだったのですか?」


 私は馬に装備をつけるセオドアに声をかける。

 

「会えば決心が揺らぐからな。……昨晩、ランバス王に婚約解消を申し出た。」

「セオドア様…………、これは、本当に置いて行くのですか?」


 私はポケットから懐中時計を取り出す。


「俺だと思って持っていてくれ。」

「……分かりました。」

「クロエ、また会おう。」


 セオドアは深い笑みを浮かべる。

 

「セオドア様、帰途の無事を祈っております。」

「出発するぞ!」


 号令をかけると馬首を巡らせ、セオドア達は長い隊列を組み、ランバス国を後にする。

 セオドアは決して振り返ることはなかった。



――――――



「クロエ!」


 はっとして模擬剣を構えるが、自分の剣ごと右肩に相手の剣が打ち込まれ、剣を取り落とす。


「あっ!」

「何を惚けてるんだ!」


 ノアの檄が飛び、慌てて剣を拾う。

 

「すいません!」


 私は再び剣を構えるが、ノアはもう既に剣を片付けている。


「ノア、ごめんなさい。今度は集中するから……。」

「お前、ずっとおかしいぞ。メチャクチャに打ち込んできたと思ったら、急にボーとして。」


 ノアは、はぁと大きくため息をつく。


「……もう、早く会いにいけよ、あの第三皇子に。そうじゃないと、違う奴と婚約させられちまうぞ!」


 ルイスが記憶喪失になったことは内々に伏せられているので、ノアはそのことを知らない。

 

「そんな、……こと、できないわ。」

「じゃあ、違う奴と結婚してもいいんだな!」

「……。」


 セオドアと婚約解消してから、どこから知ったのか婚約の申し込みがきている。その中に、海を渡った大国シャーブルックの王子からの申込書もあり、その王子が一週間後、友好大使としてこの国に来ることになっている。

 父はまだ決めかねているようだが、私も十七歳だ。いつ婚約が決まってもおかしくない。

 セオドアには、ルイスと幸せになれ、と言われたが、だからといって、私がルイスと結ばれることはない。

 

「諦めるのか?」


 ノアは私を睨みつける。


「何もしないで諦めるのか?」


 ノアが私を挑発しているのは分かっている。


「分かったよ。いつまでもそうやってウジウジしてろ!」


 ノアは訓練場のドアを乱暴に開けると出て行った。



――――――



 私はこの国の王女だ。

 私には責任が伴う。


 でも、一度、いや二度死んで、今度は自分の人生を歩んでみたくなった。


 一人の人間として、女として、自分に向き合ってみたい。私はどう生きたい?



 


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