18. 時戻し
「なぜ?」
考えるより先に言葉が漏れる。
「なぜ、時を戻したのですか?」
セオドアは懐中時計から私に視線を上げる。
「あなたは、皇帝を殺したではありませんか。」
話しながら次第に声が大きくなるのを止められない。
「あなたは、父と兄を殺し、ランバス国を手に入れたではないですか!」
セオドアは眉根を寄せる。いつも見る表情だ。
「教えてください。なぜ時を戻したのですか?あの後、何があったのです?時を戻してまで何を得たかったのですか?」
セオドアは懐中時計を胸ポケットに仕舞うと、またグラスを傾ける。しかし今度は月を見ずに、グラスの中の水が揺れるのをただ見ている。
「俺が欲しかったのは、……クロエだ。」
「私?………私も、自分の手で殺すため?」
「違う、そうじゃない。」
無意識に立ち上がった私をセオドアが見上げる。
「話を聞いてくれないか?」
私は深く息を吐くと、バルコニーの向こうに広がる暗く沈んだ庭園に視線を落とす。
「話してください、全部。」
「頼む、座ってくれ。」
再びソファに腰掛けるが、私の目は暗闇に沈んだままだ。
「俺の国は帝国に攻め落とされ、父と母は殺された。そして、生き残った俺はランバス軍によってこの国に連れて来られた。」
私がセオドアを見ると、彼も私を見ている。
「俺を哀れに思ったのだろう。ランバス王は俺を匿ってくれた。そして君の婚約者にしてくれた。」
改めてセオドアから聞く話は胸を刺す。前の生で、彼が私に語ることのなかった話だ。
「だが俺の中で復讐心が消えることはなかった。俺は仲間を集めて帝国に復讐することだけを考えていた。」
「その時に、どうして時戻しをしなかったのですか?」
「もし戻っても帝国に勝てるとは思えなかった。同じことを繰り返すなら、これからの復讐にかけたんだ。それに、時戻しは一度使うと、力を貯めるのに百年は使えない。」
「あなたは皇帝を殺して復讐を果たしたではありませんか。なぜ過去に戻ってきたのです?」
「……君が死んだからだ。」
セオドアは変わらず私を見ている。
「でも、あなたは復讐だけを考えていたのでしょう?私も殺したかったはずです。」
「君を殺したいと思ったことはない。」
「でも兵士が言っていました。殺すのは後でもできると。私を探し出して殺すつもりだったのでしょう?だから、私はあの兵士に……、」
更に言い募ろうとして、あの曹長の目つきや言葉、切られた痛みが生々しく蘇ってきて、言いたい言葉が喉に詰まり出てこない。
「その兵士なら殺した。」
「……どうして?」
「俺は復讐をしたいと思うと同時に、君ともずっといたいと思うようになっていたんだ。」
――前の私が聞いていたなら、どんなに喜んでいただろう。
「ノアが君かもしれないと知らせてくれて、急いで駆けつけた時には、……君はもう、息をしていなかった。」
――あの時、ノアは私を探していたの……。セオドア様とノアが知り合いだったとは知らなかった。
「だから、俺は時戻しをしたんだ。」
セオドアは胸ポケットの上から懐中時計を握り締める。
「時を戻して、どうするつもりだったのですか?」
「分からない。……ただ、今度はクロエを幸せにしたいと思っていた。」
セオドアは琥珀色の瞳で私を見つめる。とても澄んだ色だ。
「だが、戻ってからクロエに初めて会った時、君の態度で君も戻ってきたと分かった。」
――あの時、木から落ちたのを助けてもらったのに、私ははっきりセオドア様を拒絶していた。
「なぜ私も時が戻ったのでしょう?」
「恐らく、俺が君の遺体を抱きながら時戻しをしたからだろう。」
――あの時、もし私が死ななければ私達はどうなっていたのだろう。だけど、その未来はもうない……。
「今回の生では、セオドア様が連合国軍を作られたから帝国に勝てたのですね。」
「いや、クロエが帝国の使者に威勢を飛ばすのを聞いたからだ。あれがなければ俺は何もするつもりはなかった。今度はただありのままの運命を受け入れるつもりだった。」
――あれほど連合国軍を率いて、何年も戦場を駆けていたというのに……。
「……セオドア様、お話はわかりました。ですが、セオドア様には婚約者がおられると聞いております。どうか、今生ではその方と幸せになってください。」
「俺の婚約者はクロエ、君だ。」
「……そんなはずはありません。私は騎士になり他国に嫁ぐことはないとお断りしたはずです。それにセオドア様も他国の王女と婚約されたと聞きました。」
「それが君なんだ。既にランバス王と婚約の誓約書も交わしている。」
「そんな、私は何も聞いておりません。」
「全て終わるまで君には黙っていてほしいと頼んだんだ。そうしないと記憶のある君が俺を許すことはないだろうと思った。」
セオドアは静かに話しながら、私を見ている。
「……あなたを許すと思うのですか?」
「許されなくても、仕方がないと思っている。」
セオドアは目を瞑り俯くと、ソファに背を預ける。
「あなたはそれでいいのですか?」
「元より、俺はそのために戻ってきたんだ。」
「……なぜ時戻しの話を私にしたのです?黙っておくこともできたはずです。」
「たとえ君に恨まれたとしても、もう偽りたくはなかった。」
――今の私は、あの時の彼を許すことができる……?
自分の心に問い掛けるが、いろいろな思いが混ざり合い答えは見えない。
私はもう一度、月を仰ぎ見る。あの日と同じ月。
「あの日、私達の結婚式に皇帝が来ると聞いて、機を決したのですか?」
「そうだ。」
以前から感じていた疑問が湧いてくる。
「なぜ皇帝は、私達の結婚式に来ていたのでしょう?」
一瞬、セオドアの肩が揺れたように感じる。
「属国とはいえ、一介の王女の結婚式に皇帝自ら来るなんて、おかしいと思いませんか?」
「……。」
「今生でも皇帝は私に執心していたそうです。あの日も私を見る目が、」
「クロエが気にすることではない。」
「何か知っているのですか?なら教えてください。私はもう、何も知らないのは嫌なのです。」
セオドアは眉根を寄せて思案げに私を見る。そして、長い息を吐き出し、再び私を見ると辛そう顔に歪める。
「どんなことでも聞く勇気があるか?」
「はい、あります。」
セオドアは両手を硬く握りしめて、その手を見ていたが、ようやく顔を上げる。
「皇帝は君との初夜を望んだ。」
私の手が震え冷たくなっていく。
「……それを、父は知っていたのですか?」
「君の父と兄から俺に話があった。」
私は息を呑む。手は硬く握りすぎて、もう感覚がない。
「だから、二人を殺したんだ。」
セオドアは私の硬く握られた手を解いていく。その手に滴が落ちる。
私の目からは涙が溢れて零れ落ちていく。
「クロエ、君の父と兄は優しく穏やかだが、反面、心が脆弱で日和見だ。王としての資質はない。」
私の手を開き終わると、セオドアは自分の手で包み込む。
「モーゼス殿と既に話をつけている。ランバス王は退き君の兄が跡を継ぐが、実権は軍が握ることになる。」
――そんなことまで、もう決まっていたの。今でも私は何も知らなかった……。
「私は……、今も無知で愚かだったのですね。セオドア様を責める資格などないのに。」
「皆がクロエには、いつも笑っていてほしかったんだ。だから、辛い事は何も話さなかった。」
「いいえ、私は知らなければならなかったのです。だから過去に戻ってきたのです。」
セオドアの手から自分の手を抜くと、涙を拭う。
「セオドア様、ランバス国の為に尽力していただき、ありがとうございました。」
私はセオドアへ深く頭を下げる。
「……頭を上げてくれ。」
セオドアは私の両肩に手を置き身を起こすと、私の目を覗き込む。
「クロエ、君は、ルイスを思っているのか?」
思わず顔を歪めてしまう。ルイスの名前を聞くだけでまだ胸が疼く。その私の表情でセオドアは悟ったのだろう。また眉根を寄せている。
「ルイスとは決して結ばれることはない。帝国は無くなったが、彼が皇帝の息子であることは消えない。」
「……分かっています。」
それは自分が一番よく分かっている。でもこの心は自分でもどうしようもない。
またポトリと涙が落ちる。
セオドアは私の肩から手を下ろす。
「この後、私達の婚約が発表される。止めるなら今だ。」
――私がルイス様を好きにならなければ、この話が出ても素直に受け入れられただろうか……。
また空を見上げると、銀色に光る星が一筋流れていった。
「……婚約を、お受けします。」
「いいのか?」
「はい。」
セオドアは私の両手を取ると強く握りしめる。
「クロエ、私は今度こそ君を幸せにする。私を信じてほしい。」
この生ではセオドアと結ばれるのは運命なのか。でも彼への気持ちは違う未来に置いて来てしまった。
この国の為に、この婚約が一番いいのだろう。
私は王女としての責務を果たさなければならない。




