19. 呪いの指輪
その後、祝勝の宴でセオドアと私の婚約が発表された。会場は沸き、祝福の礼賛で溢れ返る。
私はそれをどこか遠くから聞こえてくるように感じながら、笑顔で応える。父と兄を見ると、二人とも私に優しい眼差しを送っているが、それが今は寒々としたものに感じてしまう。
祝勝会が終わり、ようやく夜、部屋に一人になると知らず知らず涙が溢れてくる。
息苦しさを感じ、バルコニーに出て空を見上げると、空には星がいっぱいに瞬いている。
――この空を、同じ空をルイス様も見ているだろうか?
――
翌日、連合国軍の残りの首脳陣も自国への帰途を辿る。セオドアもレナン国へ帰り、私も準備が整い次第レナン王国へと赴く予定だ。
「クロエ、君が来るのを待っている。」
「はい。セオドア様、どうか道中お気をつけて。」
セオドアは中々私の手を離そうとしなかったが、やがて馬首を巡らすと自国への帰途に着いた。
残りの連合国軍首脳陣を見送り、私は自分の部屋へと戻る。
この部屋で過ごすのも後少しだ。
私は騎士服に着替えると訓練所へと向かう。
「クロエ、今日くらいは休むかと思ったのにな。」
振り返るとジャックが面白くなさそうな表情で立っている。
「ジャックこそ傷はもういいの?」
「ああ、もうすっかり元通りだ。」
ジャックは手に持った模擬剣を振り回しているのを見てホッと息を吐く。
ノアが訓練所に入ってくるのを見つけ手を振る。
「ノア!」
「おう!」
ノアは私と目を合わせず返事をすると、模擬剣を選んでいる。
「ノアも怪我はもう治ったの?」
「俺は大丈夫だ。」
またもや、こちらを見ずに返事をする。
「ノア、何かあったの?」
「……クロエ、結婚するんだってな?」
昨日の婚約発表が、もう噂になってるらしい。
「結婚はまだ先よ。婚約しただけ。」
「でも、レナン国へ行くんだろ?」
「……そうね、準備が整ったら。」
ノアに言ってなかったので拗ねているのだろうか。
「私も知らなかったのよ。昨日決まった事なの。」
「クロエはそれでいいのかよ?」
「……いいって、どうして? 私も同意しているわ。」
やっとノアがこちらに顔を向ける。その顔はどこか怒っているようだ。
「そうじゃなくて、あいつのことが好きなんだろう? あの帝国の第三皇子が。それでいいのかよ。」
帰りの荷馬車での様子から、ノアは私がルイスを好きだと分かったのだろう。
「……結婚は、私は王女として、……セオドア様は私には過分な方だわ。」
「クロエが後悔しないならいいけどな。」
ノアは剣を選ぶとサッサと外の訓練場に行ってしまった。
――
夜になるとバルコニーから星を見上げるのが日課になっている。銀色に輝くあの瞳を思い描くことができるから。
「まだ起きてるの?」
誰もいないはずの部屋の中から声が聞こえる。
その声や話し方には覚えがある。
「カレブ。」
私は振り返りながら彼の名前を呼ぶ。
「そう、僕だよ。驚かないんだね。」
「どうして私の部屋にいるの?」
バルコニーから部屋の中に入ると、燭台の灯の届かない部屋の隅に人影が立っている。
「それは、まだ内緒。クロエが僕のモノになったら教えてあげるよ。それより人を呼ばなくていいの?」
「呼んだら帰ってくれるの?」
「いいや、きっと殺しちゃうだろうな。」
カレブは相変わらず無邪気な笑顔を見せる。この子は何かが欠落している。
「中々寝ないから出て来ちゃったよ。」
「女の寝込みを襲おうとするなんて卑怯なのね。」
「卑怯な手はジェイデンに散々やらされたからね。」
「あなたはもう自由なのよ。そんな指輪に拘らず別の生き方を見つけたら?」
「そうだね。でもこの指輪はとても怖いから、誰かに嵌めて安心したいんだよね。」
カレブの手にユラユラ赤く光る何かが乗っている。暗がりで指輪は見えないが赤く怪しい光は強調される。
「まるで呪いね。」
「誰かも言っていたよ。これはハイネルの呪いだって。何人もの血を吸ってできた指輪なんだって。」
私の言葉に、カレブは新しい発見をしたかのように喜んでいる。
「あなたは何歳からその指輪を嵌めていたの?」
「うーん、何歳だったかな?小さくて覚えてないや。」
そんな小さい子に隷属の指輪を嵌めるなんて、ジェイデンをもう一度殺してやりたい。
「今は何歳なの?」
「多分、十五歳くらい?なに?僕に興味が出たの?」
「その指輪は私が預かるわ。そして、誰にも渡さない。今後、あなたが指輪を嵌められることは決して無いわ。」
「悪いけど、その言葉は信用できない。それに僕からこの指輪を奪おうとした者は、みんな死んだよ。」
急に口調が変わったカレブは闇に消える。
「カレブ?」
部屋を見渡しても人影は無い。カレブのいた辺りを探すが、どこにも隠れる所はない。
「ふふ。」
すぐ後ろから声がして振り返る間も無く、首筋にチリッと痛みが走る。
首に手を当てながら後ろを向くと、カレブがすぐ後ろに立っている。全く気配がなかった。
「ほら、力を抜いて。リラックスして。」
また痺れ薬だろう。
私は壁を背に崩れるように、その場に座り込む。
カレブはナイフを懐にしまいながら、三日月目で私を見下ろす。まるで生捕りした獲物が、ゆっくりと死んでいくのを楽しむかようだ。
「あの時より強い薬だから、もう声も出ないね。」
「……。」
私は項垂れ、ただカレブの声だけが、はっきりと聞こえる。
「さあ、これでクロエは僕のモノだ。」
カレブはしゃがみ込み、私の右手を持ち上げると、中指に指輪をあてがう。
その瞬間、私はカレブの右手首を掴み、指輪を奪い取ると、素早くカレブの指に指輪を嵌める。
カレブの指に嵌った指輪は、真っ赤な眩しい光を放ち、それから次第に光を失った。
今はただの指輪にしか見えない。
私は立ち上がると、今度は私がカレブを見下ろす。
「あれ?どうして動けるの?」
カレブは心底驚いたように目を見開いている。
「立って。」
「はい。」
カレブはすぐに立ち上がる。
「私は痺れ薬に耐性を付けていたの。」
「それだけ?かなり強い薬だったんだけどなぁ。フラフラしない?」
「しないわ。……それより、あなたは私に指輪を嵌められたのよ?」
「うん、君ならいいよ。」
よく見るとカレブの瞳は、また鉛色に変わっている。
「いい?」
「うん。むしろ君に嵌めてほしかったけど、頼んでも断ったでしょ?」
「それは、当たり前でしょう。」
「ふふ、これで君は僕のご主人様だね。」
子どもっぽく笑うカレブに、呆れて口が開く。
「……いえ、違うわ。カレブは自由よ。私はあなたを自由にします。これからは、あなたの思うように生きていいのよ。」
「ふーん、そう。」
カレブは寧ろつまらなそうに、部屋を見回している。
「本当はあなたに指輪を嵌めたくなかったけれど、こうでもしないと、私に指輪を嵌めようしてくるでしょ?」
「そうだね。そうか、僕は自由なんだ。」
「ええ、自由よ。どこでも行けるし何でもできるわ。」
カレブは部屋を見回すと、徐にソファに腰掛ける。
「……何してるの?」
「うん?座ってるだけ。」
「もしかして、ここに居座る気?」
「僕は自由だからね。」
言葉の裏を取られた。出て行ってと言っても命令になってしまう。
「もう寝たいの。」
「寝ていいよ。」
「分かってるんでしょ? カレブがいたら寝れないわ。」
「寝込みを襲う卑怯者だから?」
「分かった!私はもう寝るわ!カレブは朝までそこにいたらいいわ。」
ベッドに潜り込むと頭まで布団を被る。
カレブといると調子が狂う。
「あ、今のは命令じゃ無いわよ。」
布団から顔だけ出してカレブを見る。カレブは相変わらずソファに座り、手をヒラヒラ振っている。
「分かってるよ。おやすみ、クロエ。」
――あー、きっと寝れないわ。
再び頭を布団の中に入れて、体を丸めた。
――
目を開けると空が白み始めている。まだ寝れると目を閉じて、またすぐに目を開ける。
起き上がってソファを見ると、カレブの姿はもうない。
まただ。どんな状況でも寝れる私はかなり図太い。




