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やり直し王女  作者: あお
18/26

18. 時戻し

「なぜ?」


 考えるより先に言葉が漏れる。


「なぜ、時を戻したのですか?」


 セオドアは懐中時計から私に視線を上げる。


「あなたは、皇帝を殺したではありませんか。」

 

 話しながら次第に声が大きくなるのを止められない。


「あなたは、父と兄を殺し、ランバス国を手に入れたではないですか!」

 

 セオドアは眉根を寄せる。いつも見る表情だ。


「教えてください。なぜ時を戻したのですか?あの後、何があったのです?時を戻してまで何を得たかったのですか?」


 セオドアは懐中時計を胸ポケットに仕舞うと、またグラスを傾ける。しかし今度は月を見ずに、グラスの中の水が揺れるのをただ見ている。


「俺が欲しかったのは、……クロエだ。」

「私?………私も、自分の手で殺すため?」

「違う、そうじゃない。」


 無意識に立ち上がった私をセオドアが見上げる。


「話を聞いてくれないか?」


 私は深く息を吐くと、バルコニーの向こうに広がる暗く沈んだ庭園に視線を落とす。


「話してください、全部。」

「頼む、座ってくれ。」


 再びソファに腰掛けるが、私の目は暗闇に沈んだままだ。


「俺の国は帝国に攻め落とされ、父と母は殺された。そして、生き残った俺はランバス軍によってこの国に連れて来られた。」


 私がセオドアを見ると、彼も私を見ている。


「俺を哀れに思ったのだろう。ランバス王は俺を匿ってくれた。そして君の婚約者にしてくれた。」


 改めてセオドアから聞く話は胸を刺す。前の生で、彼が私に語ることのなかった話だ。


「だが俺の中で復讐心が消えることはなかった。俺は仲間を集めて帝国に復讐することだけを考えていた。」

「その時に、どうして時戻しをしなかったのですか?」

「もし戻っても帝国に勝てるとは思えなかった。同じことを繰り返すなら、これからの復讐にかけたんだ。それに、時戻しは一度使うと、力を貯めるのに百年は使えない。」

「あなたは皇帝を殺して復讐を果たしたではありませんか。なぜ過去に戻ってきたのです?」

「……君が死んだからだ。」


 セオドアは変わらず私を見ている。


「でも、あなたは復讐だけを考えていたのでしょう?私も殺したかったはずです。」

「君を殺したいと思ったことはない。」

「でも兵士が言っていました。殺すのは後でもできると。私を探し出して殺すつもりだったのでしょう?だから、私はあの兵士に……、」


 更に言い募ろうとして、あの曹長の目つきや言葉、切られた痛みが生々しく蘇ってきて、言いたい言葉が喉に詰まり出てこない。

 

「その兵士なら殺した。」

「……どうして?」

「俺は復讐をしたいと思うと同時に、君ともずっといたいと思うようになっていたんだ。」


――前の私が聞いていたなら、どんなに喜んでいただろう。


「ノアが君かもしれないと知らせてくれて、急いで駆けつけた時には、……君はもう、息をしていなかった。」


――あの時、ノアは私を探していたの……。セオドア様とノアが知り合いだったとは知らなかった。


「だから、俺は時戻しをしたんだ。」


 セオドアは胸ポケットの上から懐中時計を握り締める。


「時を戻して、どうするつもりだったのですか?」

「分からない。……ただ、今度はクロエを幸せにしたいと思っていた。」


 セオドアは琥珀色の瞳で私を見つめる。とても澄んだ色だ。


「だが、戻ってからクロエに初めて会った時、君の態度で君も戻ってきたと分かった。」


――あの時、木から落ちたのを助けてもらったのに、私ははっきりセオドア様を拒絶していた。


「なぜ私も時が戻ったのでしょう?」

「恐らく、俺が君の遺体を抱きながら時戻しをしたからだろう。」


――あの時、もし私が死ななければ私達はどうなっていたのだろう。だけど、その未来はもうない……。


「今回の生では、セオドア様が連合国軍を作られたから帝国に勝てたのですね。」

「いや、クロエが帝国の使者に威勢を飛ばすのを聞いたからだ。あれがなければ俺は何もするつもりはなかった。今度はただありのままの運命を受け入れるつもりだった。」

 

――あれほど連合国軍を率いて、何年も戦場を駆けていたというのに……。


「……セオドア様、お話はわかりました。ですが、セオドア様には婚約者がおられると聞いております。どうか、今生ではその方と幸せになってください。」

「俺の婚約者はクロエ、君だ。」

「……そんなはずはありません。私は騎士になり他国に嫁ぐことはないとお断りしたはずです。それにセオドア様も他国の王女と婚約されたと聞きました。」

「それが君なんだ。既にランバス王と婚約の誓約書も交わしている。」

「そんな、私は何も聞いておりません。」

「全て終わるまで君には黙っていてほしいと頼んだんだ。そうしないと記憶のある君が俺を許すことはないだろうと思った。」


 セオドアは静かに話しながら、私を見ている。


「……あなたを許すと思うのですか?」

「許されなくても、仕方がないと思っている。」


 セオドアは目を瞑り俯くと、ソファに背を預ける。


「あなたはそれでいいのですか?」

「元より、俺はそのために戻ってきたんだ。」

「……なぜ時戻しの話を私にしたのです?黙っておくこともできたはずです。」

「たとえ君に恨まれたとしても、もう偽りたくはなかった。」


――今の私は、あの時の彼を許すことができる……?

 

 自分の心に問い掛けるが、いろいろな思いが混ざり合い答えは見えない。


 私はもう一度、月を仰ぎ見る。あの日と同じ月。


「あの日、私達の結婚式に皇帝が来ると聞いて、機を決したのですか?」

「そうだ。」


 以前から感じていた疑問が湧いてくる。


「なぜ皇帝は、私達の結婚式に来ていたのでしょう?」


 一瞬、セオドアの肩が揺れたように感じる。


「属国とはいえ、一介の王女の結婚式に皇帝自ら来るなんて、おかしいと思いませんか?」

「……。」

「今生でも皇帝は私に執心していたそうです。あの日も私を見る目が、」

「クロエが気にすることではない。」

「何か知っているのですか?なら教えてください。私はもう、何も知らないのは嫌なのです。」


 セオドアは眉根を寄せて思案げに私を見る。そして、長い息を吐き出し、再び私を見ると辛そう顔に歪める。


「どんなことでも聞く勇気があるか?」

「はい、あります。」


 セオドアは両手を硬く握りしめて、その手を見ていたが、ようやく顔を上げる。


「皇帝は君との初夜を望んだ。」


 私の手が震え冷たくなっていく。


「……それを、父は知っていたのですか?」

「君の父と兄から俺に話があった。」


 私は息を呑む。手は硬く握りすぎて、もう感覚がない。


「だから、二人を殺したんだ。」


 セオドアは私の硬く握られた手を解いていく。その手に滴が落ちる。

 私の目からは涙が溢れて零れ落ちていく。


「クロエ、君の父と兄は優しく穏やかだが、反面、心が脆弱で日和見だ。王としての資質はない。」


 私の手を開き終わると、セオドアは自分の手で包み込む。


「モーゼス殿と既に話をつけている。ランバス王は退き君の兄が跡を継ぐが、実権は軍が握ることになる。」


――そんなことまで、もう決まっていたの。今でも私は何も知らなかった……。


「私は……、今も無知で愚かだったのですね。セオドア様を責める資格などないのに。」

「皆がクロエには、いつも笑っていてほしかったんだ。だから、辛い事は何も話さなかった。」

「いいえ、私は知らなければならなかったのです。だから過去に戻ってきたのです。」


 セオドアの手から自分の手を抜くと、涙を拭う。


「セオドア様、ランバス国の為に尽力していただき、ありがとうございました。」


 私はセオドアへ深く頭を下げる。


「……頭を上げてくれ。」


 セオドアは私の両肩に手を置き身を起こすと、私の目を覗き込む。


「クロエ、君は、ルイスを思っているのか?」


 思わず顔を歪めてしまう。ルイスの名前を聞くだけでまだ胸が疼く。その私の表情でセオドアは悟ったのだろう。また眉根を寄せている。


「ルイスとは決して結ばれることはない。帝国は無くなったが、彼が皇帝の息子であることは消えない。」

「……分かっています。」


 それは自分が一番よく分かっている。でもこの心は自分でもどうしようもない。

 またポトリと涙が落ちる。


 セオドアは私の肩から手を下ろす。


「この後、私達の婚約が発表される。止めるなら今だ。」


――私がルイス様を好きにならなければ、この話が出ても素直に受け入れられただろうか……。


 また空を見上げると、銀色に光る星が一筋流れていった。

 

「……婚約を、お受けします。」

「いいのか?」

「はい。」


 セオドアは私の両手を取ると強く握りしめる。

 

「クロエ、私は今度こそ君を幸せにする。私を信じてほしい。」


 この生ではセオドアと結ばれるのは運命なのか。でも彼への気持ちは違う未来に置いて来てしまった。

 

 この国の為に、この婚約が一番いいのだろう。

 私は王女としての責務を果たさなければならない。




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