20. カレブ
「お茶の用意をしてまいりますね」
午後のティータイムに侍女が下がり私一人になると、棚の影からカレブが伸びをしながら現れる。
「あー、やっと出られた。」
「……。」
「ねぇ、今日も出かけないの?」
「……。」
「ねーねー。」
私は眉間に手を当て、はーっと長い息を吐き出す。
カレブに指輪を嵌めてから、彼はこの王宮に住んでいる。正しくは隠れ住んでいる。
彼の祖国ハイネル王国は十年前にカザルファー帝国に侵略され既に王城もなく、彼には帰る国も家も無い。
カザルファー帝国が亡くなった今、ハイネル王家の唯一の末裔であるカレブは、本来なら国の再興のためにその身を投じなければならないが、幼き頃よりハイネル王家の秘宝である隷属の指輪をジェイデンに嵌められ、スパイ紛いの暮らしをさせられていた彼に、それは難しいだろう。
そして、ジェイデンが死に自由になった彼に、今度は私が隷属の指輪を嵌めてしまった。
「訓練と勉強しかしてないじゃん。もう戦争も終わったんだしさ、たまには外に遊びに行こうよ。」
私の口から、また、はーっと長いため息が漏れる。
一度彼の指から隷属の指輪を外そうと試みたが、指輪はそこから動くことはなかった。
隷属の指輪は嵌めた者が死なない限り、つまり私かカレブが死なない限り外れないとカレブは言う。それ以外の者が外そうとすると、指輪が奪われないように防護するのか、赤い光を発して外そうとした者の命を奪う。
ジェイデンは皇帝と共にハイネル国を侵略した時に指輪を見つけ、どんな効果があるのか試すために、そこにいたハイネル国の王子、恐らく当時五歳程のカレブに怪しく光る指輪を嵌めた。
そして、隷属の効果を確認すると指輪を外そうとあらゆる方法を試みたが、外そうとした部下は全て死んでしまった。
ある意味、この指輪は持ち主の命を守る指輪でもある。指輪のおかげでカレブは生き残ってこられたのだ。その代わりに隷属という過酷な運命を背負うことになってしまったのだが。
「ねー、聞こえてる?」
カレブの話によると、今は亡き帝国の皇帝は不老不死の秘宝を求め、周辺国への侵略を続けていたようだ。
秘宝は秘められた宝。故に手に入れるまで、どのような秘宝がその国に隠されているか王家の者しか知らない。いや、我がランバス国の秘宝を私は知らされていないので、後継の王族ということになるかもしれない。ランバス国に秘宝があるのかも分からないが。
皇帝は遂に不老不死を見つけることがないまま、自らの息子に殺された。
今思えば、タルク国の守りの石はその不死の秘宝と言える。それをいとも簡単に私に預けたイーサン王子は……。
そういえば、前の生でセオドアはレナン王国の秘宝、時戻しの懐中時計をどうやって隠し通したのだろう……。
今は亡きアスバル国の秘宝を使い、カレブは影の中を自由に行き来できるらしい。ジェイデンがスパイとして役に立つからと、その秘宝をカレブに預けたのだ。ジェイデンはその秘宝を皇帝には秘密にしていたらしい。
皇帝が集めていた他の国の秘宝は返されたのだろうか?他にはどんなものがあったのだろう。
今や帝国から独立して増えた国を合わせると、この大陸には三十余りの国が存在する。その国全てに秘宝があるとすれば、もしかして不老不死も存在するのでは……。
「さっきから真面目な顔して何を考えてるの?」
急にカレブの顔が目の前に飛び込んできて、思考が現実に戻る。
「わ!……カレブ。」
「なになに?」
カレブに話すときには慎重にならないと、言い方によっては命令になってしまう。
「以前にも言ったけれど、あなたが望むならハイネル国の復興を手伝うわ。」
「でも、一緒に来てくれるわけじゃないんでしょ?」
「そうね。私はもうすぐレナン王国に嫁ぐから。でも資金や人員は出せると思うわ。」
今や連合国軍は、帝国からの独立支援もしている。我がランバスからも人員を派遣し、資金援助も行っている。もちろんカザルファー王国からの賠償金は相当なものだろう。
「いいや、僕。面倒臭いから。」
「あなたのお父様、お母様もそれを願っているかもしれないのよ。」
「父上も母上も死んだし、あまり覚えてないし。」
「……それなら、これからどうするの?」
「だーかーらー、僕はずーとクロエの側にいる。」
「生活はどうするの?お爺さんになるまでずーと隠れて暮らすつもり?」
「それもいいかな。」
「……。」
ノックが聞こえ侍女がカートを押しながら入ってくる。カレブは既に影に隠れている。
「クロエ様、お待たせいたしました。本日のお菓子はマカロン……、あっ!」
「どうしたの?」
「お菓子を忘れて来ました!すぐに持って参ります!」
「急がなくてもいいわよ。」
侍女は小走りで部屋を出ていく。ジェーンとソニアが結婚で城を退いてから私付きになったカレンだが、落ち着きがないのが玉に瑕だ。
「僕が淹れてあげるよ。」
いつの間にか、また影から出て来たカレブが、ポットの紅茶をカップに注いでいる。
「……ありがとう。」
私はカレブの入れてくれた紅茶を飲むと、カレブは私の横に立ちそれを見ている。
「カレブもいただく?」
「僕はいいよ。」
「そう?」
「……。」
いつもお喋りなカレブが黙っているので気になる。
「どうしたの?」
「何ともないの?」
「何が?」
カレブは首を傾げて、私を覗き込んでいる。
「まさか、紅茶に何か入れたの?答えなさい!」
「痺れ薬を入れました。」
「な、なぜ?」
「だって、僕の薬が効かないなんておかしいんだもん。」
「おかしいんだもん、じゃないわ。私は薬に体を慣らしているって言ったでしょう!」
「でも、全然痺れないなんておかしいよ。」
とりあえずカップはソーサーに戻す。症状が無くても飲みたくない。
「何か特別な物を身に着けてない?」
「何も着けていないわ。」
「石の付いたネックレスとかブレスレットとか。」
いつも午前は騎士の訓練があり騎士服だ。午後はドレスを着替えるがあまり装飾品は付けない。ただ、ルイスにもらったネックレスだけは、いつも肌身離さず着けている。
「ネックレスなら着けているけれど。」
「見せて?」
「嫌よ。」
「どうして?」
「……大切な物なの。」
「何か呪いがかかってるかもよ。」
「そんなはずないわ。」
「じゃあ、見せて。見るだけだから。」
私は渋々、ドレスの胸元からネックレスを出す。
シルバーチェーンに小さな黒い宝石が一粒付いている。シンプルだが彼の色だ。とても気に入っている。
カレブがそのネックレスに自分が嵌めている指輪を触れさせた瞬間、まるで共鳴するようにお互いの石が仄かに震え出す。
「秘宝だ。」
「秘宝?これが?」
「誰にもらったの?」
「……ルイス王子よ。」
「ふーん。」
――ルイス様がなぜ秘宝を私に……。これもどこかの国から奪った物?
「これは、返さないと。」
「どうして?もらっとけばいいのに。」
「こんな貴重な物を、もらえないわ。」
「これのせいで痺れ薬が効かなかったんだよ。僕の薬が効かないなんておかしいと思った。」
「そうだとしても、もらえないわ。これは奪った国に返さないと。」
「これはルイスのだよ。」
「え?」
「ルイスの母上はリブロ王国の姫。これはその国の毒消しのネックレスだよ。」
「でも、……これを持っていたなら、なぜルイス様のお母様は毒薬で目が見えなくなってしまったの?おかしいわ。」
「皇帝がずーと身に着けていたからね。皇帝を殺してすぐに、ルイスが皇帝から剥ぎ取ってたよ。」
皇帝がずっと身に着けていた物と聞くと、着けたくなくなる。
ルイスが皇帝を恨むのも当然だ。これさえあれば、ルイスのお母様が失明することはなかった。
――ルイス様は私がカレブに狙われているから、これを渡してくれたの?
ルイスの色だと喜んでいたけれど、他に特別な意味はなかったのか。
「あっ、戻ってきた。」
カレブは影に沈んで隠れてしまう。
「クロエ様!お待たせいたしました!」
カレンがノックそこそこに部屋に入ってくる。手に持つ皿にはマカロンやマフィン、クッキーが所狭しと乗っていた。




