21. カザルファー王国
終戦から二ヶ月が経ち、秋の気配が近づいてきた頃、レナン王国への出立の準備が整い、いよいよ三日後の出発を控えた私は、いつもの様に騎士服を着て訓練所に向かっていた。
ノアも訓練所にやってくるのに会うが、私の顔を見ると途端に視線を逸らす。
「ノア、どうしたの?」
ノアは俯いて唇をかみしめ、顔色も悪いようだ。
「具合が悪いの?」
ノアは何か言おうとして口を開いては止めてを繰り返している。余程体調が悪いのだろう。
「今日は休んだ方がいいわ。宿舎まで送るわね。」
私はノアの背に手を回し促すが、ノアが私の手を取る。
「クロエ……、帝国が、カザルファー王国が攻め込まれた。」
「え?なんて……?」
「北のモリスデンが、カザルファーに攻め入ったらしい。」
モリスデン王国はカザルファー王国の北に位置する大国だ。国土は広いがほとんどが長い冬の間、雪に覆われているため豊かとは言えない。国民の気質は野蛮で好戦的だと聞く。
カザルファー王国は国内の内紛もあり戦力はかなり削がれているはずだ。
「ルイス様は?カザルファー王国はどうなったの?」
「わからないんだ。隊長が連絡を受けて、また出撃の準備をしてる。」
足が勝手に走り出す。
広場に着くと騎士達が足早に荷馬車に荷物を詰め込んでいる。
「叔父様!」
叔父のモーゼスを見つけて駆け寄る。叔父は私の後ろにいるノアを見て長い溜息を吐く。
「叔父様、戦況は?」
「昨晩遅くにカザルファー王国からモリスデンによる侵攻の連絡が入った。連合国軍に救援を要請するものだった。後の詳細は今の時点では何も分からない。」
「私も行きます。」
「クロエはレナン王国へ行くんだろう!」
「セオドア様も出陣されますよね?」
「そうだが、……しかし、……だが、」
「たとえ単騎でも、私は行きます。」
「うー、……分かった!急いで準備してくるんだ。」
「はい!」
準備を終え馬車に乗り込むと、既にノアとジャックも乗っている。
「ノア、教えてくれてありがとう。」
「きっと大丈夫だよ。心配すんなって。」
「うん、そうよね。きっと、大丈夫。」
今回も北に位置するタルク王国を経由して、西からカザルファー王国に入る順路だ。
途中夜営を挟み、タルク王国に入国する。
物資を補給し援軍も合流して、すぐにカザルファー王国へ向かう。今や旧帝国領土は分割され、旧帝都を中心とした五分の一ほどの面積になっている。
元敵国への救援とあって、協力する国は少なく兵士も思うように集まらない。
独立したアスバル国も通過するが、援軍は得られない。帝国に支配されていた国としては当然だろう。
帝都に向かう道は以前より人が溢れ、活気に満ちている。
ランバス王国を出発してから三日が経ち、カザルファー王国にまもなく入るという道に、カザルファー王国軍が陣営を構えているのに合流する。
陣営の長が我が軍を出迎えるのに、モーゼス叔父が応える。
「それで、状況はどうなっている?」
「城に籠城して援軍を待っていたが、モリスデン軍の猛攻により、昨日、城は陥落してしまった。ガブリエル様は軍を王都の南に引いて戦っておられる。」
「我が軍もそちらに合流しよう。別の援軍も追って到着する予定だ。」
「それは有難い!今夜はここで休んでくだされ。明日になったらガブリエル様の元へ案内致す。」
話し合いを終え、皆が野営の準備に散る中、私はカザルファー軍兵士長に話しかける。
「ルイス様もガブリエル様と一緒におられるのですか?」
「そうだと思うが、我らは城が陥落するとすぐに救援を迎えるためこちらに来たから、伝来の伝え知ることしかわからぬ。」
翌早朝、準備を整えると、カザルファー王国の国境を超えて一路、南へ向かう。
途中、何度もモリスデン兵と交戦しながら、その日の夕刻にはガブリエルの陣営と合流した。
「よく遠路を来てくれた。感謝する。」
ガブリエルとモーゼス叔父が握手をする。
「ガブリエル様、ルイス様はどちらにおられるのですか?」
ルイスの姿が見当たらず、違う隊にいるのだろうかとガブリエルに問う。ところが、ガブリエルは「分からない。」と首を振る。
ルイスとは城から逃げる際に逸れて、それから安否がわからないらしい。
「あいつのことだ。どこかの地下にでも隠れて機会を伺っているのだろう。」
確かに、城の地下から城下町までの全てを知り尽くしたルイスならあり得ることだ。
戦況を話し合い、これからの作戦を練る。
カザルファーの騎士は度重なる戦さにより数を減らし疲弊している。我々の軍も数が多いとは言えないので、援軍を待ち城を奪還することになった。
その後、何度もモリスデン軍が攻めてくるが、守りに徹して時をやり過ごす。
依然、ルイスの行方は誰に聞いても不明のままだ。もしかして……、という嫌な思いが込み上げてくる。
本当は、一人でも探しに行きたいくらいだが、敵軍がいる中それもできない。
二日後、セオドア率いる援軍が到着した。
「セオドア殿、カザルファー国のために大軍を引き連れてきていただき、かたじけない。」
ガブリエルがセオドアを出迎える。ガブリエルは珍しく神妙な面持ちだ。
「復興途上に大変な目にあったな。これからは我々が加勢する。必ずやこの国を取り戻そう。」
私は陣営の天幕を出ると、夕陽が山の端に沈んでいくのを眺める。
「クロエ。」
セオドアも天幕を出てくる。
「やはり来ていたんだな。」
「はい。いても経ってもいられず。」
「明日は厳しい戦いになるだろう。……クロエはここで待っていてくれないか。」
「いいえ、私も行きます。」
セオドアは言い募ろうとするが、諦めたように息を吐く。
「わかった。だが、くれぐれも気をつけるんだ、いいな。」
「はい、わかりました。セオドア様、長旅でお疲れでしょう。今日はゆっくりお休みください。」
セオドアは私の肩に片手を置くと、部下とともに去っていく。
明日はいよいよ王都へ入り、王城に攻め込む。
――ルイス様、どうか無事でいてください。
――――――
翌日、早朝より隊列を組み、私たちは出撃する。
王都に入ると、すぐにモリスデン兵との交戦になる。
モリスデン兵の多くが鉄の鎧ではなく、革の鎧を身に付け、毛皮の帽子をかぶっている。動きは機敏だが、守りが弱いところを突いて薙ぎ倒していく。
王城の門に来ると、待ち構えていた兵とまた混戦になる。しかし、圧倒的な数で連合国軍が優位だ。
城門までもう少しというところで、城門が押し開かれ、単騎の男が躍り出てくる。
「ルイス!」
ガブリエルが声を上げる。
よく見ると、騎乗の男はルイスだ。だが、鎧はモリスデンのものを着ている。
「ルイス!今こそ復讐の時だ!仇を打て!」
城門の見張り台に立つ男の声に、ルイスが剣を抜きこちらに構える。
「ファブリス!ルイスに何をした!」
ファブリスと呼ばれた見張り台の男にガブリエルが声を荒げるが、男は挑発するように笑い飛ばす。
「ルイス!お前の仇、ガブリエルがいるぞ!奴を殺すんだ!」




