22. 記憶の腕輪
城門の見張り台に立つファブリスが、更に声を上げる。
「ルイス、恨みを晴らせ!さあ、みんな殺してしまえ!」
ファブリスが声高にそう宣言すると、ルイスがこちらに剣を翳し向かってくる。
「ルイス!?やめろ!」
ガブリエルがルイスに呼びかけるが、ルイスの表情は動く事なく、ただ目の前の兵を薙ぎ払っていく。
――どうして?!
「誰も手を出すな!」
ガブリエルが声を張り上げ、ルイスと剣を交えるが、ガブリエルはルイスを傷つけないよう応戦するのみだ。
「ルイス様!」
モリスデン兵と戦いながら、私もルイスに呼びかける。
ガブリエルと鍔迫り合いを繰り返しながら、澱みない剣先がガブリエルの左腕を掠める。
「ルイス!目を覚さないか!」
ガブリエルが馬から落ちると、ルイスも馬から降り剣を振り下ろす。
ガブリエルが振り下ろされた剣を受け火花が散る。その衝撃をものともせずルイスは更に踏み込んでくる。
ガブリエルの顔に苦悶が見え始め、避けきれない傷が増えていく。
「そうだ、ルイス!仇を取れ!ガブリエルを殺せ!殺すんだ!」
ファブリスの声が響き、ルイスの動きが速くなる。
――操られているの?
終わりの見えない斬撃に、ガブリエルに疲労が見え始める。
ガブリエルが剣を取り落とし、向かってくるルイスの剣を咄嗟に私が受け止める。
ルイスの銀色の瞳はどこか虚に揺らめき、焦点があっていない。
「ルイス様!」
再び繰り返される猛攻にガブリエルと二人で受け続ける。
剣の切る風の音が耳元や体の横を通り過ぎ、生きた心地がしない。
「あの腕輪だ!」
ガブリエルが叫ぶ。
ルイスの左手首には金色の腕輪が嵌っている。ルイスがあんな装飾品をつけているのを見たことがない。こんな惨劇の中、煌びやかな腕輪が異様だ。
「クロエ!下がるんだ!」
セオドアは目の前のモリスデン兵を沈め、城門を押し開いている。連合国軍が城内に雪崩れ込むと、激しい怒号や剣撃が飛び交う。
――もう少しだ。もう少しで終わる。
「ルイス!早く殺してしまえ!」
ルイスの体も限界が近いはずなのに、ファブリスの声に受ける剣が重くなる。
幾度となく繰り出される剣閃に考えるより先に体が動く。もう体は傷だらけだ。痛みを感じる暇さえない。
「いい加減、思い出せ!」
ガブリエルがルイスの足を狙うが避けられ、ルイスに首を狙われる。かろうじて避けながらルイスの右腕を切り裂くが足がよろめいて、ガブリエルはその場に膝をつく。
「ガブリエル様!」
「ルイス!しっかりしろ!お前は誰だ!」
私はガブリエルの前に立ち、ルイスの剣を受けるが、私の剣は折れて半刃が後ろへ飛んでいく。ルイスは右腕から血を迸らせながら、また私に剣を突き刺してくる。柄で受けるが、それも弾き飛ばされてしまう。
「ルイス様!」
ガブリエルの切先がまたルイスの足を狙うが避けられ、再び私に向けられた閃光を私は避けきれない。
銀色の視線と交差する――
ルイスの剣先は私の首の皮一枚で止められている。
私は息を詰めて、光の戻った銀の瞳を見つめる。
城門では既にセオドアがファブリスを討ち取って、騎士達が勝鬨を吠えていた。
ガブリエルの剣がルイスの剣を叩き落とし、ルイスは傷ついた右腕を押さえて、初めて苦しげな表情を見せる。
「あ、俺は……。」
ルイスが、よろめき後退りをする。
「ルイス様、もう大丈夫です。」
「ルイス、その腕輪を外せ!」
ガブリエルの声に、ルイスは左手首にかかる腕輪に目を向ける。
「お前はその腕輪に操られているんだ。」
「ルイス様、その腕輪を外してください。」
ルイスの手がゆっくりと腕輪を掴む。そして、手首から一気に引き抜く。
「ああぁ!」
ルイスは両膝をつき、頭を抱えて蹲る。
「ルイス様!」
私はルイスを抱きかかえる。
「ルイス様、もう大丈夫です。もう終わりました。」
ガブリエルが一息つき剣を鞘に戻すと、セオドアがこちらへやってくる。
「改めて、助けに来てくれたことに感謝する。貴殿らが来てくれなければ、この国は落とされていただろう。」
「今や我々は同盟国だからな。助けに来るのは当然だ。」
「この者達の処遇は、私が決めてもいいか?」
ガブリエルが鋭い眼光をモリスデン兵に向ける。
「どうするつもりだ?」
「相応の処罰を与えるつもりだ。」
「……いいだろう。しかし、条約にある通り、領土拡大はできないぞ。」
「それは承知している。その気はないから安心してくれ。」
ガブリエルは低く笑った。
――――――
ルイスは極限まで体を酷使したのだろう。あの後、昏倒して今日で二日目になる。
「クロエ様、お身体は大丈夫なのですか?」
ルイスに付き添っていたソフィが私を気遣う。
私の体にはあちこち傷があるが、どれもかすり傷だ。
「ええ、もう大丈夫です。ソフィ様も落ち着かれましたか?」
「皆様のおかげで、休めておりますわ。」
「ルイス様はまだお目覚めにならないのですか?」
「はい、まだ眠ったままです。」
死んだように眠るルイスの青白い顔を見つめる。
侍女が体を拭いた湯桶を持って退室し、セオドアが代わりに入ってくる。
「クロエ、またここにいたのか。ルイスはまだ目を覚まさないのだな。」
「はい。」
「後は俺に任せて、クロエは先にランバスへ帰るんだ。」
「もう少しだけいさせてください。せめてルイス様が目を覚ますまで。」
ランバス軍は今日帰途に着く。
「……分かった。ルイスの無事を見届けたら帰るぞ。」
「はい。」
何か言いかけ、しかしそのままセオドアは部屋を出ていく。
私はルイスの右手を両手で握りしめる。
「ルイス様、お願いです。目を覚ましてください。」
――――――
夜、ソファに座った私の隣に、影から出できたカレブが背もたれを乗り越えて座る。
「セオドアの秘密を教えてあげようか。」
「……え?」
「それを盾にすれば、セオドアとの結婚を無しにできるかもしれないよ。」
「な、何を言っているの?」
「勿論、ルイスのも知ってるよ。知りたい?」
「あなた、いったい何を探っているの?」
「僕の本来の仕事だったからね。」
「そんなの、聞きたくないわ。……まさか、私のも、」
「クロエは驚くほど何もないよ。残念だけど。」
喜んでいいのか、複雑な気分だ。
「カレブ、もう普通の暮らしをしたらいいのよ。」
「僕、忙しいんだけど。」
カレブは腕を組んで、ソファにふんぞり返る。
「忙しい?一体何をしているの?」
「僕、秘宝を探してるんだ。」
「秘宝を?どうして?」
「皇帝みたいな奴がもう出てこないように、だよ。」
「そう……。確かにそうね。秘宝は悪者から守らないといけないわ。」
「秘宝が全部でいくつあるか知ってる?」
「カレブは知ってるの?」
「十一個だよ。」
「どうしてそんな事を知っているの?」
「アスバル国の隠し部屋にあった古書に書かれてたんだ。その本は燃やしてもう無いけどね。確かだと思うよ。」
「十一個。今、分かっているのは……。」
――隷属の指輪、毒消しのネックレス、……。
「九。」
「九個も?」
カレブはポケットから金の腕輪を取り出す。
「それは!カレブが持っていたの?」
ルイスが外した腕輪を後で探したが、どうしても見つけることができなかったのだ。
「あと二個だ。」
カレブは指先でクルクルと腕輪を回す。
「見つけてどうするの?もしかして本当に宝玉を復元させるつもり?」
「宝玉に戻るかどうかも分からないよ。」
「……他に何か私に隠していることはある?」
「隠しているっていうか、言ってないことはたくさんあるよ。」
「……その中に、私が知っておかないといけないことは、ある?」
「そうだね……。さっき言ったセオドアの秘密。」
「秘密……って、なんなの?」
――もしかして、隠し子がいるとか?
「セオドアが時戻しをしたのは、二回だよ。」
「二回?…………え?カレブは時戻しのことも知っているの?もしかして、私とセオドア様の会話を聞いていたの?」
「うん。中々面白かったよ。やっぱりクロエには惹きつけられるね。」
あの時の会話の内容は、誰にも聞かれたくなかった。
「……それより、二度時戻しをしたって、そんなはずないわ。時戻しは力を貯めるのに百年はかかるってセオドア様が言っていたもの。」
「時を戻ると懐中時計も戻るんだよ、まだ使われていない時に。使われていない過去になら何度でも戻れるんだ。」
「……よく分からないけれど、セオドア様は一度、時戻しをして、また更に過去に時戻しをしたっていうこと?」
「そう。」
「その未来に何があったの?」
「さぁ、レナン王にも話さなかったから分からないけど、その事をクロエに言わないってことは……。」
「……。」
「気にならない?……今はもう時戻しを使えないから、今の未来には満足しているってことだよね。」
「それは、レナン王との会話を聞いたのね。」
「そうだよ。戦勝の宴の夜に、懐中時計が使えなくなったって父親に報告していたからね。」
頭が混乱するが、確かに、私が前に死んで時戻しをした時間を超えているので、懐中時計はもう使えなくなっているという事だ。
では一度目の時戻しは、それより未来にしたということになる。




